「妃唯とは会わないでほしいの。今、妃唯には綺月君の記憶がない。綺月君に会って、妃唯を混乱させたくないのよ。それから、あなた達が付き合ってたことも妃唯には言わないでほしいの。無理に思い出させようとすると、脳に負担がかかるってお医者さんが言ってたから」


受け入れられるか、じゃない。


受け入れなきゃいけないんだ。


「ごめんなさい、こんな酷なお願いをしてしまって……」


涙を流した唯那さんに少しだけ笑みを浮かべてみせた。


「大丈夫ですよ。唯那さんの言ってることはよく分かってますから。それに、ちょうどよかったのかもしれません」


今年の4月から、僕は高校の教師になる。


妃唯は高校生。


これ以上、この関係を続けられるか分からない。


生徒と教師の恋愛なんて、正直に言ったら不安があった。


「だから、大丈夫です。妃唯とはもう会うつもりはないですし、付き合ってたことも話すつもりはありません」      


何もかも隠して、笑ってそう言った。


自分なりの宣言。


妃唯を忘れることはできないのかもしれない。


でも、自分や妃唯のことを考えても、もうそうするしかないんだ。


「綺月君……」 


唯那さんはやっぱり悲痛な表情を浮かべていたけど。



もう無理にでも笑うしかなかった。


――この時は思ってなかったんだ。


まさか、妃唯の担任を受け持つことになるなんて。





だからこそ、驚いた。


「ここの担任になりました。僕は宇都宮綺月(うつのみやきづき)です。担当教科は数学と日本史。僕は今年教師になったばかりなので、精一杯頑張ります。よろしくお願いします」


僕の簡単な自己紹介が終わって、ゆっくりと顔を上げる。


その視界に映ってくる愛しい彼女。


会わなくなってからそこまで経ってないけど、大人っぽくなってる。


女の子の騒ぎ声なんて全く耳に入ってこなくて。


さすがに妃唯をガン見したりはしないけど、全神経は妃唯に向いてる。


「三波妃唯です。飛砂中から来ました。好きなことはお菓子作りです。よろしくお願いします」


妃唯の自己紹介。


ずっと聞いていたくなるくらい、妃唯の声は心地良い。


他の人の自己紹介も名前を覚えなきゃいけないから一応聞いてるけど、ほとんど流れていってる。


教師のくせに特別扱いとか最悪だなって思うけど、これは許してほしい。


だって、久しぶりに会えたんだ。