これは、かくれんぼではない。
人間が一人行方不明になっているのだ。お遊びではなく深刻な人探しだ。
それなのに結歌璃ときたら、停車中の宅急便トラックの下を覗き込んだり、ポストの中に手を入れようとしたり、そんな時間の無駄になるようなことばかりしている。花苗は野良猫ではないというのに。
結歌璃のことを完全に無視して糢嘉と二人だけで花苗を探していた弥宵ではあったが、結歌璃の呆れ果てた行動にとうとう限界がきたようだ。
「滝寺さん。真面目に探しなよ」
怒鳴りこそはしないものの、弥宵のイラ立ちと怒りは糢嘉の体に電流を走らせた。
厳しい口調で結歌璃を叱る弥宵の姿に惚れ惚れとしている糢嘉は自分自身の頭を数回ほど叩く。
今は色恋に夢中になっている場合ではないのだと、そんな不謹慎な感情を振り払うために行った糢嘉なりの自己の戒めのつもりなのだが……。
「モカ! どうしたの⁉ 大丈夫⁉ 頭が痛むの⁉」
弥宵は糢嘉の命にかかわる大病なのではないかとばかりに大騒ぎする。
このまま救急搬送されて入院の手続きまでされそうだ。
つい先ほど結歌璃が前方不注意で頭を電柱におもいっきりぶつけてしまい、
「いったあーい! 頭ぶつけたあぁー!」
と、額に両手を当てて自己主張したときには、
「電柱にヒビ入ったりしてないよね? 器物損壊で警察に捕まるよ」
と言って、弥宵は結歌璃の頭蓋骨よりも電柱の損傷を心配するといった冷酷な一面を垣間見せた。
弥宵は糢嘉の言動や仕草だけに過剰反応する。
弥宵の度を越えた過保護ぶりに、
「案ずるな。この頭痛はただの恋患いだ」
なんていう、クサくてサムい台詞を言いたくなってしまうほど糢嘉は弥宵に惹かれてやまない。
そんな台詞を言ったら最後、
「僕は四六時中、モカという恋の病に悩まされて胸が苦しいよ」
こういったさらに恥ずかしい台詞が返ってきそうだ。
そして花苗の捜索どころではなくなり、糢嘉は弥宵に人気のない場所まで連れて行かれて喰われてしまうこと間違いなしだろう。
だいぶ歩きまわったが、まだ花苗は見つからない。
たとえ見つかったとしても、花苗が安全な身であるとはかぎらない。
結歌璃のおふざけな探し方はひとまず大目に見るとして、弥宵は花苗が何事もなく無事でいてくれたら良いなと思っていた。
『弥宵! お願い! このことは誰にも言わないで!』
泣きじゃくる十歳の少女の悲痛な訴えが、今でも弥宵の心を呪縛していて身動きさせなくしているのだ。
泣き寝入りをして犯罪を野放し状態のままにしておくのは憤りしかない。
だがしかし、一番悔しく悲しいのは被害者だ。
その悔しさと悲しみの重さから弥宵は泣く泣く承諾するしかなかった。
せめて花苗の安否確認だけでもできたら良いと思うのだが、スマホが繋がらないのだからどうしようもない。
最悪、警察に頼るべきなのかと思いはじめた、ちょうどそのとき──。
「あっ! 花苗から電話だ!」
結歌璃の嬉しそうな声に弥宵と糢嘉も花苗の無事を見届けてからあの喫茶店に再び向かおうとするのだが、まさかこの電話が裏工作されたものだったとは想像もしていなかった。
それを知ったとき、人はどんな行動にでて、どんな選択をするのだろうか。
逃げるのだろうか? 助けるのだろうか?
いっさい関わりたくはないと、他人の振りをして無関係を装い傍観者になるのだろうか?
窮地に追い込まれたときほど、その人の本性が現れるものなのだ。
「花苗! 花苗! 突然いなくなっちゃったからずっと探していたんだよ!」
相変わらず結歌璃の口調は能天気で弥宵は疑っているが、花苗だけは結歌璃の気持ちを読み取ることができる。結歌璃が本気で自分のことを心配してくれているのだということが痛いほど伝わってくる。
「あ……結歌璃、ごめんね……」
花苗の深く沈んだ声。それを打ち消すほどの心強い結歌璃の声がスマホ越しから聞こえてくる。
「花苗、ライン読んだよ! ワタシに助けてほしいの⁉ ワタシ、花苗のためならどこまでも助けに行くよ!」
今にも涙があふれでそうだ。
本意ではないにしろ、親友の優しさを利用しようとしている己への腹立たしさと、恐怖心に負けてしまい結歌璃に逃げてと言えない己の軟弱さに。
「結歌璃、今、どこにいるの?」
今まで結歌璃に心配させるだけさせておいて、逆に居場所を訊くのは違和感しかない。
疑問符ばかりが残る花苗からの電話を結歌璃は少しも疑わずに素直に受け答える。
「今? 今ね、えーっと、ここは学校に行くときにいつも降りる駅の一つ手前の駅近くだよ。ここから交差点にある大きな歩道橋が見えるよ」
「あ……私がいる場所と近い……かな。そこからパチンコ、ゲームセンターが見える?」
結歌璃が周囲を見回す。
パチンコとゲームセンターが視界に入ると再度声を高くあげる。
「うん! うん! 見えるよ! 花苗は今そこにいるの⁉」
「うん」と弱々しく返答した花苗を元気づけるために、
「今ね、弥宵とモカくんも一緒なの! 三人で一緒に行くね!」
クラスメイト二人の男の名前を伝えたのは、吉とでるのか、それとも凶とでるのか──。
人間が一人行方不明になっているのだ。お遊びではなく深刻な人探しだ。
それなのに結歌璃ときたら、停車中の宅急便トラックの下を覗き込んだり、ポストの中に手を入れようとしたり、そんな時間の無駄になるようなことばかりしている。花苗は野良猫ではないというのに。
結歌璃のことを完全に無視して糢嘉と二人だけで花苗を探していた弥宵ではあったが、結歌璃の呆れ果てた行動にとうとう限界がきたようだ。
「滝寺さん。真面目に探しなよ」
怒鳴りこそはしないものの、弥宵のイラ立ちと怒りは糢嘉の体に電流を走らせた。
厳しい口調で結歌璃を叱る弥宵の姿に惚れ惚れとしている糢嘉は自分自身の頭を数回ほど叩く。
今は色恋に夢中になっている場合ではないのだと、そんな不謹慎な感情を振り払うために行った糢嘉なりの自己の戒めのつもりなのだが……。
「モカ! どうしたの⁉ 大丈夫⁉ 頭が痛むの⁉」
弥宵は糢嘉の命にかかわる大病なのではないかとばかりに大騒ぎする。
このまま救急搬送されて入院の手続きまでされそうだ。
つい先ほど結歌璃が前方不注意で頭を電柱におもいっきりぶつけてしまい、
「いったあーい! 頭ぶつけたあぁー!」
と、額に両手を当てて自己主張したときには、
「電柱にヒビ入ったりしてないよね? 器物損壊で警察に捕まるよ」
と言って、弥宵は結歌璃の頭蓋骨よりも電柱の損傷を心配するといった冷酷な一面を垣間見せた。
弥宵は糢嘉の言動や仕草だけに過剰反応する。
弥宵の度を越えた過保護ぶりに、
「案ずるな。この頭痛はただの恋患いだ」
なんていう、クサくてサムい台詞を言いたくなってしまうほど糢嘉は弥宵に惹かれてやまない。
そんな台詞を言ったら最後、
「僕は四六時中、モカという恋の病に悩まされて胸が苦しいよ」
こういったさらに恥ずかしい台詞が返ってきそうだ。
そして花苗の捜索どころではなくなり、糢嘉は弥宵に人気のない場所まで連れて行かれて喰われてしまうこと間違いなしだろう。
だいぶ歩きまわったが、まだ花苗は見つからない。
たとえ見つかったとしても、花苗が安全な身であるとはかぎらない。
結歌璃のおふざけな探し方はひとまず大目に見るとして、弥宵は花苗が何事もなく無事でいてくれたら良いなと思っていた。
『弥宵! お願い! このことは誰にも言わないで!』
泣きじゃくる十歳の少女の悲痛な訴えが、今でも弥宵の心を呪縛していて身動きさせなくしているのだ。
泣き寝入りをして犯罪を野放し状態のままにしておくのは憤りしかない。
だがしかし、一番悔しく悲しいのは被害者だ。
その悔しさと悲しみの重さから弥宵は泣く泣く承諾するしかなかった。
せめて花苗の安否確認だけでもできたら良いと思うのだが、スマホが繋がらないのだからどうしようもない。
最悪、警察に頼るべきなのかと思いはじめた、ちょうどそのとき──。
「あっ! 花苗から電話だ!」
結歌璃の嬉しそうな声に弥宵と糢嘉も花苗の無事を見届けてからあの喫茶店に再び向かおうとするのだが、まさかこの電話が裏工作されたものだったとは想像もしていなかった。
それを知ったとき、人はどんな行動にでて、どんな選択をするのだろうか。
逃げるのだろうか? 助けるのだろうか?
いっさい関わりたくはないと、他人の振りをして無関係を装い傍観者になるのだろうか?
窮地に追い込まれたときほど、その人の本性が現れるものなのだ。
「花苗! 花苗! 突然いなくなっちゃったからずっと探していたんだよ!」
相変わらず結歌璃の口調は能天気で弥宵は疑っているが、花苗だけは結歌璃の気持ちを読み取ることができる。結歌璃が本気で自分のことを心配してくれているのだということが痛いほど伝わってくる。
「あ……結歌璃、ごめんね……」
花苗の深く沈んだ声。それを打ち消すほどの心強い結歌璃の声がスマホ越しから聞こえてくる。
「花苗、ライン読んだよ! ワタシに助けてほしいの⁉ ワタシ、花苗のためならどこまでも助けに行くよ!」
今にも涙があふれでそうだ。
本意ではないにしろ、親友の優しさを利用しようとしている己への腹立たしさと、恐怖心に負けてしまい結歌璃に逃げてと言えない己の軟弱さに。
「結歌璃、今、どこにいるの?」
今まで結歌璃に心配させるだけさせておいて、逆に居場所を訊くのは違和感しかない。
疑問符ばかりが残る花苗からの電話を結歌璃は少しも疑わずに素直に受け答える。
「今? 今ね、えーっと、ここは学校に行くときにいつも降りる駅の一つ手前の駅近くだよ。ここから交差点にある大きな歩道橋が見えるよ」
「あ……私がいる場所と近い……かな。そこからパチンコ、ゲームセンターが見える?」
結歌璃が周囲を見回す。
パチンコとゲームセンターが視界に入ると再度声を高くあげる。
「うん! うん! 見えるよ! 花苗は今そこにいるの⁉」
「うん」と弱々しく返答した花苗を元気づけるために、
「今ね、弥宵とモカくんも一緒なの! 三人で一緒に行くね!」
クラスメイト二人の男の名前を伝えたのは、吉とでるのか、それとも凶とでるのか──。