「もう琴寧ったら、ないものはないんだからしょうがないでしょう! そうやっていつまでもメソメソ泣かないの!」
 ぐずる琴寧に半ば呆れつつも、芽羽はけっして琴寧を置いてきぼりにはしない。琴寧を見捨てたりなどはしない。いつだって気の強い芽羽の怒り口調の裏側には優しさが潜んでいるのだ。
「だって、だって……私も芽羽ちゃんと同じ色が良かったんだもん。芽羽ちゃんとお揃いじゃないなんて嫌だよお……」
 地球儀の形と模様をした水晶玉キーホルダーはこのキャンプ場の土産売り場にしか売られていない限定品だ。
 そのキーホルダーを芽羽と琴寧は購入したのだが、残念なことに早々と品切れしてしまったのか同じ色のキーホルダーが二点以上なく、芽羽は橙色、琴寧は仕方なくピンク色を購入したのだ。
 芽羽と琴寧も、弥宵、帝、冬嗣の三人と同じ学童保育に通っており、毎年、このキャンプ合宿に参加している。
「ピンクだって良いじゃない。琴寧のイメージにピッタリで可愛いよ!」
 琴寧を励ます姉御肌の芽羽は琴寧にとって頼もしい存在だ。
「ねえ、もし良かったら俺のと交換しない? 俺もそのキーホルダーを買ったんだ。そしたら、芽羽(その子)とお揃いの橙色になれるよ」
 糢嘉が琴寧に橙色のキーホルダーを見せると、琴寧は歓喜と困惑が入り交じった表情を見せた直後、照れくさそうに笑みを浮かべた。そしてすぐに糢嘉に感謝の気持ちを示した。
 糢嘉も初露や耀葉と一緒にこの限定品のキーホルダーを買っていた。
 このとき、初露は黄色、耀葉は空色を購入したのだ。
 そして弥宵も帝や冬嗣と一緒に限定品のキーホルダーを購入しており、弥宵は緑色を、帝は藍色で冬嗣は紫色を購入した。
「あの、ありがとう。えっと、名前……」
 しどろもどろしながら琴寧が小声で糢嘉の名前をたずねたことに芽羽は驚いた。
 内気な琴寧は人と会話するのが非常に苦手で、自己主張はおろか幼馴染み以外の人物には自ら進んで話しかけようとはしないからだ。
「俺の名前? 糢嘉っていうんだ」
 弥宵や帝、冬嗣とは違い、糢嘉はこれといって整った目鼻立ちをしているというわけではないが、琴寧は朗らかに笑う優しさにあふれた糢嘉の人柄に魅了されてしまう。

 同年代というだけの共通点は、各々、簡単に自己紹介をしただけでも、ごく自然に気軽に名前で呼びあうようになり、少年少女たちは再び無邪気にはしゃぎあう。
 その合間も糢嘉は小休止するかのように少しずつコーヒーを飲む。
 そんな糢嘉の様子を見ていた帝が糢嘉の手から強引に水筒を奪い取るとそれを一口飲んだ。
「うわっ! なんだこれ! にっが!」
 水筒の中身がジュースだと思って飲んだ帝はしかめっ面をして水筒を糢嘉に押し返すと、コーヒーの味を消すためにフルーツガムを噛みはじめる。
「コーヒーが飲めるなんてすごいね。モカは大人だね」
 尊敬の眼差しを向けてくる弥宵に糢嘉は誤魔化すように軽くほほ笑むだけだった。
 これは『モカコーヒー』という名前の飲料水で、何気なく教えたその言葉は糢嘉の愛称となり、帝と冬嗣は茶目っ気を込めて糢嘉のことをそう呼ぶ。
 初対面にもかかわらず親しみを含んだニックネームに糢嘉もどことなく嬉しそうだ。
 みんなで楽しく遊んでいる最中、一人の学童指導員が「写真を撮ってあげるから、みんなそこに並んで」と言って朗らかな笑顔を向けながらカメラを構えている。
 この二十代半ばくらいの学童指導員である男性は、学童保育の中でも一番人気のある爽やかな先生で保護者たちからの人望も厚かった。
 そんな好印象しかない学童指導員から写真を撮ってもらえるとなれば、みんな大喜びだ。
 学童指導員から写真を撮ってもらった後、琴寧が転んで足をくじいてしまった。
 それに気がついた糢嘉がすかさず琴寧に歩み寄る。
「大丈夫? 俺がおんぶしてあげるよ」
 糢嘉がすぐさましゃがみこんで琴寧を背負おうとする。そんな糢嘉の優しさに触れた琴寧の胸はときめきでいっぱいになり、恥ずかしそうに静かに頷く。
「琴寧ってば顔が真っ赤あ。モカくんにおんぶされて喜んでいるんでしょう?」
 芽羽から茶化すように言われてしまい、琴寧はあわてて否定する。
「もう! 芽羽ちゃんてば冗談言うのやめてよ! 私はべつにそんなんじゃないんだから!」
 早鐘を打つように、こんなにも心臓が高鳴るのはなぜなのだろうか。
 人が人に惹かれる瞬間や理由なんてものは案外どれも単純明快だったりするのだ。