糢嘉から冷たい態度をされたサラリーマンは怒り心頭の様子だが、状況が悪いのはどう見てもサラリーマンだ。
そんなサラリーマンを庇おうと思う物好きでお人好しの人間などいるはずがない。
しかも「痴漢をされた!」と叫ぶ女性には、かたく心で結ばれた友人が味方について庇っているのだ。
糢嘉がダメだと思ったサラリーマンはほかの人に助けを求めようとする。
「ねえ! 君! 君は見てたよね⁉ 俺は痴漢なんかやっていない!」
同じ助けを求めるなら学生よりも社会人のほうが説得力ありそうなものだが、切羽詰まったサラリーマンが思わず〝彼〟を選んだ理由は糢嘉含めてその車両内にいる誰もが納得した。
〝彼〟は満員電車の中、一際目立っていた。良い意味で一人浮いていた。
糢嘉と同じ制服を着用している高身長でスレンダーな男。学校の制服ではなくサラリーマンと同じスーツ姿だったなら、まるで無実証明を依頼されている弁護士と見間違えるほどのルックスだ。
そして彼は本当にサラリーマンの無実を証明しようとする。
「ええ、見てましたよ。わざと自分のお尻を触らせようとするなんて、いったいどういう神経をしているんでしょうか? 〝そういったご趣味〟をお持ちの方なんですか? 本当に痴漢の被害に遭っている女性たちに申し訳ないと思わないのですか? ねえ、お嬢さん?」
どう見ても自分より年上の女性に対して「お嬢さん」と小馬鹿にしたように話しかけるサラリーマンの救世主。
車両内の空気が一転する。
サラリーマンがどんなに無実を訴えても誰からも信用されなかったが、彼がサラリーマンの無実を訴えれば大多数の人が信用してしまう。
『見た目が良い』というのはどこまでも得をする。
予期せぬ事態に被害者の女性はあせりを隠せないでいる。
「なっ、何よ! 私が嘘をついているとでも言うの⁉」
「そうとは言ってません。証拠もないですし」
「証拠もないのに勝手なことを言わないで!」
証拠がないとわかると女性は再び強気になる。
でもこれは〝こちら側〟にも言えることだ。
「貴女は持っているんですか?」
「え?」
「貴女は、こちらの男性が貴女に痴漢したという証拠を持っているんですか?」
彼からの問いかけに女性は何も言い返してはこない。
黙り込ませるということで、女性のほうにも証拠がないことを明確にさせている。
「普通に考えてこういう場合、女性は世間体などを気にして自分が痴漢の被害に遭ったことを隠したがりませんか? こんな大声で騒ぐでしょうか? まあ、なかには貴女みたいに騒ぐ方もいるみたいですが」
どうやら、この眉目秀麗な男はサラリーマン贔屓らしい。女性の話を聞いてはいるものの哀れんではいない。
それが面白くない女性は彼に怒りの牙を向けると、さらに大きな声をぶつける。
「私は本当にこの男から痴漢されたのよ! 私が電車に乗ったときからずーっと触られていたの!」
「電車に乗ったときからですか?」
「そうよ!」
「ずっと、ですか?」
「だっ、だから、そう言ってるでしょう!」
なんとしても偽りを見破ろうとしている自信家に女性は声が裏返り、尻込みしつつある。
電車内が裁判所へと変化する。
そして本物の自信を手に入れた自信家が爽やかに笑う。ただし声はその爽やかな笑顔とは恐ろしいほどに不一致だった。
「証拠を出してくださってありがとうございます。貴女が嘘をついていたんですね。貴女が痴漢だと言っている方、僕の知るかぎり、ずっとシルバーシートに座っていたんですよ。そして先程ご老人に席を譲ってあげていました。この方がこの場所に立っていたのはほんの数分です。どうやったら貴女に〝ずーっと〟痴漢することが可能なんですか?」
言い逃れできない状況に追いこまれそうな女性の表情がみるみるうちに青ざめていく。
「それに僕、貴女と同じ駅からこの電車に乗ったのですが、貴女、痴漢騒ぎを起こすまで〝ずーっと〟そちらのお友達と楽しそうにお話をされていましたよね? 痴漢をされているのにずいぶんと余裕な心持ちですね。お金が手に入ったら遊ぼうとか意味深な発言もしていましたし。グループでの犯行ですか?」
ここまで追及すれば一斉に事態を把握する。
誰一人味方のいなかったサラリーマンにみんなが加勢したくなる。
これは女性自ら仕組んだ示談金狙いの犯行だ。
お金欲しさに、お金を持っていそうな気弱な男を痴漢にさせる。
痴漢をする男も最低だが、遭ってもいない痴漢に遭ったと嘘をつく女も最低だ。
「ちなみに痴漢は許されない犯罪行為ですが、されてもいない痴漢をでっちあげるのも立派な犯罪ですよ」
まさかの立場逆転。
こんなことをする女性は異性からも同性からも嫌悪されるだろう。
今はもう、女性とその友達に注がれる視線は同情ではなく軽蔑の視線が槍のように四方八方から突き刺さっていた。
心ではなくお金で結ばれている友情は明日にでも崩壊していそうだ。
心で結ばれた友達なら「こんなことをしてはいけない!」と、止めるはずだ。
冴えないサラリーマンを助けたスーパースターは、高校二年の春、同じクラスになったものの糢嘉とはろくに会話をしたことのなかったクラスメイト、永倉弥宵だった。
多少、距離はあるものの弥宵と糢嘉の目線が空気中で絡まり合う。
糢嘉と瞳を合わせた弥宵が声は出さずに静かに笑う。
おっとりとした弥宵の柔和なほほ笑みに魅了された糢嘉は全身を熱くさせてうつむいた。
情けなくてみっともない。そして今すぐ消えてしまいたい。
糢嘉は電車を降りるまで、急遽開かれた誰にも言えない秘密の反省会を一人で行っていた。
糢嘉は弥宵のようにかっこ良く助けるどころか、無実のサラリーマンを見捨てたのだから──。
そんなサラリーマンを庇おうと思う物好きでお人好しの人間などいるはずがない。
しかも「痴漢をされた!」と叫ぶ女性には、かたく心で結ばれた友人が味方について庇っているのだ。
糢嘉がダメだと思ったサラリーマンはほかの人に助けを求めようとする。
「ねえ! 君! 君は見てたよね⁉ 俺は痴漢なんかやっていない!」
同じ助けを求めるなら学生よりも社会人のほうが説得力ありそうなものだが、切羽詰まったサラリーマンが思わず〝彼〟を選んだ理由は糢嘉含めてその車両内にいる誰もが納得した。
〝彼〟は満員電車の中、一際目立っていた。良い意味で一人浮いていた。
糢嘉と同じ制服を着用している高身長でスレンダーな男。学校の制服ではなくサラリーマンと同じスーツ姿だったなら、まるで無実証明を依頼されている弁護士と見間違えるほどのルックスだ。
そして彼は本当にサラリーマンの無実を証明しようとする。
「ええ、見てましたよ。わざと自分のお尻を触らせようとするなんて、いったいどういう神経をしているんでしょうか? 〝そういったご趣味〟をお持ちの方なんですか? 本当に痴漢の被害に遭っている女性たちに申し訳ないと思わないのですか? ねえ、お嬢さん?」
どう見ても自分より年上の女性に対して「お嬢さん」と小馬鹿にしたように話しかけるサラリーマンの救世主。
車両内の空気が一転する。
サラリーマンがどんなに無実を訴えても誰からも信用されなかったが、彼がサラリーマンの無実を訴えれば大多数の人が信用してしまう。
『見た目が良い』というのはどこまでも得をする。
予期せぬ事態に被害者の女性はあせりを隠せないでいる。
「なっ、何よ! 私が嘘をついているとでも言うの⁉」
「そうとは言ってません。証拠もないですし」
「証拠もないのに勝手なことを言わないで!」
証拠がないとわかると女性は再び強気になる。
でもこれは〝こちら側〟にも言えることだ。
「貴女は持っているんですか?」
「え?」
「貴女は、こちらの男性が貴女に痴漢したという証拠を持っているんですか?」
彼からの問いかけに女性は何も言い返してはこない。
黙り込ませるということで、女性のほうにも証拠がないことを明確にさせている。
「普通に考えてこういう場合、女性は世間体などを気にして自分が痴漢の被害に遭ったことを隠したがりませんか? こんな大声で騒ぐでしょうか? まあ、なかには貴女みたいに騒ぐ方もいるみたいですが」
どうやら、この眉目秀麗な男はサラリーマン贔屓らしい。女性の話を聞いてはいるものの哀れんではいない。
それが面白くない女性は彼に怒りの牙を向けると、さらに大きな声をぶつける。
「私は本当にこの男から痴漢されたのよ! 私が電車に乗ったときからずーっと触られていたの!」
「電車に乗ったときからですか?」
「そうよ!」
「ずっと、ですか?」
「だっ、だから、そう言ってるでしょう!」
なんとしても偽りを見破ろうとしている自信家に女性は声が裏返り、尻込みしつつある。
電車内が裁判所へと変化する。
そして本物の自信を手に入れた自信家が爽やかに笑う。ただし声はその爽やかな笑顔とは恐ろしいほどに不一致だった。
「証拠を出してくださってありがとうございます。貴女が嘘をついていたんですね。貴女が痴漢だと言っている方、僕の知るかぎり、ずっとシルバーシートに座っていたんですよ。そして先程ご老人に席を譲ってあげていました。この方がこの場所に立っていたのはほんの数分です。どうやったら貴女に〝ずーっと〟痴漢することが可能なんですか?」
言い逃れできない状況に追いこまれそうな女性の表情がみるみるうちに青ざめていく。
「それに僕、貴女と同じ駅からこの電車に乗ったのですが、貴女、痴漢騒ぎを起こすまで〝ずーっと〟そちらのお友達と楽しそうにお話をされていましたよね? 痴漢をされているのにずいぶんと余裕な心持ちですね。お金が手に入ったら遊ぼうとか意味深な発言もしていましたし。グループでの犯行ですか?」
ここまで追及すれば一斉に事態を把握する。
誰一人味方のいなかったサラリーマンにみんなが加勢したくなる。
これは女性自ら仕組んだ示談金狙いの犯行だ。
お金欲しさに、お金を持っていそうな気弱な男を痴漢にさせる。
痴漢をする男も最低だが、遭ってもいない痴漢に遭ったと嘘をつく女も最低だ。
「ちなみに痴漢は許されない犯罪行為ですが、されてもいない痴漢をでっちあげるのも立派な犯罪ですよ」
まさかの立場逆転。
こんなことをする女性は異性からも同性からも嫌悪されるだろう。
今はもう、女性とその友達に注がれる視線は同情ではなく軽蔑の視線が槍のように四方八方から突き刺さっていた。
心ではなくお金で結ばれている友情は明日にでも崩壊していそうだ。
心で結ばれた友達なら「こんなことをしてはいけない!」と、止めるはずだ。
冴えないサラリーマンを助けたスーパースターは、高校二年の春、同じクラスになったものの糢嘉とはろくに会話をしたことのなかったクラスメイト、永倉弥宵だった。
多少、距離はあるものの弥宵と糢嘉の目線が空気中で絡まり合う。
糢嘉と瞳を合わせた弥宵が声は出さずに静かに笑う。
おっとりとした弥宵の柔和なほほ笑みに魅了された糢嘉は全身を熱くさせてうつむいた。
情けなくてみっともない。そして今すぐ消えてしまいたい。
糢嘉は電車を降りるまで、急遽開かれた誰にも言えない秘密の反省会を一人で行っていた。
糢嘉は弥宵のようにかっこ良く助けるどころか、無実のサラリーマンを見捨てたのだから──。