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・【10 溝渕さんの女子生徒】
・
僕は、溝渕さんと一緒に自殺室にいた女子生徒のことが少し気になっていた。
その人のことを知ればもしかしたら何か糸口が掴めるかもしれない。
「すみません。最近溝渕さんに話を聞いてばかりで恐縮なんですが、溝渕さんと一緒にいた女子生徒の話を聞かせてくれませんか?」
床に横になっていた溝渕さんはすぐに座る態勢になって、またお尻だけ回してこちらを向き、
「まあ気になりはするだろうからな。いいよ、分かること、聞かれること、全部答えるよ」
そう言って笑った溝渕さんは、お尻歩きで少しこちらへ詰めてから、
「まず名前は岩田直子(なおこ)で最初は暗いメガネの女子だったよ。まあ最初から明るいヤツなんていないだろうからな、この自殺室に死にたいと思ってくるヤツで」
「暗いってどんな感じに暗い感じでしたか?」
「そうだなぁ、常に伏し目がちで目を合わせないようにして。ブツブツ何か一人で呟いて、気になるから話しかけてみたら急に激高して『近付かないで!』といった感じだったよ」
想像通りというか想像以上というか、そんな感じだ。
でもそれも自然だとは思う。だって死にたいのに死ねなくて、知らない人と一緒に空間に居続けないといけないわけだから。
「俺が死神役していたことに対して、いつも懐疑的な目で見てきて。ある日、俺に話し掛けてきたんだ。何でそんなことをしているのかって。だから俺は人が苦しんで死ぬところを見たくないと言ったらさ、エゴイストだね、って。最初は本当に嫌なヤツだと思ったよ」
「僕は溝渕さんの考え方に同意しましたけども、エゴイストなんて言葉を言ったんですね」
「そう、そんなこれからずっと一緒にいるヤツにキツイ言葉使わなくてもな、と思ったよ。まあもういないけどな」
自嘲気味に笑った溝渕さん。
そこには何でアイツだけ、みたいな、ちょっとした悔しさも感じた。
溝渕さんは続ける。
「でもまあそれから少しは喋るようになってさ、でもずっと独善的とか、偽善者とか、自己中とかいろいろ言われたよ。だからコイツがもし死ぬ時があったら汚らしく死ぬんだろうなと思っていたら、田中くんのことが好きだった子みたいにサラサラと月の砂のように綺麗に舞って死んでいったよ、そんなのアリかよ、って」
今度はちょっと吹き出しながら、そう言った。
思い出し笑いしているような感じだ。
そこから察するに、そうは言われていたけども、その内容というか言い方は徐々に和らいでいった感じだろうか。
だから、
「でもどんどん仲良くなっていったわけですよね?」
「その通り。まあ言われはずっとこうなんだけども、冗談っぽく言われるようになったよ。結局直子も手伝う流れになって、これで私もエゴイストの仲間入りだね、とか言いやがって。エゴイストは二人いたらもはやエゴイストじゃないだろ、共存関係だろ」
「確かにそうですね」
「そうやって親密にずっとなっていったと思うだろ? でも違うんだよ」
急に頭上に疑問符を浮かべた溝渕さん。
正直この流れならそうだと思う。
でも一体、と思っていると、溝渕さんは口を開いた。
「徐々に明るく喋りかけてくるようになったのにさ、時折静かになって、こっちのことをじっと見てきたと思ったら俯いてそっぽ向いて。まるで最初の頃みたいに。その落差が何か怖かったんだよな」
「それはよく分かりませんね」
「だろ? だから本当は俺のこと憎んでるのかなとか思って。結局何を考えているかどうか分からなかったよ」
「憎んでいるかどうかは分かりませんが、まあ分からないことは僕も分からないです」
未だにちょっと不満そうに天を仰いだ溝渕さん。
腕を組んでまだ考えているような感じだ。
僕も溝渕さんもそのまま黙って会話は終了した。
でもあくまで僕は、直子さんという人は溝渕さんに対して好意的だったように感じられる。
急に黙ることも、この状況を考えればありえることだと思う。
やっぱり現状を思い出してしまったら死にたくなるだろうから。
じゃあ何故死ねたのか、それは一切分からない。
今を考えれば考えるほど死にたくなるはずだ。
ずっと今を考えているような時間が存在していたのならば、やっぱり死にたいという気持ちが少なくなることは無いはずだ。
否、増幅だってするくらいだ。
僕はこの自殺室に居れば居るほど死にたいという気持ちが大きくなると思っている。
それが急にいなくなるなんて、生きたいと思うなんて、と思った時、もう一つ聞きたいことができたので、聞いてみることにした。
「溝渕さん、直子さんは消える直前に何か言っていませんでしたか?」
「あぁ、言っていたよ、それこそが俺を憎んでいるといった感じだったよ」
「どういうことですか?」
溝渕さんは一呼吸を開けてから、こう言った。
「何で、弥勒は違うの? だったよ。まるで俺にも死んでほしいみたいな感じで、だから俺のことを憎んでいたんだと思うよ」
何で、弥勒は違うの? か、確かに何で自分だけ死なないといけないんだといった感じだけど、この状況なら死ぬほうがいいことだ。
「何だか直子さん、矛盾していますね」
「そうなんだよ、死ねたんだからいいはずなのに、俺に対して何か言ってきて。だからもう全く意味が分からないんだ。だからもう俺のことを殺したいくらい憎んでいたと思うしかありえないんだよ」
「そうなってしまうかもしれませんね……」
と深いため息を僕はついてしまった。
でも一緒にこの空間にいて、そんな感情になることってあるのかな、と少し思ってしまった。
何故なら溝渕さんはどう考えても、良い人だから。
いや、このことはあえて言おう。
「僕は、溝渕さんのこと同志だと思っています。この空間のことを教えてくださるし、今も聞いたらいろいろ答えてくれるので、むしろ尊敬しています」
「いやいやいや、そんな気を回さなくてもいいんだ。自然体で大丈夫だよ。でも有難う。その気遣いが嬉しいよ」
そう言って優しく微笑んだ溝渕さん。
やっぱり溝渕さんが嫌われるなんてありえない。
きっとその直子さんという人がおかしかったんだ。
そもそもこんな状況で生きたいと思うことも分からないし。
相当変な人だったんだろうな、と思うと、全く参考にならないなといった感じだ。
溝渕さんの過去を知れて、より近付いたような気になったけども、ここから脱するためのヒントには一切ならなかったなぁ。
・【10 溝渕さんの女子生徒】
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僕は、溝渕さんと一緒に自殺室にいた女子生徒のことが少し気になっていた。
その人のことを知ればもしかしたら何か糸口が掴めるかもしれない。
「すみません。最近溝渕さんに話を聞いてばかりで恐縮なんですが、溝渕さんと一緒にいた女子生徒の話を聞かせてくれませんか?」
床に横になっていた溝渕さんはすぐに座る態勢になって、またお尻だけ回してこちらを向き、
「まあ気になりはするだろうからな。いいよ、分かること、聞かれること、全部答えるよ」
そう言って笑った溝渕さんは、お尻歩きで少しこちらへ詰めてから、
「まず名前は岩田直子(なおこ)で最初は暗いメガネの女子だったよ。まあ最初から明るいヤツなんていないだろうからな、この自殺室に死にたいと思ってくるヤツで」
「暗いってどんな感じに暗い感じでしたか?」
「そうだなぁ、常に伏し目がちで目を合わせないようにして。ブツブツ何か一人で呟いて、気になるから話しかけてみたら急に激高して『近付かないで!』といった感じだったよ」
想像通りというか想像以上というか、そんな感じだ。
でもそれも自然だとは思う。だって死にたいのに死ねなくて、知らない人と一緒に空間に居続けないといけないわけだから。
「俺が死神役していたことに対して、いつも懐疑的な目で見てきて。ある日、俺に話し掛けてきたんだ。何でそんなことをしているのかって。だから俺は人が苦しんで死ぬところを見たくないと言ったらさ、エゴイストだね、って。最初は本当に嫌なヤツだと思ったよ」
「僕は溝渕さんの考え方に同意しましたけども、エゴイストなんて言葉を言ったんですね」
「そう、そんなこれからずっと一緒にいるヤツにキツイ言葉使わなくてもな、と思ったよ。まあもういないけどな」
自嘲気味に笑った溝渕さん。
そこには何でアイツだけ、みたいな、ちょっとした悔しさも感じた。
溝渕さんは続ける。
「でもまあそれから少しは喋るようになってさ、でもずっと独善的とか、偽善者とか、自己中とかいろいろ言われたよ。だからコイツがもし死ぬ時があったら汚らしく死ぬんだろうなと思っていたら、田中くんのことが好きだった子みたいにサラサラと月の砂のように綺麗に舞って死んでいったよ、そんなのアリかよ、って」
今度はちょっと吹き出しながら、そう言った。
思い出し笑いしているような感じだ。
そこから察するに、そうは言われていたけども、その内容というか言い方は徐々に和らいでいった感じだろうか。
だから、
「でもどんどん仲良くなっていったわけですよね?」
「その通り。まあ言われはずっとこうなんだけども、冗談っぽく言われるようになったよ。結局直子も手伝う流れになって、これで私もエゴイストの仲間入りだね、とか言いやがって。エゴイストは二人いたらもはやエゴイストじゃないだろ、共存関係だろ」
「確かにそうですね」
「そうやって親密にずっとなっていったと思うだろ? でも違うんだよ」
急に頭上に疑問符を浮かべた溝渕さん。
正直この流れならそうだと思う。
でも一体、と思っていると、溝渕さんは口を開いた。
「徐々に明るく喋りかけてくるようになったのにさ、時折静かになって、こっちのことをじっと見てきたと思ったら俯いてそっぽ向いて。まるで最初の頃みたいに。その落差が何か怖かったんだよな」
「それはよく分かりませんね」
「だろ? だから本当は俺のこと憎んでるのかなとか思って。結局何を考えているかどうか分からなかったよ」
「憎んでいるかどうかは分かりませんが、まあ分からないことは僕も分からないです」
未だにちょっと不満そうに天を仰いだ溝渕さん。
腕を組んでまだ考えているような感じだ。
僕も溝渕さんもそのまま黙って会話は終了した。
でもあくまで僕は、直子さんという人は溝渕さんに対して好意的だったように感じられる。
急に黙ることも、この状況を考えればありえることだと思う。
やっぱり現状を思い出してしまったら死にたくなるだろうから。
じゃあ何故死ねたのか、それは一切分からない。
今を考えれば考えるほど死にたくなるはずだ。
ずっと今を考えているような時間が存在していたのならば、やっぱり死にたいという気持ちが少なくなることは無いはずだ。
否、増幅だってするくらいだ。
僕はこの自殺室に居れば居るほど死にたいという気持ちが大きくなると思っている。
それが急にいなくなるなんて、生きたいと思うなんて、と思った時、もう一つ聞きたいことができたので、聞いてみることにした。
「溝渕さん、直子さんは消える直前に何か言っていませんでしたか?」
「あぁ、言っていたよ、それこそが俺を憎んでいるといった感じだったよ」
「どういうことですか?」
溝渕さんは一呼吸を開けてから、こう言った。
「何で、弥勒は違うの? だったよ。まるで俺にも死んでほしいみたいな感じで、だから俺のことを憎んでいたんだと思うよ」
何で、弥勒は違うの? か、確かに何で自分だけ死なないといけないんだといった感じだけど、この状況なら死ぬほうがいいことだ。
「何だか直子さん、矛盾していますね」
「そうなんだよ、死ねたんだからいいはずなのに、俺に対して何か言ってきて。だからもう全く意味が分からないんだ。だからもう俺のことを殺したいくらい憎んでいたと思うしかありえないんだよ」
「そうなってしまうかもしれませんね……」
と深いため息を僕はついてしまった。
でも一緒にこの空間にいて、そんな感情になることってあるのかな、と少し思ってしまった。
何故なら溝渕さんはどう考えても、良い人だから。
いや、このことはあえて言おう。
「僕は、溝渕さんのこと同志だと思っています。この空間のことを教えてくださるし、今も聞いたらいろいろ答えてくれるので、むしろ尊敬しています」
「いやいやいや、そんな気を回さなくてもいいんだ。自然体で大丈夫だよ。でも有難う。その気遣いが嬉しいよ」
そう言って優しく微笑んだ溝渕さん。
やっぱり溝渕さんが嫌われるなんてありえない。
きっとその直子さんという人がおかしかったんだ。
そもそもこんな状況で生きたいと思うことも分からないし。
相当変な人だったんだろうな、と思うと、全く参考にならないなといった感じだ。
溝渕さんの過去を知れて、より近付いたような気になったけども、ここから脱するためのヒントには一切ならなかったなぁ。