大通りに出ると信号機が増えて、自動車も増えて、並んだ高いビルの列が何メートルも続く。
 あの落ち着いた喫茶店に戻りたいと思う糢嘉の歩調がおぼつかない。
 歩くのは嫌いではない。ただ、この雑音と排気ガスまみれな雑踏が息苦しい。
 糢嘉からしてみたら、こういった場所は心労を何倍にも膨れあがらせてしまうのだ。
 ふと何気なく横を見れば、旅行会社が貼り出している南国の広告ポスターが糢嘉の視界に入った。
 糢嘉はそのポスターに突撃したら南国へ行けるのではないのかと、そんな四次元的なことを考えていた。
 糢嘉は気分が悪くなった。そして居心地も悪くなる。
 すれ違う人たちが必ずといっていいほど弥宵の顔を見るからだ。わざわざ立ち止まった人までもいる。
 弥宵の顔に何か付いているとか、そういった理由ではない。
(その顔は本当に人間の顔か? 完璧すぎるだろ)
 かっこ良くてお洒落だと人気の高い制服を着用した男子生徒二人が一緒に歩いていれば自然と目を惹く。
 そしてそのうちの一人はけっして比較されたくはない、超絶美形な男なのだから。
 ブレザーはダークグレー。スクールシャツは水色。モスグリーンのネクタイには白と赤で刺繍された学校指定のマークが柄模様になっている。ズボンは暗めな紺色にネクタイと同系色なタータンチェック柄でなかなか洒落ている。
 女子の制服も可愛いと高評だ。ドラマや映画に使用されそうな制服で、雑誌にも何度か掲載されたことがあり、女子生徒は制服目当てで高校を選んだ人のほうが多いほどだ。
 糢嘉が弥宵の隣ではなく、弥宵の後ろに隠れるようにして歩く。
 糢嘉は後ろから弥宵をじっくりと観察する。
 弥宵の髪は細く痛みやすそうで、頭を少し動かしただけでもサラリとなびく。それは実際に触れていなくても絹糸のような触り心地なのだということは安易に想像できてしまえる。
 糢嘉の髪はフワフワしており、毛先は丸まったふうに絡まり、軽くパーマをかけているように見える癖っ毛だ。
 糢嘉は自分自身の髪の毛先を指先で摘まんでみる。とてもではないがサラリとした触感という感想はでてこない。
 制服が似合いすぎてかっこ良い。高身長で羨ましい。嫌味のない素直な性格に憧れる。
 糢嘉は弥宵に対して素直にそう思う。
 弥宵が糢嘉に執着するように、満員電車で目が合ったときから糢嘉も弥宵に執着していた。
 糢嘉はどこかしら永倉弥宵を意識しつつある。意識させるように仕向けられている気がしてならない。
 それもそのはずだ。
 今の糢嘉の心には乙女じみた願いが住み着いている。

(永倉の髪に触りたい)

 数えられるほどの会話しかしていないにもかかわらず、人の印象というものはこうも簡単に急変するものなのかと、糢嘉は移り気な己に呆れ果てる。
 近づきたい。でも近づけない。
 弥宵と糢嘉の距離感がますます広がっていく。
「モカ。僕と離れて歩きすぎじゃない?」
 糢嘉は振り向いてきた弥宵と瞳を合わそうとはせずに、視線を斜め横に外して素知らぬ振りをした。
「……そんなことは、ない……」
「そんなことあるよ!」
「なんだよ⁉ そんなムキになることか⁉」
 そう言う糢嘉も声を荒らげて躍起になっている。
 なぜ、弥宵の言動にこんなにも心がざわつき、鼓動が激しく波打つのか糢嘉にはわからない。わかりたくもない。わかろうとしてしまうことが恐ろしくてたまらない。
「僕はモカと肩を並べて仲良く歩きたいのに、今の僕とモカは赤の他人みたいに歩いてるよ! もっとくっついて歩こうよ!」
「くっつくってなんだよ⁉ 永倉ってそういうキャラだったのか⁉」
「モカは僕のことをどう見ていたの?」
「どうって……」
 どうもこうもない。
 ただ、学校に必ず一人はいる芸能人みたいに目立つ奴。
 それくらいの認識だった。
 だけど──。
「今の永倉は、なんか気持ち悪い」
「モカ、ひどい!」
「ひどくない」
「ひどいよ!」
「気持ち悪い」と傷つくことを言われても、弥宵は今にも泣きだしそうな声と悲しい表情で駄々っ子のように糢嘉にすがりつくばかりで、けっして糢嘉のことを責めない。怒ったりもしない。
 こうして気がねなく冗談が言える弥宵を身近に感じてきたのか、糢嘉は驚くべき発言をする。