めぐみと連絡先を交換した彩里は、地元に帰ってからオンライン通話ソフトをダウンロードし、ヘッドセットを購入して、ことあるごとに文字チャットや通話を楽しんだ。
当初は知り合うきっかけになったライトノベルのファントークが主だったが、ちょっとした相談事や身近に起こった出来事、最近読んだ本や観た映画など、雑多な話題を互いに持ち込むようになった。
めぐみとの会話のテンポは他の誰とも再現できず、どんな話題でも退屈したり不快になったりするようなことがなく、ひたすら楽しかったので、次第に、めぐみと話したいという気持ちが、萌え語りの欲よりも先行するようになった。
「めぐみさん、この間勧めていただいたまんが、読みました。すごく面白かったです」
「そっか、よかった! 彩里ちゃんは、もしかしたら苦手かも、と思ったんだけど」
「……半分、当たり、です。確かに、好きそうって言われたキャラ、すごくツボったんですけど、好きなんですけど、……ええっと」
「殴りたい?」
「ああいう意味深な言動をされると、つい空白を埋めようと伏線を探してしまうサガで」
「よし、見つかったらそれをまんがに描こう!」
「あ、そういう作戦ですか……?」
「描きたくなったらでいいんだけどね。それにしても、その、サガ、なんなんだろうね。好きになったキャラの行動原理は、納得できるまで突き詰めてしまいがちというか……。自分で自分のこと、ヤバいなって思ったのは、無理めの理論を持ち出してでも、好きなキャラの、本当にだめなところを庇ってしまうとこ」
「わかります……! ダメンズだと自分でもわかっているのに、ひとに言われるのは嫌なんですよね……。つまり、それはいわゆる、恋なんじゃないですか?」
「恋! 二次元以外でしたことない!」
「それは、わたしもですけど」
「現実にいたら、避けちゃうタイプだと思う。でも……好き」
人格に根ざすレベルの好き嫌いと性的嗜好、そして幼児性。
常識的な大人なら、他人に見せないように努力しているものを、まず開示していかなければ仲良くもなれない。
二次創作仲間というのは、人間関係の中でも、かなり特殊な部類に位置するのではないかと思う。
仮面を外し、一番濃密で目をそらしたくなるような自分を見せていかなければ、同じくらいの覚悟でぶつかってくる相手をがっかりさせてしまう。
そういう緊張感の中で行われるおしゃべりが、うまくいった時の多幸感と興奮は、こう言ってはなんだが肉体同士の接触に匹敵するほどの快楽かもしれない。
知性と感性、倫理観と審美眼。
歪みがあって正しくもない人生観のすべてを晒して、敬意持つひとの瞳に映り込む。
言葉をどれだけ積み重ねたところで、伝えたいのはひとつだけ、わたしはあなたにとって話をする価値のある人間です、そうでありたい(だから止めないで、このまま続けて)。
そんな捨て身の接近が、もしも両想いだと思えてしまったなら、それはしびれるどころではないカタルシス。
もちろん一般的には、インターネットで知り合ったひとと厚い友情で結ばれたからといってなにがどうなるものでもない。
むしろ素性がわからない相手など危ないのではないか、という見方が大半だろうけれど、彩里にとっては、家族や学校での人間関係にうまく溶け込めなかったこと、そのさびしさから逃げるように読書やお絵描きにのめり込んだこと、すべてが意味のあることだったのだと、大人になってようやく肯定的に考えられるようになったのだ。
(めぐみさん……。いつも優しくて、話も楽しいし、いろんなことを知ってるし、ふつうに尊敬できて、好きだな。こんな姉がいたら、ううん、クラスメイトにめぐみさんみたいなひとがいたら、どんなに良かったか……)
キャラクターに抱く愛情とは違う。
燦然と輝く星に、身を灼くような憧れを抱くのではなく、同じ地平で、同じ気持ちで、同じ星を見上げるひとがいる。
その存在こそが、唯一彩里の孤独を慰めうるものだ。
(どれだけしゃべったって、もう充分、とは思えない。……ずっと一緒にいられたらいいのに。時間なんて気にせず、ファミリーレストランで朝まで過ごした日みたいに、顔を見て、ずーっと話していられたら)
大学在学中、彩里はめぐみにまんがの描き方を教わり、新しくふたりでハマったジャンルの同人誌を描いて、即売会に参加するため、三度ほど上京した。
また、彩里の地元の地方都市に観光しに来ためぐみを、案内したこともあった。
どの時も、最初に会った時に劣らない充実した時間を過ごしたが、しかしそれは一瞬の夢。楽しい時間は、いつもあっという間に終わってしまう。