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 それからまた少し過ぎた寒い朝。
 美季の職場の大学病院まではバスに揺られて二十分。
 いつものようにスマホに流れてくるニュースを眺めていたらメッセージが届いた。
 未森からだ。
 タップして出てきた写真の中では、真っ白な八ヶ岳を背景に、うっすらと雪化粧した庭先でアンジュが黒猫を追い回していた。
《初雪です》
 ――あ、いいな。
 また行けるように、今日も職場で頑張るか。
 仕事にやりがいはないけど、自分の中に生きがいを見つけた。
 とりあえず、これからは部屋に飾ったアンジュのイラストを毎日眺めながら次の訪問を計画するだけでも楽しめそうだ。
「うふふ」
 ――油断した。
 つい、声が漏れてしまったが、周囲の乗客はじっとスマホを見つめていて誰も美季の笑い声になど気づいていなかった。
 誰も他人に興味などない。
 それは自分もだ。
 べつに今の自分の幸せを知ってもらう必要なんかない。
 そんな相手がいない状況を『寂しい』と思い込まされていただけだと知ってしまった以上、全然一人でも構わなくなった。
 だって、一人だからこそたどり着けるあんなに素敵な場所を知っちゃったんだから。
 それをみんなに教えたら、予約が殺到して自分が行けなくなっちゃうし。
 職場の大学病院前に到着し、バスを降りると、ふと対面にあるドラッグストアが目に入った。
 ――あ、そうだ。
 ペンションで使ったあのシャンプーのセット売ってるかな。
 何の変化もない毎日だと思っていたけど、変わらなかったのは自分だ。
 まずは髪の毛からだね。
 仕事終わりに寄って探してみようっと。