糢嘉は足を捻挫した琴寧に付き添っていた。初露と耀葉も糢嘉と一緒になって琴寧の足の具合を心配している。
そこに芽羽が一人、おぼつかない足取りでやってくる。
「芽羽ちゃん、どうしたの? 大丈夫? 顔、真っ青だよ。何かあったの?」
罪悪感に押し潰されそうな芽羽の顔を琴寧が不思議そうに覗きこむ。
芽羽は何も言わずに、ただ黙ってその場に座り込むだけだ。
唇を噛み締めて、声を押し殺しながら芽羽は胸中だけで何度も弥宵に謝罪する。
川の激流の音に混じり、わずかばかりではあるが帝と冬嗣の怒鳴り声が聞こえてきた。糢嘉は何か胸騒ぎがして、飲んでいたコーヒーの水筒を放り投げると、弥宵、帝、冬嗣のいる場所まで急いで走って行く。
芽羽は悔しさと情けなさで歯が折れそうなほどに食い縛る。
目尻に溜まる芽羽の涙があふれてはこぼれ落ち、それらの水滴は徐々に手の甲を濡らしていく。
琴寧は親友が自ら封じ込めた苦痛を読み取れぬまま、嗚咽しながら怯える芽羽のふるえる体を優しく抱きしめるのだった。
帝と冬嗣は弥宵を懲罰しようとしていた。
ほかの学童保育の子供たちは突如勃発した大喧嘩に狼狽えているだけだ。
芽羽に不純な猥褻行為をしたあの学童指導員は正義感の面構えをして、あれほど仲が良かったのに険悪な雰囲気になってしまった、帝、冬嗣、弥宵の仲裁役を真面目に務めようとしている。
すべての元凶はこの学童指導員にあるというのに──。
帝が弥宵の胸ぐらを掴み、弥宵の顔面を殴りつけようとした次の瞬間、糢嘉が弥宵の前に立ち塞がった。
「モカコーヒー! そこをどけよ!」
とにかく弥宵への怒りがおさまらない帝は糢嘉を邪魔者扱いする。
「弥宵は芽羽に最低なことをしたんだ! だから今からオレが弥宵の腐った根性を叩き直してやるんだよ!」
糢嘉は豹変した帝の攻撃的な振る舞いや物言いに少しも怯むことなく弥宵を庇う。
「帝、何があったのか知らないけど、一方的に弥宵だけを責めるのはどうしてなんだ?」
帝ではなく弥宵に加勢する糢嘉の態度に憤慨した冬嗣が石を数個ほど拾い上げると、それを弥宵目がけて容赦なく投げつけた。
それは弥宵の二の腕と脇腹に命中した。
糢嘉はすぐさま弥宵に近寄り、弥宵が怪我をしていないかと心配する。
しかし弥宵はそんな糢嘉の親切心を拒む。
「モカ、これで良いんだよ。これで帝と冬嗣の気が済むなら僕は全然平気だよ」
このまま真相を隠しとおせば、芽羽の身に起きた事件が公になることはないのだから。
「俺は全然平気じゃない! 何か理由があるんだろうけど、こんなふうにやられっぱなしじゃあ納得できるわけないだろ! それに平気だと言ってる弥宵の顔が全然平気そうには見えないよ!」
なぜ、今日偶然知り合っただけの初対面の人に糢嘉は少しも躊躇することなく、ここまで自己犠牲を払えるのだろうかと弥宵は感動して泣きそうになった。
弥宵は糢嘉の逞しい精神力と勇敢な行動力、そして人情味あふれる人柄に惹かれていく。
弥宵が傷つくのを見逃すことができない糢嘉はなんとしてでも弥宵を死守しようとする。
だからこれは正当防衛なのだと糢嘉は己の心に無理矢理言い聞かせると同時に、足元に転がり落ちている大量の石を手の中いっぱいに拾い上げると帝と冬嗣目がけて勢いよく投げつけた。
石は冬嗣には当たらなかったが、帝の額に命中して出血した。
帝が額に手を当てながら口角を不敵に歪ませる。そして今度は帝が石を手に持ち糢嘉目がけて乱暴に投げつけた。石はこめかみに当たり、その衝撃で糢嘉の視界がグニャグニャに揺らめき倒れ込みそうになる。
「モカ!」
痛みで頭を押さえる糢嘉の手を素早く取って弥宵は走る。
目的地などない。どこに向かえばいいのかわからないけれど、逃避行するかのように弥宵は糢嘉と一緒に走り続ける。
モカ、モカ、モカ……。
弥宵がまるで呪文を唱えるかのように、涙声で糢嘉の名前を愛しそうに連呼する。
「弥宵、俺には本当のことを言ってくれよ」
朦朧とした意識の中、糢嘉は弥宵の心の中へと強引に踏み込もうとする。
か細く呟いた弥宵へと届けたい糢嘉の願いが弥宵の背後から伝わってくる。
その途端、鈍い音が聞こえてきて弥宵が後ろを振り返ると、そこには気を失って倒れている糢嘉の姿があった。
そこに芽羽が一人、おぼつかない足取りでやってくる。
「芽羽ちゃん、どうしたの? 大丈夫? 顔、真っ青だよ。何かあったの?」
罪悪感に押し潰されそうな芽羽の顔を琴寧が不思議そうに覗きこむ。
芽羽は何も言わずに、ただ黙ってその場に座り込むだけだ。
唇を噛み締めて、声を押し殺しながら芽羽は胸中だけで何度も弥宵に謝罪する。
川の激流の音に混じり、わずかばかりではあるが帝と冬嗣の怒鳴り声が聞こえてきた。糢嘉は何か胸騒ぎがして、飲んでいたコーヒーの水筒を放り投げると、弥宵、帝、冬嗣のいる場所まで急いで走って行く。
芽羽は悔しさと情けなさで歯が折れそうなほどに食い縛る。
目尻に溜まる芽羽の涙があふれてはこぼれ落ち、それらの水滴は徐々に手の甲を濡らしていく。
琴寧は親友が自ら封じ込めた苦痛を読み取れぬまま、嗚咽しながら怯える芽羽のふるえる体を優しく抱きしめるのだった。
帝と冬嗣は弥宵を懲罰しようとしていた。
ほかの学童保育の子供たちは突如勃発した大喧嘩に狼狽えているだけだ。
芽羽に不純な猥褻行為をしたあの学童指導員は正義感の面構えをして、あれほど仲が良かったのに険悪な雰囲気になってしまった、帝、冬嗣、弥宵の仲裁役を真面目に務めようとしている。
すべての元凶はこの学童指導員にあるというのに──。
帝が弥宵の胸ぐらを掴み、弥宵の顔面を殴りつけようとした次の瞬間、糢嘉が弥宵の前に立ち塞がった。
「モカコーヒー! そこをどけよ!」
とにかく弥宵への怒りがおさまらない帝は糢嘉を邪魔者扱いする。
「弥宵は芽羽に最低なことをしたんだ! だから今からオレが弥宵の腐った根性を叩き直してやるんだよ!」
糢嘉は豹変した帝の攻撃的な振る舞いや物言いに少しも怯むことなく弥宵を庇う。
「帝、何があったのか知らないけど、一方的に弥宵だけを責めるのはどうしてなんだ?」
帝ではなく弥宵に加勢する糢嘉の態度に憤慨した冬嗣が石を数個ほど拾い上げると、それを弥宵目がけて容赦なく投げつけた。
それは弥宵の二の腕と脇腹に命中した。
糢嘉はすぐさま弥宵に近寄り、弥宵が怪我をしていないかと心配する。
しかし弥宵はそんな糢嘉の親切心を拒む。
「モカ、これで良いんだよ。これで帝と冬嗣の気が済むなら僕は全然平気だよ」
このまま真相を隠しとおせば、芽羽の身に起きた事件が公になることはないのだから。
「俺は全然平気じゃない! 何か理由があるんだろうけど、こんなふうにやられっぱなしじゃあ納得できるわけないだろ! それに平気だと言ってる弥宵の顔が全然平気そうには見えないよ!」
なぜ、今日偶然知り合っただけの初対面の人に糢嘉は少しも躊躇することなく、ここまで自己犠牲を払えるのだろうかと弥宵は感動して泣きそうになった。
弥宵は糢嘉の逞しい精神力と勇敢な行動力、そして人情味あふれる人柄に惹かれていく。
弥宵が傷つくのを見逃すことができない糢嘉はなんとしてでも弥宵を死守しようとする。
だからこれは正当防衛なのだと糢嘉は己の心に無理矢理言い聞かせると同時に、足元に転がり落ちている大量の石を手の中いっぱいに拾い上げると帝と冬嗣目がけて勢いよく投げつけた。
石は冬嗣には当たらなかったが、帝の額に命中して出血した。
帝が額に手を当てながら口角を不敵に歪ませる。そして今度は帝が石を手に持ち糢嘉目がけて乱暴に投げつけた。石はこめかみに当たり、その衝撃で糢嘉の視界がグニャグニャに揺らめき倒れ込みそうになる。
「モカ!」
痛みで頭を押さえる糢嘉の手を素早く取って弥宵は走る。
目的地などない。どこに向かえばいいのかわからないけれど、逃避行するかのように弥宵は糢嘉と一緒に走り続ける。
モカ、モカ、モカ……。
弥宵がまるで呪文を唱えるかのように、涙声で糢嘉の名前を愛しそうに連呼する。
「弥宵、俺には本当のことを言ってくれよ」
朦朧とした意識の中、糢嘉は弥宵の心の中へと強引に踏み込もうとする。
か細く呟いた弥宵へと届けたい糢嘉の願いが弥宵の背後から伝わってくる。
その途端、鈍い音が聞こえてきて弥宵が後ろを振り返ると、そこには気を失って倒れている糢嘉の姿があった。