とあるライトノベルのファンサイトで、彩里はめぐみと出会った。大勢の常連の中で、最初は目立たなかったが、彩里が投稿したイラストにつけてくれる読み込みの深いコメントや、めぐみのファンアートの根底に流れる優しい世界観、誰に対しても礼儀正しくフェアな言動に、じわじわと好意を覚えていった。
当時、彩里が十七歳、めぐみが二十二歳。交流はつかず離れず、長く続いた。
初めて直接顔を合わせたのは、ファンサイトの管理人が企画してくれたオフ会だった。地元の大学に進学した彩里も、同人誌即売会(コミケ)への一般参加を兼ねて上京したのだ。
汐留のアイリッシュパブで盛り上がり、二次会のカラオケを楽しんだ後、都会の交通に不慣れな彩里を、都内在住のめぐみが駅まで送っていくよと申し出てくれた。
自力で駅に辿りつけるか不安だった彩里は、ありがたくその言葉に甘えることにした。
社会人のめぐみは、化粧も着ている服も酒の席での振る舞いも雑踏の歩き方も洗練されていて、頼れる存在に見えた。
憧れを向ける対象だったのだが、カラオケ店から駅までの徒歩十分ほどの間に、皆がいる間はできなかったカップリング妄想の話で予想以上に意気投合し、途中で止められないほど盛りあがってしまった。
「もう少し先まで送ろうか」
「じゃあ次の乗り換えまで」
を繰り返し、彩里が予約したビジネスホテルに到着した後も、エントランスの前で立ち話を続けた。
一時間ほど経った頃、めぐみが遠慮がちに腕時計に視線を落として、
「そろそろ帰る?」
と尋ねた。
経験したことのないほどの名残惜しさに耐えるために、彩里は俯いた。
なんとか気持ちを整え、頷こうとした瞬間、
「私は帰りたくないけど」
と呟く声が耳に入り、彩里は思わず力強く頷いてしまった。
それで、結局、ホテルに荷物だけ置いて、近くのファミリーレストランで、朝まで語り合ってしまったのである。
彩里はホテルのベッドの感触を知らないままチェックアウトする羽目になったし、後になって教えてもらったことだが、めぐみは翌日、出勤日だったという。
あの時はばかなことしたねぇ、と、今は笑い話になっているが、当時はふたりして、朝が来なければいいのに、と手を握り合って別れを惜しんだ。
そもそも大きな声では言えない趣味――最近ではそういう風潮も減ってきたのかもしれないが、二次創作という行為へ、後ろめたさがないと言えば嘘になる。
作者がきちんと味付けした料理を出してきているのに、自分好みの調味料をかけないことには落ち着かない、という性分は、歪んでいるし、作者を目の前にして堂々とできる気はしない。
公式に送り付けるなんて論外だ。
だけどやっぱり、食べたいものを食べないことには明日生きる活力すら湧かないのも事実。お目こぼししてもらい、日陰で生きていくしかないのだって、ずっとそう思ってきたから、その罪悪感ごと理解してくれる相手に初めて出会えて、安心したのかもしれなかった。
「わかるよ、だって、私もそうだから。どうしようもないんだよね」
そうめぐみに言われた瞬間、胸の底に沈めていた、過敏で臆病な彩里の心が、温泉に浸かったように弛緩していくのがわかった。