『そのピンクも可愛いけどさっきの紫も好きだったんだよねぇ。あっ! あとそこ曲がったところの白ともう一つの紫のも!』
「えっと、この四着で合ってる?」
『そう! んー、やっぱりピンクは子供っぽいかなぁ。左の紫も微妙! 帯は白が圧倒的に可愛いんだけど、バランスがいいのはこの紫なんだよねぇ……文都くんはどう思う? 可愛いヒロインにはどれが似合うと思う?』
 
 金曜、午後二時。
 僕は学校を早退して、言寧と一風変わった浴衣選びのため病院の最寄り駅にあるショッピングモールに来ている。
 
「可愛いヒロインって、面と向かって言われると変に緊張しちゃうから。まぁ言寧ならなんでも着こなせるだろうけど好みを言うなら白かな」
『画面越しなのに緊張しちゃうって、よっぽど可愛くてしかたないってことだねっ。それなら文都くんの好みに合わせちゃおっかなぁ、じゃあ次は下駄と髪飾り! 映して!』
 
 そう、この場にいるのは僕ひとり。ビデオ通話を繋いで、言寧はその画面の向こう側にいる。祭りの前日は、そんな僕たちらしいデートをして過ごしていた。本来なら授業中の時間帯で学生こそいないけれど、週末なだけあって、成人カップルが幸せそうに手を繋いで歩いている姿を多く見かける。そんな空間に制服の僕がひとり、それも女性ものの浴衣ブースで画面に向かって話しかけながらなんて、余計だとわかっていても周囲の目を気にしてしまう。
 
『話し始めて三十分は経ってるのに視線が落ち着かないねぇ、私が隣にいないと落ち着かなくなっちゃった?』
「……あんまりからかうなよ」
『ごめんごめん! でもこれは素直に、浴衣選び付き合ってくれてありがとね。私、このシュチュエーション結構憧れだったからさっ』
「そんなのいいよ。まさかビデオ通話で選ぶとは思ってなかったけど、二人が楽しめてることに変わりはないからね」
 
 言寧の外出許可が言い渡されたのは、昨日の夜のことだった。
 検査結果と体調の不安定さから主治医や看護師の頭をかなり悩ませる外出申請だったらしい。許可は降りたものの病院外での食事の禁止や、事前にスケジュールを細かく記載したものを提出するなど、課せられた制限は多い。
 
『明日のお祭りも、このビデオ通話みたいにいろいろ文都くんのこと困らせちゃうのかなあ』
「そんな気負いすることはないよ。一緒に行けるってだけで僕はもう嬉しい、それなら当日なんてそれ以上に楽しいばっかりになるって思わない?」
『文都くんがそう言ってくれるなら、楽しい嬉しい確定だねっ。気持ちに制限はないし、青春に限度もないっ!』
 
 言寧は不安を抱えながらも相変わらずの明るさで、一緒にいる時間を楽しいものにしようと努めてくれている。そしてそれは、僕も一緒だ。
 正直、僕にも不安はある。普段病室で過ごしている言寧が長時間外へ出ることによって容態が悪化してしまわないか、緊急時の対処法を伝えられてはいるけれど、途中で倒れてしまったときには動揺もするだろう。制限もなく祭りを満喫する人と自分を比べて言寧が傷ついてしまわないだろうか、そんなところまで僕の心配はまわってしまう。それでも、言寧が明日を心から楽しみに笑ってくれたから、僕も明日を心待ちにすることができている。
 明日はきっと素敵な日になる、そんな期待すら抱けてしまうほどに。
 購入した浴衣一式が入った紙袋を届けるため、僕はショッピングモールを出てすぐ病院へと繋がる坂を駆け上がった。
 
 *
 
 遠足前日の子どものように。眠れないときの表現としてそんな言葉が使われるけれど、昨晩の僕はまさしくそれだった。
 
 ——「私の浴衣姿想像して眠れなくなっちゃうかもねっ」
 
 なんて帰り際の言寧からの一言が原因だろう。言われてから僕の意識は言寧の浴衣姿の想像に奪われてしまっている。単純すぎて困ってしまう。
 病衣ですらわかるほどスタイルがよくて、初対面で見惚れてしまう顔を持つ言寧の浴衣姿。それだけではない、僕に向かって笑いかけてくれて、楽しげな声が聞けて……僕の妄想は、止まらないうちに夜が明けた。暑さは身体に障ってしまうため十八時頃に言寧を迎えに行く、というのが唯一の救いだった。健康な僕でも、徹夜明けでは暑さの中を本調子でいられそうにない。そんなことに安心しながら、大学病院へのバスに揺られていた。
 
「あっ! 文都くん! 今ちょうど着付けが終わったところなんだぁ」
 
 僕が病室の扉を開けると、言寧は他の患者とを仕切るカーテンから顔だけ出した状態で開口一番にそう言った。そして僕が返事をする間も与えず「みててね?」と小悪魔的な笑顔でカーテンを開け放つ。
 
「どう? 文都くんが一緒に選んでくれた浴衣、可愛く着れてる?」
 
 言寧の浴衣姿を目にした瞬間、音が聞こえてしまいそうなくらい心臓がドキッと跳ね上がった。僕が昨晩眠れずにしていた妄想なんて遥かに超えてしまうくらい可愛かった。朝顔の刺繍があしらわれた白い柔らかな生地に包まれている言寧の立ち姿は美しくて、綺麗にまとめられている髪は言寧の可愛らしさを引き立てている。
 
「可愛い……すごく可愛いし、綺麗だよ」
 
 あまりの衝撃からそれしか言葉が出てこなかったけれど、どうやら僕の気持ちは伝わったようで、言寧は頬と耳の辺りを赤らめて笑った。制服を見せてくれたときのようにくるりと一周回ったあと、慣れない下駄と浴衣で窮屈な足を小さく動かしながら僕のもとへ駆け寄ってくる。言寧は仕草ですら容赦無く、僕の心を刺激してくる。
 
「手」
「手?」
 
 視線を腰のあたりへ移すと、言寧の手のひらが僕の方へ向いていることに気づいた。再び目を合わせると、言寧はなにかを誘っているように首を傾げている。
 
「あんなにかっこいいこと言って私をヒロインにしてくれたなら、彼氏役、まっとうしてもらいたいなぁ」
「手、繋いでも、いいかな」
「ここまで誘ってるのに確認を取るのはナンセンスだよっ、ちょっと強引なくらいが私は好きだなぁ」
 
 その言葉に突き動かされるように、僕は言寧の手に触れた。
 言寧から手を握られることは何度かあったけれど、僕から、それも“異性として手を繋ぐ“という意図で触れたのは初めてだった。浴衣姿といい上目遣いといい、僕の鼓動は休む間もなく速くなっていく。このままだと僕の方が早く死んでしまいそうだ。
 
「会場で繋ぐならわかるけど、病室で、今繋ぐ必要はなかったんじゃないかな。変に緊張しちゃうし」
「わかってないなぁ、これは練習だよ? 何事も予行練習は大事だからねっ」
「練習、か」
「そうそう、だってまだこの繋ぎ方は正解じゃないもん」
 
 繋いだ手を緩めて、お互いの指を交わらせるように、柔らかく僕と言寧の手を結んでいった。
 
「恋人なら、恋人繋ぎの方がいいと思わない?」
 
 ニコッと可愛らしい笑顔を浮かべている。そんな言寧を前にした僕には「僕もそう思うよ」以外の選択肢なんてあるわけがなかった。
 
「人混みで逸れないようにも、手離しちゃダメだよ」
「もちろん! 私が離すわけないよ」
 
 *
 
 バスを降りた僕たちは、歩いて祭り会場を目指した。
 あたりはもう暗く、屋台の提灯や太鼓打を照らすためのライトが夜の街に浮かんでいた。幸い今夜は快晴に恵まれて、空には雲ひとつ見当たらない。打ち上げ花火が映えそうな、澄んだ夏の夜空だった。
 
「うわぁ本物のお祭りってこんなにキラキラしてるんだぁ! 美味しそうな匂いと楽しそうな音に包まれて頭が追いつかないくらい……!」
 
 隣で下駄の涼しげな音を立てながら、言寧は見渡せる限りの景色を見渡していた。
 メイン会場に近づくにつれ人混みは激しくなり、屋台の立ち並ぶ間隔も狭くなっていった。綿菓子の甘い匂いや、焼きそばのソースの匂いが鼻腔をくすぐり僕もあらためて夏祭りの騒がしさを実感していた。
 花火の打ち上げまで、残り一時間を切っている。
 言寧に与えられた外出時間は、期待していたより遥かに短い二時間だったのだ。過剰な体力の消耗を防ぐために日中の面会は許されず、警戒に警戒を重ねた日。
 それでも、僕と言寧は臆しなかった。
 
 ——気持ちに制限はないし、青春に限度もないっ!
 
 と、表紙に大きく書かれた冊子を言寧は取り出す。
 そう、僕と言寧がこの祭りを満喫するためのしおりを作ったのだ。
 
「紐くじ、スーパーボール掬い、祭囃子の音圧を感じる、射的、花火を神社で観る……制覇するしかないね! 早く行こ! 時間はあっという間に過ぎちゃうよーっ」
 
 スキップ混じりに軽快な足取りの言寧の手を離さないように、僕は人混みを掻き分けて祭りの夜を駆けた。言寧の笑った顔を見れば、屋台から漂ってくる煙すら爽やかな夜風のように感じられてしまう。
 最初に目に留まったスーパーボール掬い。言寧はやけに上手く、開始数秒で紙が破れた僕をおかしそうに笑いながら、手にしたプラスチックの桶に次々とボールを入れていく。その様子に惹きつけられた小さな子どもを手招いては「どれが欲しい? お姉ちゃんが取ってあげる!」と言って、数人のリクエストに応えては桶に入ったボールまで、すべてをプレゼントしてみせていた。
 
「言寧って案外すっごい器用なタイプだったりする?」
「こういうのはコツがいるんだよねぇ、って初めてなんだけどさ。私のもう一つ残ってるしリベンジしてみる?」
 
 言寧の巧みさから膝の上で役目を失っていたポイが、僕の手に渡った。水に濡らす範囲、引き上げるタイミング、見様見真似でやってみたけれど水面から数ミリ持ち上げたところでボールは大きな穴を開けてビーニールプールへ戻っていった。
 
「文都くんは予想通り不器用なタイプだったりする?」
「予想通りって僕の不器用要素これまでなにかあったっけ?」
「しおりの三つ折りできてなかったし、練習で手を繋いだときだって、不格好な繋ぎ方してたよ?」 
「それはいろんな不器用が混じってそうで困っちゃうね」
「まぁまぁ、私が器用でいる分、文都くんは不器用でいていいよ。相手が持ってないものを持ってるって、素敵なことだと思わない?」
 
 そう言いながら言寧は僕が破いたポイの残り部分を使って、空の桶に青緑色のボールを掬い入れた。言寧の桶には鮮やかな赤色のボールが一つだけ入っている。
 
「赤の反対色って青じゃなくて青緑なんだって。器用な私と不器用な文都くん、健康な文都くんと死んじゃう私。正反対だけど、合わせると心地いいの。お守りみたいにお互い持ってたいなぁって思ってね」
 
 らしくないいいこと言っちゃった! と茶化したあと、言寧は破れずに耐えたポイを片手に「次のとこ行こー!」と僕の手を掴んだ。
 道中で祭囃子の最前列を通り過ぎ、目的であった『祭囃子の音圧を感じる』をクリア。言寧は目を丸くしながら、僕におそらくその感動を伝えようとしているけれど、太鼓や笛の音と振動に掻き消されて聞こえなかった。ただ唇の動きでわかった「すごい!」に対して、僕は首を大袈裟に縦に振り返す。
 二件目の紐くじでは、目玉商品の一つである『お菓子大人買いセット』を見事に引き当てた。中にはスナック菓子から駄菓子まで十数種類のお菓子が豪快に詰め込まれている。店主のおじさんから祝福と共にそれを受け取り両手で抱えて歩いていると「お姉ちゃんいいなぁ! お菓子お金持ちだなぁ」と目を輝かせる子どもに出会し。
 
「それじゃあこれを君にプレゼントしよーっ! お姉ちゃんサンタからのプレゼントだよっ」
 
 と、今度は言寧がその子に視線を合わせながら笑顔と共にそれを受け渡した。
 言寧は満足そうに笑いながら「あんなお菓子って子どもからしたら夢だよねぇ、あの子が美味しく食べてくれたら幸せだなぁ」と呟いている。検査結果から食事制限がいっそう厳しくなった言寧は、言寧自身の優しさで幸せを掴んでいた。
 どれだけ短い時間でも、行動に制限があっても構わず、この場にいる誰よりと言ってもいいほど、言寧は一瞬一瞬を噛み締めている。言寧の人生が、そういうものだったのだろう。一緒に出かけた日のような楽しさや幸せはもちろん、余命を言い渡されたつらさや悲しさも言寧の心は素直に感情を受け入れ続けてきた。
 そんなまっすぐで眩しい生き方に、僕は無意識に惹かれていたんだ。
 生きている姿が、命を燃やしている姿そのものが言寧の魅力で、それは夢を諦めようとしていた僕を引き留めてしまうほど強い。
 そう気づいた瞬間、僕は言寧と手を繋いでいる今をとてつもなく幸せに感じた。
 
「文都くん静かだねぇ、人混みは苦手?」
「あ、ごめん。いや、ちょっと考え事しててさ」
「考え事? と言うと?」
「んー、それは言えないかも。ほら射的! 花火の前の目的制覇のラストだよ」
 
 誤魔化されたことにわざとらしく不服そうな表情をしたあと、射的の屋台に向かって言寧は再び僕の手を引いて駆け出した。店番をしているお兄さんに声を掛けて百円を払うと、射的用の銃と弾を渡してくれた。
 目の前にカウンターがあり、奥には景品が並べられたひな壇が設置されている。一段目には箱に入れられた駄菓子やレトロな指人形、二段目には小さなおもちゃ、三段目には高額なゲーム機や豪華なおもちゃなど、絵に描いたような射的の屋台だった。
 
「あの子を射止めたい! 文都くん撃ち方教えてくださいっ!」
 
 銃口にコルクを詰め、僕は慣れないながらに手本になれるよう構えてみせた。カウンターに着いた左手に体重をかけ、銃を持った右手をできる限り伸ばして引き金を引く——僕の弾は、一段目左端の箱キャラメルに見事命中した。
 
「あんまり難しく頭で考えるより、とにかく狙うのがコツなのかも」
「文都先生からの助言は響きますねぇ、考えるな感じろ! ってことですね!」

 敬礼のポーズとともに満面の笑みを見せたあと、言寧は身軽に身体をカウンターから乗り出し、ぎゅっと左目を瞑って狙いを定めた。ターゲットは三段目の中央で一際存在感を放っている可愛らしいアザラシのぬいぐるみ。
 
「文都くんちゃんと観ててね? 綺麗に撃ち抜いてみせるから」
 
 次の瞬間、ポンっと言う軽い音とともにコルクが飛び出した。銃に伝わった衝撃で言寧は反射的に目を硬く瞑った。僕は異様にスローモーションに見えるコルクの軌道を追いかけている。
 
「「あっ」」
 
 お兄さんの「お姉さんすごいっすねぇ!」という驚き混じりの声と、目玉景品獲得を知らせるベルが鳴り響く。言寧が撃った弾はまっすぐにアザラシの額を突き、前後に揺らしたあと見事落下させたのだ。
 
「やったー! 取れたよ文都くん! 教えてもらった通り狙ったら取れちゃったよ……!」
「まさか一発目で取るとは……! 今度は僕が言寧にコツを伝授してもらわないとだね」
「来年の夏祭りは私が射的先生だねっ、いや、この伝説級の射撃をしたってことは大先生でもいいかもしれない!」
 
 アザラシを両手で抱き抱えながら、言寧は「やったー!」と再び喜びを噛み締めるように飛び跳ねる。病気を理由に人よりはやく大人にならなければいけなかった言寧の無邪気な姿は、僕にとってたまらなく嬉しいものだった。それにいまの「来年の夏祭りは」という言葉からは切なさを感じなかった。心の底から来年の夏の夢を語っていて、死んでしまう可能性を含ませた影なんてものは見当たらない。
 人には、不安や心配、時には気遣いすら押し流してしまうほどの幸せを感じられる瞬間がある。すこし皮肉っぽいけれど、これは創也から学んだことだ。
 言寧がこの瞬間に抱いている幸せが、病気や余命への不安を一瞬でも掻き消してくれるほどのものなら、それが永遠になればいいのに。笑う言寧を見て僕は心の底からそう願った。
 
 *
 
 打ち上げ開始時刻五分前。
 人混みを抜けた僕たちは、灯籠が等間隔に吊るされている石段を辿って、神社の境内を訪れた。祭り会場から離れているせいか人はまばらで、屋台の煙や人の熱気から解放された空間に涼しげな夏の夜風が通り過ぎていく。
 
「なかなかいい場所だねぇ。私、花火は絶対ここで観たかったんだ」
「いい場所だけどホームページに書いてあった鑑賞スポットはあの屋台街じゃ——」
「それは表向きのお話だよっ、秘められた場所でこそ美しいものが観れるのさっ」
「秘められた場所、ね」
「看護師さんの知り合いにこの神社に勤めてる人がいてね、ここが一番綺麗に見えるよって教えてくれたんだぁ。それに鳥居の下に恋人と座って夜空を見上げるって素敵じゃない?」
 
 ふたりきりの空気感に浸りながら石段に腰掛け、お互いの表情を確かめ合ったあと、僕たちは満を持して空を見上げた。
 遠くの方から打ち上げまでのカウントダウンが聞こえてくる。
 三、ニ、一——、静まった空気を震わす轟音が、極彩色の閃光とともに闇夜を切り裂いた。祭り会場の方から歓声が上がっていて、昂った気持ちを誘うように祭囃子はより賑やかになった。
 
「綺麗……」
 
 隣に座る言寧が小声で呟く。
 鮮やかな紅色、生命力を感じさせる緑、瞬く星のような黄金色——目を輝かせながら幸福感に満ちた横顔が、ぼやけた花火の光に照らされ、僕を魅入らせた。
 僕は何度か花火大会でのデートシーンを小説内に組み込んだことがある。そのとき、大抵主人公はヒロインに視線を奪われては「今夜の主役は花火ではなく彼女だ」なんてことを言い、作者である僕は書きながら「そんなことを思うなんてロマンチストを超えてキザなだけだ」と斜に構えていたのだけれど、現実は僕の想像より遥かに素直だった。
 言寧を見た僕は、その姿をただ美しいと思った。
 花火なんて比にならないくらい綺麗で、一瞬の表情の移り変わりが愛らしくて、間違いなく、この一夜の主役は言寧だった。
 
「綺麗だね、本当に」
「外で花火を観れるなんて、生まれて初めてだなぁ。こんなに綺麗だったんだね」
「瞬きをするのも勿体無いくらいだね」
「瞬きするのも勿体無いのに、私ばっかり見てるのはどうして?」
「え、バレてた……?」
「バレバレだよ? ほら、今はこの瞬間しか観れない花火を見ないと! これから何年生きようと、十七歳の夏に観れる花火はこれが最後なんだから」

 再び花火へ向いた言寧の視線につられるように、僕ももう一度空を観た。
 十七歳の夏に観れる花火はこれが最後、か。それならこの瞬間にみれる言寧の表情だって今が最後なのに。
 次々と打ち上がっては、途切れ目なく重なり合っていく光の花たちは、海面へ消え落ちていくその瞬間まで精一杯に輝いている。競うように尾を伸ばして上空へ舞い上がったあと、それぞれの色で、光を放って散っていく。
 暖かい色の牡丹が散った瞬間、突然、花火が止んだ。
 夜空には役目を果たした花火たちの残り香が煙となって漂っている。打ち上げ終了のアナウンスもなく、観客が動く様子もない。それなら、この沈黙は一体なんだ。
 
「言寧、花火ってもうこれで——」
 
 僕の言葉を遮るように、ひゅるる、と長い間を置いて、僕たちの頭上に再び純白の花が爆ぜた。
 先ほどまでの花火とは、纏っている雰囲気がまるで違う。色の重なりもないたった一色、一輪の花だけが夜空を覆い包んでいる。
 
「もし私が来年の夏まで生きたら、また一緒に花火観てほしいな」
「……どうしたの、急に」
「告白だよ? これは私からの告白なの」
 
 なぜ言寧が突然そんな告白をしたのか、僕には意図がわからなかった。
 純白の花が散った沈黙と、僕たちの沈黙が相まって異様な緊張感に包まれている。
 
「突然告白なんて言って、からかっちゃってごめんね。今打ち上げられた花火ね“恋刻花火“って言うんだ」
「恋刻花火って、なに? それに、それがどうして告白に繋がるの?」
「このお祭りを主催してるここの神社にはね、縁結びの女神様が祀られてるの。これから十分間かけて、十輪……残り九輪の花火が打ち上げられるんだけど、打ち上げられてから次の花火までの沈黙で、愛する人へ愛の言葉を刻めるようにって。このお祭りの花火にはそういう願いが込められてるんだよね」
 
 ホームページにも載っていないその情報は、どうやら先ほどの看護師から教えられたものらしかった。そしてこの鳥居の下は、その女神が不治の病に侵された晩年、婚約者を呼び出し「来世で会おう」と最期に再会への約束を告げた場所として一千年前からこの神社で語り継がれているらしい。だからこの場所で恋刻花火を観ると、一緒に観た人との縁を繋ぎ止めることができる、と。言寧がこの場所にこだわっていた背景には、色褪せない儚い愛の話があった。
 
「だから私たちはさ、言えずにいることを交互に告白していかない?」
「言えずにいること……」
「なんでもいいの、素直になりきれないこととか隠し事とか。告白って『好きです! 付き合ってください!』だけじゃないからさ。来年の夏のこと、さっき私が言ったみたいにね? 私からの誘い、受けてくれる?」
 
 首を傾げた言寧はまっすぐに僕を見つめていて、断る選択肢が与えられていないことはすぐにわかった。それに僕も、断るつもりなんて少しもない。頷くと、言寧は安心したように息をついて、ふふっと笑ってくれた。
 再び、花火が空を昇っていく音がする。
 残り、八輪。
 
 ——「彼氏役を引き受けたこと、心の底からよかったって思ってるよ」
 
 僕からの告白に、言寧は目を丸くして驚いていた。口は少し空いたまま塞がっておらず動揺しているのが見て取れる。なにに対して驚いているのかわかっていながら、僕はわからないふりをして首を傾げてみた。
 
「そんな、急に……ほら最初だから、もっと、言えずにいたことの中でも言いやすいことを選ぶかなって思ってて」
「気持ちはわかるし、僕もそうしようって思ってたよ」
「それならどうして? 文都くん、そういうこと告白、得意なタイプじゃないだろうし。どうして、初めに言ってくれたの?」
「なにから言うべきか、順番を探り合ってる時間は勿体無いような気がしてね。僕と言寧には花火十発じゃ収まらないくらい話したいことがいっぱいあるはずだから、大事なことから話していかないとって思ったんだ」

 僕からの告白終了の合図として、次の花火が咲いた音がした。
 残り、七輪。
 
 ——「初めて会った日ね、実は最初『新学期が始まったから押し付けられた学級院長か誰かがお見舞いに来たのかな』って卑屈になって警戒してたんだけど、文都くんのあまりに無関心そうな雰囲気を感じて自然と心開いちゃったんだよね」
 
 おかしそうに微笑みながら、言寧は僕たちの初対面を懐かしんだ。
 他人に無関心なせいで学生生活も恋愛も無縁な僕だったけれど、言寧からの告白はそんな性格を包み込んでは肯定してくれるようなもので、僕は素直に嬉しくなった。
 
 残り、六輪。
 
 ——「言寧と放課後に出かけたとき、異性と二人きりで長時間過ごすなんて初めてだったんだ。緊張もしたけど、ずっと続けばいいのにって思っちゃうくらい楽しくて。そんな経験を、言寧とできた僕は誰よりも青春してて、誰よりも幸せ者だって思ったよ」

 らしくないよ、と言寧は照れ隠しに笑っていた。
 カラオケでの会話を思い出す。公開された日以内に新曲を聴きにいくほど好きなアーティストが偶然揃って、お気に入りのプレイリストから僕は打ち上げ花火を題材とした曲を選んだ。そこで言寧が呟いて「いつか恋人と花火観たいなぁ」という願い事。
 叶った。そして僕は運命やジンクスを疑ってしまうタイプだけれど、こればかりは信じたくなってしまう。
 だってその曲の最後の歌詞は『呟いた願いはいつか、夏の夜空に溶けるように咲いていく』なのだから。
 
 残り、五輪。
 
 ——「ずっと、どうして彼氏役を引き受けてくれたんだろうって、無理させちゃってないかなって心に引っ掛かってるんだよね」

 それは「ごめんね、あんまり明るい告白じゃない」と躊躇ったあとに告げられた。
 言寧の唇は小刻みに震えている。
 
「ごめんねこんなこと急に……でも思っちゃうんだ。文都くんの貴重な時間、私なんかがお邪魔して本当にいいのかなって。さっき『心の底からよかった』って言ってくれて、それを疑うつもりはないんだけど、どうしてっていう疑問だけはずっと頭から消えないの」
 
 その顔に貼り付けられたか弱い笑みが痛々しい。
 それにそんなわだかまりを抱えさせてしまっているのは、僕が「まぁ、断る理由もないかなって」なんてその場しのぎの答えを伝えてしまったせいだ。
 気づかなかった。
 無遠慮に人を巻き込んで、楽観的で、笑顔の絶えない言寧の心に、そんな心配事が隠れているなんて思ってもいなかった。
 違う、それは嘘だ。僕はきっと言寧の弱さから目を逸らし続けていただけ。
 余命を言い渡されたときも、容態が悪化したときも、言寧はつらいことを話すとき、必ず笑おうとしてくれていた。本当は泣きたくて、怖いと叫びたくて、死にたくないと嘆きたいはずなのに。本当は弱さに寄り添って欲しかっただろうに。そこまでわかっていた僕なら、言寧が僕との関係に対して抱いていた心配のひとつくらい、考えれば気づけたはずだ。僕は寄り添った気になっていただけで、弱さを見せない言寧に甘えて、頼っていただけなんだ。
 言寧の彼氏役を引き受けた理由。最初は「新作のネタにしたい」なんて失礼で、とても伝えられるようなものではなかったけれど、気づいていなかっただけで、僕にはもう一つの理由がある。
 
「僕は、言寧に惹かれたんだ」
「え——」
 
 言うこともまとまっていないのに、僕の口から言葉が止まらずに溢れてきた。
 僕たちの話を盗み聞いているかのようなタイミングで、残り四輪の花火が咲いた。
 
「僕はずっと、消極的というか、後ろ向きに生きてきたんだ。趣味や特技はないどころか、見つけようとすらしなかった。惰性で小説家を目指して、就きたい職業もなくて、こんなこと言寧の前で言うのは間違ってるけど、これから何十年も生きていくのが面倒だって、なんのために生きないといけないんだろうって考えちゃっててさ」
 
 僕の情けない心のうちを、言寧は優しく頷きながら受け止めてくれている。
 そして言葉を詰まらせる僕の手を細い手で柔らかく包みながら「文都くんのこと知りたいよ、私は文都くんの恋人だから」と僕の中の不安を撫でて落ち着かせるような言葉をかけてくれた。
 
「そんなときに創也から言寧の話を聞いたんだ。私のことを覚えていない人を病室に連れてきてって伝言を受けてるって。促されるまま病室に行ったら、すっごい無愛想で、でも綺麗で、笑った顔が素敵な子がいてね」
「そこだけ聞くと安直な一目惚れっぽく聞こえちゃうよ?」
「一目惚れか……まぁ、あながち間違ってはないのかもしれないね」
「そう、なの?」
「病気を患ってる人、なんて一括りに言寧のことを見てたわけじゃないけど、僕より遥かに苦しかったり辛かったりする状況にあるはずなのに、ずっと楽しそうに笑ってて、ちょっと強引で、でも一緒にいて嫌な感じがしなくて——言寧は生きてるだけで、眩しかったんだ。だから好きとか以前に、僕は言寧に惹かれた。だから彼氏役を引き受けたし、いままでの時間を言寧に邪魔されたなんて思ったことないよ」

 残り四輪、なんて中途半端なところでするには、大きすぎる告白だった。
 言い終えた僕は遅れてやってきた緊張から言寧の顔を見つめることができず、思わずギュッと目を瞑ってしまう。心の底からの想いが少しでも届いてほしいという期待と、僕の拙い言葉で本当に言寧の不安を取り除けるのだろうかという恐れが激しく交錯している。
 静寂の中、言寧からの返事を待つ。少しして、必死になにかを伝えようとする、言寧の啜り泣く声が聞こえてきた。それを聞いて反射的に目を開けた僕は、目の淵で堪えられていた涙が、止めとなく頬を伝ってこぼれ落ちていく言寧の姿を見てしまった。
 
「言寧」
「女の子の泣き顔はそんなにじっくり見ない方がいいと思うよ? 好きな人の前では、笑ってるいちばん可愛い顔のままでいたいからね」
「好きな人って——ごめん……つい」
「いいの、これは悲しい涙じゃないから。これは、嬉しくて泣いちゃってる涙だから。作り笑いは簡単だけど嘘泣きって難しいでしょ? この涙は、私が幸せって感じてる心を笑顔よりもわかりやすく文都くんに伝えるための涙だと思うから」
 
 言寧の顔は、涙ながらに優しく笑っていた。だから僕も一緒になって笑った。
 残り、三輪。
 鳴り響く轟音と夜空を覆う眩しいほどの光の中で、僕たちは笑い合った。溢れてくる涙なんて気にも留めず、ただ一緒にいられる瞬間の幸せを噛み締めるように笑い合っていた。
 
「あのね」
 
 僕の手の甲に、言寧の暖かい手のひらが重なった。
 もう片方の手で涙を拭った後、言寧は僕をまっすぐ見つめてなにかを言いだそうと息を吸い込んだ。
 
「私の方こそ、病気だからとか、ただ可愛いからとかそういう理由じゃなくて、私を私として言葉を惜しまずに話してくれて、付き合ってくれた文都くんに惹かれてたよ。誤魔化せないくらい身体が言うことを聞いてくれなくて、怖い日も最近は多かったけど、それでも文都くんとの時間がお守りみたいに私の心を守ってくれてた」
「それは言寧が素敵な人だったから、だから一緒にいたいと思えたんだ。言いたいこと、素直に言えないことだって多いし……僕は不器用で、守られてたのはきっと僕の方で——」
「そんな文都くんだから、私の心を守れたんだよ」
「え……」
「初めて会ったとき、文都くんは私の顔をじっと見てたけど可愛いとも、なんとも言ってくれなかったでしょ? 私の病気についても触れないままで、気なんて全然遣ってなくて——でも、それが嬉しかったんだぁ。文都くんは初めて、私を普通の女子高校生にしてくれた。誰かと一緒いて、目を合わせて、安心するって思えたのは初めてだったんだ」
 
 そう言って言寧は心底幸せそうに笑った。
 そして僕の背に腕を回して、優しく、か弱い力で僕を引き寄せ、身体を密着させる。
 
「確かに文都くんは不器用だけど、とっても優しい人だよ? だから私の好きな人のこと、そんなに卑下しないでほしいな。小さい頃から生活の中に病気が付き纏って、年齢を重ねていく中で死ぬことを受け入れてきたけど、私は文都くんと出会って幼い頃に感じてた『どうして死んじゃうんだろう、怖い、まだまだ生きたい』って気持ちをよく抱くようになちゃった」

 そう耳元で囁かれ、腕を解かれたあとに見えたのは潤んだ言寧の瞳だった。
 重なった手が強張っている。言寧が必死に、僕への言葉を紡いでくれているのがわかる。私の好きな人、そんな嬉しいことを言われてしまって、普段なら動揺して目すら合わせられないだろう。それでも言寧の表情や途切れた息遣いは、そんな動揺すら霞ませてしまうほどまっすぐ僕に響いた。
 
「ずっと……叶うことなら、文都くんの隣にいたい。小説を書くこと以外の生き方を見つけるまででもいい、仮の恋人のままでもいい、ここまで思っちゃったら彼氏役とか細かいことはもういいの。私はただ、ただ、もっと、文都くんと一緒に生きてみたいんだ」
 
 言寧がそう言い終えた瞬間、残り二輪の花火が咲いた。
 強がってばかりだった言寧が、これほどまで素直になって言寧自身を曝け出してくれたんだ。僕のことを「好きな人」なんて告白までしてくれて。
 僕も言寧の気持ちに応えたい。初めて人を好きになって、毎日会っても足りないくらい一緒にいたいと思って、笑った顔を見れることは嬉しくて、でも泣き顔を見せてくれたときは心が通った感覚になって安心して——何十年と続いていく人生は億劫なだけだと思っていた僕が初めて「この人となら、生きているすべての瞬間が素敵なものになるだろう」なんて希望を抱けた。
 言寧は僕にとって、希望そのものだった。
 
「僕も言寧と生きたい。何十年先も、まだ終わらないねって笑いながら言寧にはヒロインでいてほしいし、僕はそれを書き残していたいよ」
 
 僕からの告白に言寧からの言葉は返ってこなかった。それでも、その頬をこぼれる涙を見て僕は気持ちを汲んだ。
 幸せで満たされていた。生きることに前向きになれずにいた僕たちが、一緒に生きる未来を望めていることが嬉しくてたまらない。
 恋刻花火の最後の一輪が、もうすぐ咲こうと音を立てて空へ昇っていく。
 残り、一輪。
 言寧の唇が動く、はっきりと聞こえたその声を僕の耳は受け入れようとしなかった——嘘だ、信じたくない、聞き間違いであってほしい。言寧、嫌だ、どうか嘘だと言って……。
 
 ——「でもごめんね……私、二週間後に死んじゃうかもしれないんだ」
 
 言寧から告げられたのは、数秒前まで胸を埋めていた幸せをすべて真っ黒に塗りつぶしてしまうような、残酷な事実だった。
 
「それって、またどこか悪いところが見つかったの……?」
「外出許可の相談をしたときにね、この前の検査結果を言われたの。かなりよくない、って言われちゃった……だから二週間後にね、手術することになったんだ」
「手術……それなら、どうして死んじゃうって……」
「成功する可能性も、もちろんあるよ。でも失敗して目を覚まさなくなる可能性の方が大きい手術なんだよね」
 
 言寧の現状を知らされた僕は、その残酷さのあまり言葉を失ってしまった。
 手術前の検査などの都合から明日からは面会すらできなくなってしまうという。
 僕は、少しでも容態が安定しているから言寧に外出許可が降りたのだと思っていた。でも現実は真逆で、言寧に許されたこの数時間は、言寧の最期を見越した手術までの猶予期間だった。そんなことも知らずに未来を語ってしまった僕自身に苛立って、でもそれ以上に悲しかった。
 
「泣かないで?」
「ごめん、でも、言寧にそんな辛いことを背負わせて、僕はなにもできなくて……」
「怖い気持ちは痛いほどわかるよ。だから笑ってとは言わないから、せめて泣くのは私が死んじゃったあとにしてほしいな」

 穏やかな表情で、言寧は僕の頬に伝う涙を細い指で拭った。
 
「私がどうして手術を受けるって決めたか、ちょっと考えてみて?」
「もっと生きていたいからでしょ? そんなの、考えなくてもわかるよ……」
「んー、ちょっと違うかなぁ」
「え……」
「文都くんと、もっと生きていたいから。だよ? 手術を受ける、それは私の身体にはまだ希望があるってこと、生きてる間は命も希望も捨てちゃだめだからね」
 
 言寧は僕以上に、僕との未来を確信してくれていた。
 頬に涙の跡を残して笑うその顔は、花火も散ってすっかり暗くなった空間でなによりも輝く光のようにみえる。だめだ、ここで俯いたらまた僕は臆病なまま、言寧の強がりに甘えてしまう。大丈夫、言寧は死んだりなんかしない、だって言寧は——。
 
「言寧は、僕にとって希望そのものなんだ」
「え?」
「だから僕はいつまでだって待ってる。手術が終わった日、何時だろうと会いにいく。もしその日に目が覚めなくても、目が覚めるまで待ってる。言寧は絶対、なにがあっても生きる、僕と一緒に、約束しよう。だから怖いけど、不安にもなるけど、ひとりじゃない。手術までの間で泣きたくなったら深夜だろうと電話してきていいし、もう一人で強がらなくていい。言寧は僕に生きたいって気持ちを教えてくれた希望だから、僕はなにがあっても言寧を待ってる」
 
 そんなこと言われたら泣いちゃうよ、と、言寧は溺れてしまうほどの涙を流しながら破顔した。それは医者も看護師も、親ですら見たことがない、言寧の本当の顔だと思う。望んだ未来が訪れないかもしれない、なんて不安を遥かに上回ってしまうほどの希望を、僕たちは抱いている。それが僕は幸せで、言寧もきっと幸せだった。
 だから僕は最後に。
 
「手術が終わったら、伝えたいことがあるんだ」
 
 そう、未来の約束を言い渡した。
 涙を拭って深く息を吸ったあと、抱えていた恐怖や不安を打ち払うように、言寧は僕を見つめたまま「私、絶対生きて帰ってくるからね」と宣言した。そして。
 
「待っててね」
 
 言寧は再び、先ほどよりも強い力で僕を抱き寄せたあと、弾んだ声でそう言ってくれた。