キャンプ場に到着すると、家族連れや大学生によるサークルの集まりなど大勢で賑わっていた。
 予約していたコテージに荷物を運び終えると、家族みんなでバーベキューの準備をはじめる。
 しかし、幼い子供というのは好奇心旺盛だ。
「お父さん、お母さん、川のほうに行っても良い?」
 バーベキューの準備に飽きてきた糢嘉が両親に頼み込む。
 我が子の安全を第一に考える両親は一瞬だけ不安そうに顔を見合わせるが、目の届く範囲ならば大丈夫だろうと糢嘉が川で遊ぶことを許可した。
 嬉しくなった糢嘉は満面の笑顔で川のほうへと駆けて行く。
 そんな糢嘉の後を「糢嘉ずるーい! わたしも一緒に行く!」と言って初露が追いかける。
 同じく耀葉も「お兄ちゃん! お姉ちゃん待ってよ! ぼくも行く!」と言って糢嘉と初露を真似して走り出す。
 無邪気にはしゃぐ我が子三人の後ろ姿を両親は優しく包み込むように見守った後、再びバーベキューの準備に勤しんだ。
 川で遊ぶ前に糢嘉は自分のリュックの中から水筒を取り出して、それを適量飲んだ。水筒の中身は母親が作ってくれた甘めのアイスコーヒーだ。
 糢嘉は初めてコーヒーを飲んだあの夜から、特に眠くなくても頻繁にコーヒーを飲むようになり、それは習慣の一つになっていた。
 今となってはコーヒーに含まれる苦味と酸味にも舌が慣れてきたのか美味しいとさえ思えてきていた。
 糢嘉が水筒の蓋を閉めようとしたら手をすべらせてしまい蓋を落としてしまった。
 蓋は糢嘉の足元で止まってくれず、不運にも川の中へと入ってしまい川下のほうへとどんどん流されていってしまう。
 それを追いかける糢嘉が初露と耀葉の傍から離れていくが、初露も耀葉も水遊びに夢中になっており糢嘉がいなくなったことに気がつかない。
 蓋は川の途中の岩と岩の間に挟まっており、蓋を取ろうと糢嘉が精一杯に手を伸ばしていたら、糢嘉の背後から別の手が伸びてきて水筒の蓋を取ってくれた。
 振り向いた糢嘉の目の前には糢嘉と同じように川で水遊びをしていたのであろう、髪の毛を濡らし、ズボンの裾をふくらはぎあたりまで折り曲げている糢嘉と同い年の美少年がほほ笑んで立っていた。
 この美少年こそが永倉弥宵であり、弥宵と糢嘉は高校生ではなくこの十歳のときにすでに出会っているのだが、悲しいことに糢嘉はこの弥宵との運命的な出会いをすべて忘れてしまっているのだ。

 弥宵は糢嘉に水筒の蓋を手渡すだけではなく、明るい口調で話しかけてきた。
「地元の子?」
 糢嘉は戸惑いがちに首を左右に振った。
 これは人見知りをしているわけではなく、弥宵があまりにも綺麗な目鼻立ちをしているものだから、驚いた糢嘉はもしかして芸能人なのかな? ここで映画やドラマの撮影でもしているのかな? と本気で思ったほどだ。
「あ、えっと……俺は県外に住んでいて、今日は家族と一緒に来ている」
「じゃあ僕と同じだね。僕は家族じゃなくて友達と一緒なんだけどね」
 弥宵が指を差す方向に視線を向けると、糢嘉と同年代らしき人たちが楽しそうに川で遊んでいる光景が広がっていた。
 それを羨ましそうに眺めている糢嘉の手を弥宵が強引に引っ張ると、糢嘉を親しい友達のところへと連れて行く。
 弥宵は特に仲良くしている同じ学童保育に通う帝と冬嗣を糢嘉に紹介した。
 帝と冬嗣は不快な顔一つせずに快く糢嘉を仲間に入れてくれた。
 弥宵と糢嘉はすぐに打ち解けて、お互いに色々なことを教えあった。
 学校のこと、家族や友達のこと、よく見るテレビアニメのこと、好きな漫画やゲームの話など、お喋りは盛り上がるばかりで話題が尽きることはなかった。
 だけど糢嘉は己が抱え持つ病気に悩まされていることだけはいっさい弥宵に話そうとはしなかった。糢嘉は自ら同情を誘うようなことをして変に気を遣われることを嫌っていた。
 糢嘉とは違い、弥宵は学校が終わると帰宅せずに学童保育に通っていた。
 弥宵は学童保育にいる友達と遊ぶのが楽しくて好きだった。
「みんな同じ学童保育の集まりで、夏休みにはこうしてキャンプ場に遊びに行くんだ」
 毎年、学童保育の恒例となっている一泊二日のキャンプ合宿は自由参加なため希望者のみしか集まらない。
 今回は特に参加人数が少なくてつまらないのだと弥宵は糢嘉に言った。
「でも今年は俺がいるし、俺と一緒に遊べばつまんなくないよ!」
 糢嘉は寂しそうにしている弥宵を元気づけた。
 まだ出会って間もない糢嘉の存在に弥宵の心は徐々に虜になってゆき、弥宵は糢嘉とこのままサヨナラしたくはないとひたすら願っていた。