賑わうゲームセンターには娯楽とストレス発散を目的とした若者たちが数多く集っている。
 帝は玩具(オモチャ)の銃を片手で構えると、目の前にいる実体の掴めないスクリーンの中だけに存在する無数の敵に容赦なく弾丸を撃ち込む。
 帝が本日の最高得点を出すと、帝の周りを取り囲んでいた見物客は非常に盛り上がり拍手まで沸き起こった。
 帝が射撃している様子を帝のすぐ傍でずっと見ていたルナの弟の磨彩哉(まさや)は、そんな帝の腕前にすっかり感心してしまっている。
 順平は射的ゲームには加わらずに、帝の隣で用心棒のように立ち、帝を静かに見守っているだけだ。
「帝、瑚城からラインがきてるよん。今日も喫茶店に来ないの? だってさ。おれもマスターの作るロールケーキが食べたいから久々に顔だしてみようよん」
 ペットボトルに入ったジュースとたくさんのフルーツガムを買ってきた冬嗣がそれを帝に手渡すと「瑚城とルナに会いに行かない?」と帝を誘う。
 帝は自分の感情を誤魔化すかのようにジュースを一気飲みした。
 帝も瑚城とルナに会いたいが、あの喫茶店に弥宵が居座っているのだと思うと足が向かない。
「帝~、ゲーセンで遊ぶのも楽しいけどさ、前みたいに、たまにはお店にも遊びに来てよ」
 中学一年生の磨彩哉は、帝、冬嗣、順平が喫茶店に来てくれなくなったのが不満なのだ。
 瑚城は変わらず通ってくれてはいるが、みんなが揃ってくれないとつまらない。
 唇を尖らせながら愚痴る磨彩哉の頭を帝が優しく撫でる。そして穏やかに笑いかけると「そのうちな」と優しく言うだけであり、そのまま両替しに行ってしまった。
 膨れっ面をしていじける磨彩哉を冬嗣と順平が兄のような眼差しで温かく慰めた。

「ねえ、ほんのちょっとで良いからさあ。可哀想な俺たちにお金を恵んでくんない?」
 帝が両替をしていると、ゲームセンターの入り口から少し離れた人目につきにくい隅っこのほうで、見覚えのある人物が素行の悪そうな複数の男たちにからまれていた。
「お金なんて持ってません」
 毅然とした態度で威勢よく追い払おうとしてみても、素行の悪い男たちの目にはひ弱な女が負け犬のように吠えているだけにしか映らず、それはまるで効果がない。
「金を持ってないんならさあ、体で払ってくれても良いし」
 眼鏡を外されたことで視力を奪われてしまい、琴寧はあわてふためく。
「へえ、眼鏡外すとけっこう可愛い顔してんじゃん」
 長いおさげ髪を指先で触られて鳥肌が立つ。馴れ馴れしく肩を抱かれて嫌悪感だけが残る。ゲームセンターから無理矢理連れ出そうとされるのを「やめてください! 離して!」と叫び声をあげて必死になって抵抗する。
 やはり一人で来なければ良かったと琴寧が尻込みしていると、
「オレのツレになんか用か?」
 帝が素早く琴寧に駆け寄り、琴寧の肩を抱いていた男の腕の骨をへし折る勢いで掴んだ。
 帝もこういった不良と呼ばれる連中と同類みたいなもので、こうした無鉄砲な喧嘩を日常茶飯事のように繰り広げている。
 トラブルに巻き込まれるのに慣れている帝は少しも物怖じしない。
 帝の圧倒的な強さと気迫に怯んだ連中は呻き声を洩らしながら退散していった。
「とっとと失せろ!」
 帝は罵声を投げつけると、琴寧の手を引いて琴寧と一緒にゲームセンターから急いで走り去る。
 帝一人だけなら良いが、琴寧のような真面目な学生がこんな場所にいては色々と不都合なことだらけだ。
 大騒ぎになる前に、帝はいつもみんなで溜まり場として使っているあの秘密の場所に琴寧を連れて行くことにした。

 薄暗いゲームセンターの裏側には乱雑に置かれた段ボールの山が幾つも放置されており、帝がそれら全部を次々と蹴り飛ばしていく。
「琴寧、ゲーセンには来るなってあれほど言っただろう」
 帝が苛立ちながらフルーツガムの包み紙を開けると、そのガムを口内へと放り込んだ。そしてクチャクチャと下品な音をたてながらフルーツガムを豪快に噛みはじめる。
 琴寧は睫毛を伏せると制服のスカートをギュッと握り締めた。
「ここは琴寧みたいなガリ勉野郎が来る場所じゃねーんだよ」
 こんな無茶をするなんて琴寧らしくない。
 琴寧は運動神経は平均的……というよりも皆無だが、弥宵と同じく成績優秀の優等生だ。
 帝、冬嗣、芽羽の三人が高校受験を突破できたのも、留年せずにすんでいるのも、琴寧が三人の勉強の面倒を見てくれているおかげなのだ。
 そんな琴寧のことを心配した帝は「駅まで送ってやるから、さっさと帰れ」と、ぶっきらぼうに言った。
 しかし臆病風に吹かれたとしても琴寧は引き下がらない。
 横暴ではあるが、帝はいつもこうして助けてくれる。そして琴寧は自力で戦うことはおろか逃げることすらできずにいた。ただ誰かが救いの手を差し伸べてくれるのを待つだけの無力な己に嫌気がする。
 あのときも帝は弥宵から芽羽のことを守ろうとしただけだ。
 でも糢嘉は芽羽と帝ではなく、弥宵を庇ったのだ。
「帝くん、本当はあの日、キャンプ場で何があったの?」
 帝は表情一つ変えずにただ黙っているだけだ。
「私は弥宵くんを憎んでいいんだよね?」
 琴寧は帝と冬嗣から聞かされた、弥宵が芽羽にしたとされる卑劣な行為を軽蔑する。
 しかし腑に落ちない点も多々ある。
 それは芽羽の口から弥宵の悪口を聞いたことが一度もないからだ。
 芽羽が本当に弥宵から酷いことをされて弥宵を恨んでいるのだとしたら、芽羽は弥宵のことを避けるはずなのに、キャンプ場から帰ってきた後も芽羽はごく普通に弥宵と接していた。芽羽が弥宵を邪険に扱ったり冷たく睨んだりする様子はなく、そんな芽羽のことを弥宵はどこか憐れみを含んだような瞳で見ていた。
 芽羽を心配する琴寧が「芽羽ちゃん、危ないから弥宵くんには近づいちゃダメだよ」と言っても、芽羽は曖昧に返事をするだけで本気で弥宵を嫌っているふうには見えなかったのだ。
 これは芽羽が何か隠しているに違いないと思った琴寧はそれとなく芽羽にたずねたりもしたが、芽羽は何も教えてはくれなかった。
「芽羽ちゃんが私に内緒で毎日弥宵くんと会っているみたいなの」
 琴寧は弥宵と芽羽がどこで会っているのかまでは知らない。
 帝は余計なことを口走ってしまわないようにと気を引き締める。
 帝と琴寧はお互いに腹の探りあいをしている。
「私は弥宵くんが芽羽ちゃんにしたことが絶対に許せない。あのとき芽羽ちゃんのことを傷つけておきながら、今でも平気な顔して芽羽ちゃんと会っているだなんて信じられないよ」
 芽羽が弥宵と会っているのは芽羽の意思ではなく、もしかしたら弥宵に何か弱味を握られていて脅されているのかもしれない。
 琴寧は親友の自分に隠してまで芽羽が弥宵と会うのはなぜなのかと、その理由を追究したい衝動が抑えられずにいる。
 それなのに、芽羽本人に直接訊く勇気もない。
 意気地無しな自分に嫌気が差す。
 弱虫な性格を捨て去りたい。
 琴寧は悔しさのあまり自分自身の唇を噛み締めながら、再び足元に視線を落とした。