デデンカと私はこの町内で生まれ、同じ小学校に通い、同じクラスとなって交流が始まった。実家同士は近いわけではなく、親同士も仲がいいわけではない。
それなりに社交的で友達がいた私と引っ込み思案で友達ができず、本ばかり読んでいたデデンカ。単に出席番号が近く、日直を一緒にやらされたり、遠足で手をつながなきゃいけなかったりで話すようになっただけで、共通点といえば当時流行っていたシマエナガのキャラクター、しま江さんが好きってだけだった。
「そういえば、最近しま江さんのガチャポン出たの知ってる?」
原稿に戻っていったデデンカにダル絡みしに行く私は、すでに四本目の酒を手にしている。デデンカは面倒そうに答えた。
「駅前にガチャポンがあったな。あと、マツキタ」
「えっ、マツキタにあったの!?」
マツキタとは文房具と駄菓子が売っている町内に住む小学生御用達の小さな商店だ。小学校近くにある。
「あったあった。昔のじゃなくて最近出たリバイバル品のラバスト」
「はーーーーっ!マジかぁ!回しに行きたい!」
「ストレス溜まったらガチャ回すそのクセ、やめたほうがいいぜ。今のガチャポン、バカ高いし」
すかさず冷たく言うデデンカ。
「頻繁にフラレてんだしよ、これでいくつ増えたよ。もう余るほどあるだろ。メロカリに売れ」
「ひどい!あんただって私と同じことしてるくせに!」
ゾンあまで本の悪評レビューついた時とか、SNSで酷評感想コメを見かけた時とか、そういう時は決まってしま江さんのぬいぐるみを買ってきてるやつに言われたくないね!
「ねー、ねー、回しに行こうよー、デデンカ様ぁ」
「きっしょ!こっちくんな!酒くさいんだよ!」
顔にしま江さんの枕を押し付けられ、私は「ぶへっ」と声を上げて後ろに転がった。
「うちらの唯一の共通点をそんな乱暴に扱いやがって……しま江さんがいなけりゃ私ら、こうしてだべってなかったよ」
「逆になんでしま江さんだけでこの二十数年、お前と顔つき合わせてんだろうな……」
「あ、もしかして後悔してるぅ?クソめんどい女と友達やる羽目になったのがそんなにイヤかい?」
吐き捨てるデデンカに対し、私は酔いも相まってねっとりとまとわりつくに徹する。
「結局、小学生から付き合いあるの、あんただけになったねぇ」
あの頃はたくさん友達がいたはずなのに、なんで私は当時から大して仲良くなかった女と腐れ縁で繋がれているのだろうか。
「みんな普通の人間だからな……普通じゃねぇ私に構ってる時点でお前も普通じゃねぇのさ」
思い出に浸ろうとしているとデデンカが冷めた声で言い、パソコンのキーボードをカタカタ鳴らした。
私は彼女から離れ、ぺちゃんこの座椅子に座ると四本目の酒、グレフルソルティの缶をすすった。デデンカはダイニングで小さな照明だけで原稿を書いていく。ノッているのか、彼女の打鍵音は軽快だ。その音をBGMに私はゆるりと回想に入る。
あれは小一。人間関係の複雑さなど皆無だったはずの時期。もうおぼろげにしか思い出せないが、デデンカがいじめっ子女子から泣かされていたのを目撃し、私はそのいじめっ子女子に砂をかけたのだ。物理的に。しかしいじめっ子の名前が思い出せない。
「あいつ、なんて名前だったっけなー……」
「誰?」
すぐにデデンカが訊いてくる。
「ほら、あんたをいじめてたクソ女」
「クソ女は山程いる……が、さーちゃんが言ってるのって、あれだろ。カトウユウリ」
「そうそうカトウユウリ。よく覚えてんね」
「いじめられた方は死ぬまで忘れんさ」
なんだか寂しそうに言うデデンカの背中には哀愁が漂っている。まぁ、そんなもんだろうな。私も歴代の彼氏の名前はすぐに思い出せるし。
「カトウっていや、さーちゃんが推してたあいつと結婚したぜ」
「は?」
衝撃的な発言に、急激に酔いが覚める。
「え?何、まさか……」
「うん、ネギマ」
「ちっげーわ、ネギシだわ!ネギシタイト!」
好きだった男の名前もすぐに出てくるところ、私は未練がましい女なのかもしれない。って、今はそうじゃなく!
私は酒を床に置いて、ダイニングの椅子に慌てて座った。
「つーか、あんたもネギシ好きだったでしょ!」
「昔の話さ」
「なぁにが昔の話さだ!あんたが今書いてる小説のヒーロー〝ネイサン〟ってネギシでしょ!あの当時のクラスみたいな相関図で書きやがってよぉ!」
テーブルを叩いて言うと、デデンカは「黙れ」と低い声で唸る。しかしそんなことで怯む私ではない。
「かっこよかったよねぇ!頭良くて足速くて、活発で優しくて!」
「あーあーあー!聞こえない!聞こえない!」
耳を塞ぐデデンカにもよく聞こえるように言ってやる。
私とデデンカだけでなくあの当時の女子たちはみんなネギシが好きだった。六年生の時は応援団長をやっていて、それはそれはかっこよかった憧れの的は中学に上がる時にみんなとは違う私立学校へ進学した。つまり小六以来、ネギシくんとは会っていない。
「で、何?カトウとネギシが結婚したってマジで言ってんの?」
「あぁ、マジだぜ。うちの母親からそういう電話がきて知った……」
そう言ってデデンカはため息をつく。
「おいおいおい、地味にショック受けてんじゃねぇですか~?顔に出てますけどぉ?」
ニヤニヤと煽ればデデンカの眼鏡が冷たく光る。とはいえ私もこんだけ煽り倒しといて、めちゃくちゃショックを受けている。今日彼氏にフラれたことなんてどうでもよくなるレベルの衝撃ニュースだった。
「しかし、あのカトウと結婚か!あーあ、いじめっ子はまっとうに人生送れてさぁ、処女厨のあんたと尽くし系都合いい女の私は惨めに一生売れ残りですか!あーあ、やってらんねぇなぁ!私たちがいったい何したって言うんだよぉ!」
「まぁ、その嘆きは分からんでもないが……別に私は処女厨じゃないし、使い方間違ってんぞ。私はただ処女を守っているだけだ」
素直じゃないデデンカのセリフなど私の耳には入らない。しかし、さすがのデデンカも同情するレベルだったようで、眼鏡のズレをくいっと正した彼女は厳かにパソコンを閉じた。
「さーちゃん」
「なんだよ」
「ガチャポン回しに行こうか」
その提案は名案だ。私は「おうよ」と言いながら椅子を引いて立ち上がった。