ここしばくはお世話になっていなかった生活指導室に久しぶりに呼ばれてしまい、うんざりするほど長々とした教師からのお説教が終わると、芽羽のことを待っていた琴寧が廊下に立っていた。
「芽羽ちゃん、どうして私に内緒で弥宵くんと会うの?」
ずっと黙っていることに限界がきたのか、生活指導室から出てきた芽羽の後ろ姿を足早に追いかけながら琴寧が口を開いた。
やっぱり琴寧は気がついていたんだなと、芽羽は歩く足を止めこそはしたが琴寧とは瞳を合わそうとはせずに背中を向けている。
「どうして、私には何も話してくれないの?」
涙声で悲痛な訴えをしてくる琴寧に芽羽の心がまったく痛まないわけではない。
さすがになんの理由も話さずにこんな状態をずっと続けているのは琴寧が可哀想だなとは思っている。
このままだと、琴寧は自分が芽羽から嫌われているのではないのかと誤解するであろう。
「あたしが弥宵を恨んだことは一度もないよ。弥宵には感謝しかしていない」
あのキャンプ場での忌まわしい出来事から封印してきた弥宵への感情を、芽羽は今、初めて琴寧に打ち明けた。
「だからあたしは、これからも弥宵と会うよ」
どんなに琴寧から猛反対されようが、芽羽は己の信念を曲げるつもりなど微塵もない。
「それなら私も弥宵くんと会う!」
内気な琴寧がこんなふうに感情的になり、声を荒らげたりすることは滅多にない。
芽羽が振り返ると、若干涙目になっている琴寧が矢を射抜くような鋭い眼光で芽羽に詰め寄る。
「私は芽羽ちゃんのことが心配なんだよ!」
芽羽を心配する気持ちは本当だが、琴寧が一番心配しているのは芽羽の心が自分から離れていってしまうことなのだ。
幼い頃から芽羽に依存し、芽羽に頼りきってきた琴寧には、芽羽が傍にいない人生など考えられないのだ。想像すら難しく、いや、そんな想像などしなくても妙な自信が琴寧にはあった。でもそれは独りよがりの自惚れだったのかもしれないと琴寧は気弱になると同時に惨めにもなる。
琴寧にとって芽羽は生活の一部になっていると言っても過言ではない。
「そんなに心配してもらわなくても、あたしは琴寧みたいに泣き虫じゃないから大丈夫だよ」
淡々とした口調で遠回しに琴寧を突き放し、距離を置こうとしてくる芽羽の態度に琴寧は落胆する。
なぜ、芽羽はここまで心に壁を作るのか琴寧にはわからない。わかりたいのにわかってしまうことを心のどこかで恐れている。
たとえばそれが、けっして立ち入ってはならない、触れてはならない危険な領域だったとしても、琴寧は勇気を振り絞り、芽羽が抱え持つ心の闇を解放してほしくて強引に踏み入ろうとする。
「私も弥宵くんと直接話したいことがあるの」
いつまでもこんなふうに悶々とした気持ちでいるくらいなら、いい加減、ちゃんとケジメをつけるべきなのかもしれない。
琴寧は臆病風に吹かれてばかりいる不甲斐ない精神を取っ払う。
芽羽は琴寧が弥宵と再会することに多少なりとも不安があったが、凛々しい姿勢を崩さずに琴寧の同行を許した。
喫茶店に到着するまでの間、芽羽と琴寧は一言も会話をしなかった。
重苦しい雰囲気が漂うなか、最初に長い沈黙を破ったのは芽羽だった。
「琴寧、お願いがあるの」
喫茶店の扉の前まで来ると、芽羽は一呼吸置いてから真剣な表情で言った。
「弥宵のことを絶対に責めないでほしい」
琴寧は争い事を好まない。喧嘩をするくらいなら自分が我慢することを選ぶ。
何事も穏便に済ませたいと思う琴寧ではあるが、弥宵には怒りの感情を少しも隠そうとはしない。
幼馴染みとしての勘が働きそれを瞬時に察知したのか、芽羽から釘を刺されてしまえば琴寧はその通りに従うしかない。
「約束してくれる?」
芽羽から再度念入りに言われてしまい、琴寧は仕方なく頷いた。
もしかしたら芽羽は弥宵に恋愛感情を抱いているのではないのかと琴寧は思った。
親友の恋を応援できないだなんて、親友失格かもしれないと琴寧は己の器の小ささに嫌気が差す。
これがもし芽羽の恋する相手が弥宵ではなかったら、琴寧は笑顔で応援できたのだろうかと自問自答するが、これもまた寂しい感情が生まれるような気がしてならない。
なぜ、芽羽のことになると相手の顔色をうかがって取りつくろうともせずに、こんなにも強情になり寛容になれないのだろうか。
琴寧は不思議な気持ちで自己分析していた。
「芽羽ちゃん、どうして私に内緒で弥宵くんと会うの?」
ずっと黙っていることに限界がきたのか、生活指導室から出てきた芽羽の後ろ姿を足早に追いかけながら琴寧が口を開いた。
やっぱり琴寧は気がついていたんだなと、芽羽は歩く足を止めこそはしたが琴寧とは瞳を合わそうとはせずに背中を向けている。
「どうして、私には何も話してくれないの?」
涙声で悲痛な訴えをしてくる琴寧に芽羽の心がまったく痛まないわけではない。
さすがになんの理由も話さずにこんな状態をずっと続けているのは琴寧が可哀想だなとは思っている。
このままだと、琴寧は自分が芽羽から嫌われているのではないのかと誤解するであろう。
「あたしが弥宵を恨んだことは一度もないよ。弥宵には感謝しかしていない」
あのキャンプ場での忌まわしい出来事から封印してきた弥宵への感情を、芽羽は今、初めて琴寧に打ち明けた。
「だからあたしは、これからも弥宵と会うよ」
どんなに琴寧から猛反対されようが、芽羽は己の信念を曲げるつもりなど微塵もない。
「それなら私も弥宵くんと会う!」
内気な琴寧がこんなふうに感情的になり、声を荒らげたりすることは滅多にない。
芽羽が振り返ると、若干涙目になっている琴寧が矢を射抜くような鋭い眼光で芽羽に詰め寄る。
「私は芽羽ちゃんのことが心配なんだよ!」
芽羽を心配する気持ちは本当だが、琴寧が一番心配しているのは芽羽の心が自分から離れていってしまうことなのだ。
幼い頃から芽羽に依存し、芽羽に頼りきってきた琴寧には、芽羽が傍にいない人生など考えられないのだ。想像すら難しく、いや、そんな想像などしなくても妙な自信が琴寧にはあった。でもそれは独りよがりの自惚れだったのかもしれないと琴寧は気弱になると同時に惨めにもなる。
琴寧にとって芽羽は生活の一部になっていると言っても過言ではない。
「そんなに心配してもらわなくても、あたしは琴寧みたいに泣き虫じゃないから大丈夫だよ」
淡々とした口調で遠回しに琴寧を突き放し、距離を置こうとしてくる芽羽の態度に琴寧は落胆する。
なぜ、芽羽はここまで心に壁を作るのか琴寧にはわからない。わかりたいのにわかってしまうことを心のどこかで恐れている。
たとえばそれが、けっして立ち入ってはならない、触れてはならない危険な領域だったとしても、琴寧は勇気を振り絞り、芽羽が抱え持つ心の闇を解放してほしくて強引に踏み入ろうとする。
「私も弥宵くんと直接話したいことがあるの」
いつまでもこんなふうに悶々とした気持ちでいるくらいなら、いい加減、ちゃんとケジメをつけるべきなのかもしれない。
琴寧は臆病風に吹かれてばかりいる不甲斐ない精神を取っ払う。
芽羽は琴寧が弥宵と再会することに多少なりとも不安があったが、凛々しい姿勢を崩さずに琴寧の同行を許した。
喫茶店に到着するまでの間、芽羽と琴寧は一言も会話をしなかった。
重苦しい雰囲気が漂うなか、最初に長い沈黙を破ったのは芽羽だった。
「琴寧、お願いがあるの」
喫茶店の扉の前まで来ると、芽羽は一呼吸置いてから真剣な表情で言った。
「弥宵のことを絶対に責めないでほしい」
琴寧は争い事を好まない。喧嘩をするくらいなら自分が我慢することを選ぶ。
何事も穏便に済ませたいと思う琴寧ではあるが、弥宵には怒りの感情を少しも隠そうとはしない。
幼馴染みとしての勘が働きそれを瞬時に察知したのか、芽羽から釘を刺されてしまえば琴寧はその通りに従うしかない。
「約束してくれる?」
芽羽から再度念入りに言われてしまい、琴寧は仕方なく頷いた。
もしかしたら芽羽は弥宵に恋愛感情を抱いているのではないのかと琴寧は思った。
親友の恋を応援できないだなんて、親友失格かもしれないと琴寧は己の器の小ささに嫌気が差す。
これがもし芽羽の恋する相手が弥宵ではなかったら、琴寧は笑顔で応援できたのだろうかと自問自答するが、これもまた寂しい感情が生まれるような気がしてならない。
なぜ、芽羽のことになると相手の顔色をうかがって取りつくろうともせずに、こんなにも強情になり寛容になれないのだろうか。
琴寧は不思議な気持ちで自己分析していた。