澄んだ空気、わずかばかり耳に届く小鳥のさえずり、降りそそぐ柔らかくも灼熱のような真夏の陽光。
迷子になりそうなほどの樹木に覆われた場所は自然界が織り成す美しい情景を瞳や素肌、聴覚で実感すると共に、人目を盗み、連れ込まれ、悪事を働くために利用される場合も充分ありえるのだ。
「嫌だ! やめて! 先生! 何するの!」
先ほど写真を撮ってもらった学童指導員のことを芽羽は立派で素敵な先生だと信頼を寄せていた。
だから少しも想像しようがなかった。想像したくもなかった。
まさかそんな好青年を絵に描いたような理想的な学童指導員が実はこんな悪趣味を持っていて、何一つ悪ぶれた様子もなく、顔色一つ変えずに犯罪に手を染めようとしている。
いや、これはむしろ手慣れているかんじだ。
おそらくは、こんなふうに幼い少女を脅すのは初めてのことではないのだろう。
「ほら芽羽ちゃん、恥ずかしがらずにこっちを向いてごらん」
わすが十歳である少女の抵抗力など成人男性の前では無力も同然で、芽羽の歯向かう気力は無惨にも砕け散ってしまう。
今すぐ逃げ出したいのに、恐怖のあまり足がすくんでしまい一歩も動けない。
「芽羽ちゃん、すごく可愛いね。可愛いよ」
鼻息を荒くしながら芽羽の体をベタベタと触るその手つきが厭らしくて、芽羽には嫌悪感しか残らない。
芽羽の姿を写真に収めると、学童指導員はそれを眺めながら満足そうにふしだらな笑みを浮かべている。
「先生……? 芽羽……?」
声も出せず、鳥肌が立つほどのあまりの恐怖心により、芽羽は身動き一つできずにずっと顔を伏せていた。そこに聞き慣れた親しい友達の声が聞こえてきたことで本来の人間らしい動作を取り戻す。
「先生、芽羽に何しているの⁉ 芽羽、泣いてんじゃん!」
弥宵という邪魔が入ったことで学童指導員はうろたえている。
弥宵が芽羽を庇うように学童指導員と芽羽の間に割り込むと、敵意剥き出しになって学童指導員のことを弾丸を撃ち抜くよりも鋭い眼光で睨みつける。
「あ……いや……これは、その……」
学童指導員は弥宵が納得するような上手い言い逃れの言葉を探しているが、どれも歯切れの悪い途切れ途切れの言葉ばかりを紡いでいるだけでまともな会話が何一つ成立しない。
もちろん弥宵もこの現状をきちんと把握するまでは、見てみぬ振りをしてこの場所から離れるつもりなど毛頭ない。
この学童指導員をどこまでも追い詰めて、納得のいく状況説明を聞き出すつもりでいる。
「弥宵! 助けて!」
芽羽が叫んだ途端、あわてて走り去る学童指導員を追いかけようとした弥宵の腕を芽羽が掴んだことにより、弥宵は犯罪者を取り逃がしてしまった。
「芽羽、大丈夫……?」
弥宵がおそるおそる芽羽の顔を覗き込もうとしたら、芽羽がものすごい勢いで弥宵の体にしがみついてきた。
「弥宵! お願い! このことは誰にも言わないで!」
普段から気が強く活発的な芽羽をよく知る弥宵は、こんなにも弱々しく赤子のように泣きじゃくる芽羽の姿に戸惑うばかりだ。
「ゃょぃ……。ぉねがぃ……」
こんな死んでも経験したくなかった屈辱的なこと、同情されるよりも興味本意で根掘り葉掘り訊かれるのではないか。
もしこれが事件扱いされてしまった場合、警察に事細かに話すことになる。芽羽にはとてもではないが堪えられそうにはなかった。
それなら何もなかったことにして一生隠し通したい。己の人生という名の辞書の中からこのまま欠片ほども残さず全部抹消してしまいたい。
弥宵の本音としては、このまま泣き寝入りなんてせずに、芽羽の両親や警察に詳しく事情を話したほうが良いのではないかと思った。だけど泣きながら必死に懇願する芽羽の姿を見ていると、弥宵は芽羽のしたいようにするのが一番良いのではないのかと思い悩み、なかなか決断できずにいる。
それに万が一、世間に噂が広まってしまった場合、芽羽が不登校になってしまうかもしれない。そうなれば芽羽の学校生活や私生活に支障をきたしてしまうかもしれない。
そんな最悪な事態になってしまうことを何よりも心配する弥宵は、この判断が正しいもので、今後、芽羽が歩んでいく長い人生において悪い影響を及ばさないことを祈りながら、芽羽からの頼み事に渋々承諾する。
「わかった。誰にも言わないよ。これは僕と芽羽二人だけの秘密だ」
弥宵の落ち着いた口調は芽羽を安心させた。
「あいつにいっぱい触られて、気持ち悪い……」
今すぐお風呂に入って、この体に付着した犯罪者の男の匂いや感触、汚れを綺麗さっぱり洗い流したい。
うつむきながら涙声で話す芽羽の頭を弥宵が優しく撫でる。
さらなる安心感と救いを求めて、芽羽が弥宵の背中に腕をまわして抱きつくと、弥宵も芽羽を宥めるように優しく抱きしめ返す。
迷子になりそうなほどの樹木に覆われた場所は自然界が織り成す美しい情景を瞳や素肌、聴覚で実感すると共に、人目を盗み、連れ込まれ、悪事を働くために利用される場合も充分ありえるのだ。
「嫌だ! やめて! 先生! 何するの!」
先ほど写真を撮ってもらった学童指導員のことを芽羽は立派で素敵な先生だと信頼を寄せていた。
だから少しも想像しようがなかった。想像したくもなかった。
まさかそんな好青年を絵に描いたような理想的な学童指導員が実はこんな悪趣味を持っていて、何一つ悪ぶれた様子もなく、顔色一つ変えずに犯罪に手を染めようとしている。
いや、これはむしろ手慣れているかんじだ。
おそらくは、こんなふうに幼い少女を脅すのは初めてのことではないのだろう。
「ほら芽羽ちゃん、恥ずかしがらずにこっちを向いてごらん」
わすが十歳である少女の抵抗力など成人男性の前では無力も同然で、芽羽の歯向かう気力は無惨にも砕け散ってしまう。
今すぐ逃げ出したいのに、恐怖のあまり足がすくんでしまい一歩も動けない。
「芽羽ちゃん、すごく可愛いね。可愛いよ」
鼻息を荒くしながら芽羽の体をベタベタと触るその手つきが厭らしくて、芽羽には嫌悪感しか残らない。
芽羽の姿を写真に収めると、学童指導員はそれを眺めながら満足そうにふしだらな笑みを浮かべている。
「先生……? 芽羽……?」
声も出せず、鳥肌が立つほどのあまりの恐怖心により、芽羽は身動き一つできずにずっと顔を伏せていた。そこに聞き慣れた親しい友達の声が聞こえてきたことで本来の人間らしい動作を取り戻す。
「先生、芽羽に何しているの⁉ 芽羽、泣いてんじゃん!」
弥宵という邪魔が入ったことで学童指導員はうろたえている。
弥宵が芽羽を庇うように学童指導員と芽羽の間に割り込むと、敵意剥き出しになって学童指導員のことを弾丸を撃ち抜くよりも鋭い眼光で睨みつける。
「あ……いや……これは、その……」
学童指導員は弥宵が納得するような上手い言い逃れの言葉を探しているが、どれも歯切れの悪い途切れ途切れの言葉ばかりを紡いでいるだけでまともな会話が何一つ成立しない。
もちろん弥宵もこの現状をきちんと把握するまでは、見てみぬ振りをしてこの場所から離れるつもりなど毛頭ない。
この学童指導員をどこまでも追い詰めて、納得のいく状況説明を聞き出すつもりでいる。
「弥宵! 助けて!」
芽羽が叫んだ途端、あわてて走り去る学童指導員を追いかけようとした弥宵の腕を芽羽が掴んだことにより、弥宵は犯罪者を取り逃がしてしまった。
「芽羽、大丈夫……?」
弥宵がおそるおそる芽羽の顔を覗き込もうとしたら、芽羽がものすごい勢いで弥宵の体にしがみついてきた。
「弥宵! お願い! このことは誰にも言わないで!」
普段から気が強く活発的な芽羽をよく知る弥宵は、こんなにも弱々しく赤子のように泣きじゃくる芽羽の姿に戸惑うばかりだ。
「ゃょぃ……。ぉねがぃ……」
こんな死んでも経験したくなかった屈辱的なこと、同情されるよりも興味本意で根掘り葉掘り訊かれるのではないか。
もしこれが事件扱いされてしまった場合、警察に事細かに話すことになる。芽羽にはとてもではないが堪えられそうにはなかった。
それなら何もなかったことにして一生隠し通したい。己の人生という名の辞書の中からこのまま欠片ほども残さず全部抹消してしまいたい。
弥宵の本音としては、このまま泣き寝入りなんてせずに、芽羽の両親や警察に詳しく事情を話したほうが良いのではないかと思った。だけど泣きながら必死に懇願する芽羽の姿を見ていると、弥宵は芽羽のしたいようにするのが一番良いのではないのかと思い悩み、なかなか決断できずにいる。
それに万が一、世間に噂が広まってしまった場合、芽羽が不登校になってしまうかもしれない。そうなれば芽羽の学校生活や私生活に支障をきたしてしまうかもしれない。
そんな最悪な事態になってしまうことを何よりも心配する弥宵は、この判断が正しいもので、今後、芽羽が歩んでいく長い人生において悪い影響を及ばさないことを祈りながら、芽羽からの頼み事に渋々承諾する。
「わかった。誰にも言わないよ。これは僕と芽羽二人だけの秘密だ」
弥宵の落ち着いた口調は芽羽を安心させた。
「あいつにいっぱい触られて、気持ち悪い……」
今すぐお風呂に入って、この体に付着した犯罪者の男の匂いや感触、汚れを綺麗さっぱり洗い流したい。
うつむきながら涙声で話す芽羽の頭を弥宵が優しく撫でる。
さらなる安心感と救いを求めて、芽羽が弥宵の背中に腕をまわして抱きつくと、弥宵も芽羽を宥めるように優しく抱きしめ返す。