その一生懸命さと、光景の異様さに、素通りはできなくて。けれど、自分が何に足止めされているのか、本当にはわからない。
 同級生に見られたら「変な子」の仲間入りだ。
 そうなったとしても、それなりにうまく躱して、見くびらせない方法は生来なんとなく知っていたので、興味の方を優先した。
 ――そんな狭苦しいところにとどまらなくても。すぐそばに広い海があるじゃない。気付いた魚から、移れば、いいのに……。
 通じないのは承知で、念を飛ばしていたら、背後から立田に声をかけられた。
 水面下の世界に気を取られていた瞬間だったから、うまく逃げられなかったのも、ある。
 気付けば、科学部に入部する方向で話が進んでいた。
「実験やって、がっつり特選か内閣総理大臣賞取ってけ、秀才」
「はは。それ取ったら、なんか、いいことあります?」
「いや。賞金は出ないけど。……うーん?」
「…………」
「あ、地位と名誉が手に入るかも」
 ――そう、こういういい加減さはある人だった。
 立田の声音と表情が嘘々しくて、寛子は懐かしい気持ちになってしまう。
 地位と、名誉――
 多少は大学受験で賞の加点があったかもわからないけれど、センター試験で基準点をクリアできたから、なくても問題はなかった。
 朝礼で賞状を受け取った日は、なんとなく同級生から腫れ物に触る的な対応を受け、自ら笑いに変えて、それだけだ。
 今となっては、もはや懐かしいおじさんの名前入り賞状が残るだけ。それも、実家の物置のどこかに、埃をかぶって。
「尾瀬が入部して、良かった。せっかく頭がいいんだ。キミたちが、日本を良くしてくれな」
「……はぁ、それは……。できますかねぇ……」
「好奇心は人類の宝だ。行ける、進化の先まで、どこまでも」
「……どこまでも……」
 どこだろう。
 水際町ではない、都会へ? それとも外国?
 確かに、寛子は大学で関西へ、転職で関東へ、移動はした。
 けれど、好奇心の赴くまま、才能で人生の舵を取ってこられた、というような、見栄えの良いものではまったくない。
 その時々の必要に駆られてであって、流れに翻弄されっぱなし、先の見通しなどまるでなかった。
 地道に科学雑誌を読みこんだ、その知識など今となっては、共有する相手も容易に見つからず、使いどころなく、不良債権と化している。好奇心のコンパスは空回りを続けて、右往左往するばかりだ。
 ――それでも?
「結果的に研究者になろうが、なるまいが、そんなこたぁどうでもいい」
「…………」
「夢を持つ、ってことが一番大事なことだ」
「夢、」
 そう、そのセリフは、立田に実際に言われたものだ。
 ひねくれた、扱いづらい秀才、だった寛子に、鼻で笑われることを恐れず、臆面なく言ってのけたのは、立田だけだった。
 ――では、先生は、なりたいものになりましたか?
 ――その一番目が、教師でしたか?
 ――それとも当時はそれしか選択肢がなかった、方の、生存戦略の夢ですか?
 寛子は、さすがに分別がついてからは問えない問いを封じ込めて、恩師をじっと見つめる。
 スタイリッシュで現実的な、今の子どもたちには、この人が語る雑な未来予想図は、もう通用しないだろう、と思いながら。
 凡庸な令和の大人の目で見つめれば、ショートに混ざる白髪、トレーナーにできた毛玉、笑顔を長く忘れた表情筋、そういう見てはいけないものが見えてしまって。
 成功者、目標――の絵面が、いつの間にか、なんだかすごく、変わってしまった。


 実験を始めたあの頃。
 あれは日本がミレニアムに沸く、少し前のこと。
 めだかは環境省のレッドリスト入りをしていた、と、後に何かで読んだ。寛子があんな実験をした影響も、ないとは言えないだろう。
 人間の都合で、居場所が狭まっていく生き物たち。
 そして人も。
 気候変動の影響で、令和になってから、水際町近隣もたびたび、水害の警戒地域に入る。
 こんな未来になるなんて、あの頃は、まるで思わなかった。
 あの頃は。