高校一年生の夏、俺は生まれて初めて一目惚れらしきものをした。らしきもの、と曖昧な表現になっているのは、この気持ちが恋なのか断定できないからだ。それもそのはず。俺は今、アイスクリーム屋のお兄さんの“笑顔”に心惹かれていた。
◇
高一ともなれば、恋の一つや二つは経験している。初めて好きになったのは、幼稚園の先生だ。どんな顔をしていたのかは覚えていないけど、髪が長くて、優しくて、笑顔が素敵な人だった気がする。
次に好きになったのは、小三の頃に隣の席になった子だ。大人しくて無口な子だったけど、俺がしょうもない話をするたびに声を抑えながら笑ってくれたのが嬉しかった。
それからも何度か人を好きになったけど、すべて片想いで終わっている。告白しようと思ったことすらない。片想いの先にある関係なんて、想像もつかなかった。勝手に好きになって、気付いた頃にはどうでもよくなっている。俺の経験してきた恋なんて、その程度のものだった。
また、人知れず恋が始まろうとしている。だけど今回に限っては、これまでとはどうにも勝手が違った。なんてったって、目の前にいるのは明らかに男だからだ。
「いらっしゃいませー」
カウンターに立つお兄さんは、爽やかな笑顔を浮かべている。こんな風に純度100%の笑顔を向けられたのは久しぶりだ。普段はぎこちない笑顔ばかり向けられてきたから。
笑っている時の顔は、とても正直だ。相手の感情がダイレクトに伝わってくる。心から楽しんで笑っているのか、適当に愛想笑いをしているのか、嘲笑を含んでいるのか。そういう笑顔の裏側にある感情が透けて見える。真顔でいる時よりも、ずっと鮮明に。
接客業だってそうだ。形式的な笑顔の裏には、疲労や緊張が透けて見えることがある。だけど目の前のお兄さんからは、マイナスの感情が一切滲んでいない。
「ご注文をお伺いします」
笑顔を崩さず、明るく声をかけられる。コバルトブルーのキャップの下からは、端正な顔立ちが覗いていた。くっきりとした二重瞼に、整った鼻梁。世間でいう爽やかイケメンだ。白い歯とえくぼも印象的だった。
これまでイケメンにときめいた経験はない。だけどお兄さんの笑顔を見ていると、胸の奥がほわんと温かくなった。凍りついた心が、みるみる溶かされていく。
今日は散々な一日だった。世界史の試験で赤点を取り、クラスメイトから怖いと陰口を叩かれ、挙句の果てには他校のヤンキーに絡まれた。度重なる不運で凍りついた心を癒すため、アイスクリーム屋に立ち寄ったのだけれど、そんなことはもはやどうでもいい。今はただ、お兄さんの笑顔を脳裏に焼き付けたかった。
「あのー……。ご注文はー……」
爽やかな笑顔が、徐々に困り顔に変わっていく。これはいけない。俺は、財布から400円を取り出して注文した。
「お兄さんの笑顔をスモールカップで」
「…………はい?」
それが、俺と片岡さんとの出会いだった。
◇
高一ともなれば、恋の一つや二つは経験している。初めて好きになったのは、幼稚園の先生だ。どんな顔をしていたのかは覚えていないけど、髪が長くて、優しくて、笑顔が素敵な人だった気がする。
次に好きになったのは、小三の頃に隣の席になった子だ。大人しくて無口な子だったけど、俺がしょうもない話をするたびに声を抑えながら笑ってくれたのが嬉しかった。
それからも何度か人を好きになったけど、すべて片想いで終わっている。告白しようと思ったことすらない。片想いの先にある関係なんて、想像もつかなかった。勝手に好きになって、気付いた頃にはどうでもよくなっている。俺の経験してきた恋なんて、その程度のものだった。
また、人知れず恋が始まろうとしている。だけど今回に限っては、これまでとはどうにも勝手が違った。なんてったって、目の前にいるのは明らかに男だからだ。
「いらっしゃいませー」
カウンターに立つお兄さんは、爽やかな笑顔を浮かべている。こんな風に純度100%の笑顔を向けられたのは久しぶりだ。普段はぎこちない笑顔ばかり向けられてきたから。
笑っている時の顔は、とても正直だ。相手の感情がダイレクトに伝わってくる。心から楽しんで笑っているのか、適当に愛想笑いをしているのか、嘲笑を含んでいるのか。そういう笑顔の裏側にある感情が透けて見える。真顔でいる時よりも、ずっと鮮明に。
接客業だってそうだ。形式的な笑顔の裏には、疲労や緊張が透けて見えることがある。だけど目の前のお兄さんからは、マイナスの感情が一切滲んでいない。
「ご注文をお伺いします」
笑顔を崩さず、明るく声をかけられる。コバルトブルーのキャップの下からは、端正な顔立ちが覗いていた。くっきりとした二重瞼に、整った鼻梁。世間でいう爽やかイケメンだ。白い歯とえくぼも印象的だった。
これまでイケメンにときめいた経験はない。だけどお兄さんの笑顔を見ていると、胸の奥がほわんと温かくなった。凍りついた心が、みるみる溶かされていく。
今日は散々な一日だった。世界史の試験で赤点を取り、クラスメイトから怖いと陰口を叩かれ、挙句の果てには他校のヤンキーに絡まれた。度重なる不運で凍りついた心を癒すため、アイスクリーム屋に立ち寄ったのだけれど、そんなことはもはやどうでもいい。今はただ、お兄さんの笑顔を脳裏に焼き付けたかった。
「あのー……。ご注文はー……」
爽やかな笑顔が、徐々に困り顔に変わっていく。これはいけない。俺は、財布から400円を取り出して注文した。
「お兄さんの笑顔をスモールカップで」
「…………はい?」
それが、俺と片岡さんとの出会いだった。