小さな頃から、彩里はまんがが好きなこどもだった。まんがが好きな子は周囲にもたくさんいたが、彩里ほど同じまんがを何度でも、寝食削って、息を詰めて熱心に読み込む子はそういなかった。
 同級生の中で流行った遊びにも、妹が欲しがるおもちゃのメイクセットやかわいい洋服にも、彩里はあまり興味を持てなかった。
 同類は、同類同士で仲良くなるもの。学校での「二人組を作ってください」にも、彩里はあぶれがちだったし、家の中でも、母親と妹の会話についていけなかった。
 妹だけが遊園地に連れて行ってもらったり、色々なものを買ってもらったりして、姉妹の扱いには、明らかな差があったと思う。両親が親戚に「お姉ちゃんは何を考えているのかわからない。妹ちゃんはかわいいのだけど……」と話しているところも、見たことがある。
 愛されにくい自分を自覚していたから、そのうち少女漫画には共感できなくなって、少年まんがやライトノベルを偏愛するようになった。
 彩里は青春時代をかけて本気で本に溺れ、感情を揺さぶられ、キャラクターの人生を一緒に生きた。
 会ったことのないキャラクターの声を聞き、食べたことのない料理の味を知り、行ったことのないはずの場所へ冒険に出かけた。暗鬱な結末に心を引き裂かれたかと思えば、別の本にその傷を縫い合わされることもあった。「クラスメイト」や「教師」や「親戚」といった、同質の集まりでなく、彩里の知らない生活様式や価値観を持って暮らしているひとたちがいると読書を通して知れたから、虚勢で過ごした思春期ではあったけれど、将来に対して絶望はなかった。

 中学三年生の時、彩里はもうひとつ、大切な世界に出会った。インターネットだ。
 自営業をしていた父親の中古のパソコンを譲り受けてから、彩里はハンドルネームというアヴァターを使って、自分自身を異世界に送り込むことができるようになった。
 当時ハマっていた作品のファンサイトに通い、常連と感想や楽屋裏妄想を語り合ううちに、いつの間にかBL(ボーイズラブ)に対しても萌えのとびらを開いていた。
 もともと彩里が好むキャラクターは、少年や青年が多かった。彼らは自由だった。どれだけ失敗し、どれだけ汚れても、男の子は立ち直ることができる。他人の評価など関係ないと、蹴り飛ばす強さを持っている。
 しかし、彩里が思い入れを持つ彼らは、みんな孤独で、不遇だった。そんな子が他キャラクターの幸福の陰で、踏みにじられて終わりというところを見てしまうと、原作を脳内で書き換えてでも、救ってあげたいと思ってしまうのだった。
 絵を描くことは得意だったので、見よう見まねでファンアートを描き始めた。自分の望みを目に見えるかたちに落とすことを覚えた彩里は、次第にその楽しみに耽っていった。