「ここは洋館と和風な建物が合わさっているのだけど、和風な部屋の二階は昔夫が貧しい学生さんを住まわせていたのよ。
あ、夫は医者だったの。
なのに六十過ぎに亡くなるんだもの、医者の不養生ってほんとよね」

和代の夫は祖父が始めた私立病院の医院長だった。
今は夫の育てた後進達が病院を運営しているが、間借りしていた当時の学生で今では偉くなった医者達が和代を心配して様子を見に来ている。
それだけ和代の夫は器の大きな人物であり、それを支えていた和代の人柄がそうさせていた。

「彼らには人数もいたし近くに銭湯もあったからそちらに行ってもらっていたけど、陽子さんがよければうちのお風呂を使ってもらえたら。
もちろん、部屋などを見てから考えてね」

穏やかに和代は話しかけ、何故か陽子はぐっと唇を噛んで視線を下げた。
ただたまたま通りかかって、たまたま声をかけただけの見ず知らずの相手にどうしてそういう優しさを向けられるのかわからなかった。

「どうしてそんな風に優しいことをおっしゃるんですか?
同居を誘っていただきましたが私は料理も出来ないしずぼらなんです。
色々と駄目な人間なのですから同居なんてしたらご迷惑をかけてしまいます」
「貴女が駄目な人間?
見ず知らずの私の異変に気づいて、家の中まで入ってきて助けてくれたのに?」
「それはたまたまで」
「そういう行動を瞬発的に出来ることが、どれだけ凄いことか。
思ったよりも出来る人の方がいないものよ。
それこそ、私が何か悪い女だったらどうしたの?
ドロボー!なんて叫ばれたら陽子さんの方が大変なことになってたかもしれないのに」

ふふ、と和代が微笑むと、陽子はそんなことなど考えていなかったので困ってしまった。