・【03 事件1.壁に赤い絵の具事件・事件編】


 使われなくなった保健室は旧校舎のほうにある。
 旧校舎とはいえ、一階の教室は鍵ナシの倉庫のように今も使われているけども。
 そのためか、そこまで埃まみれというか、かび臭くなっているわけではない。
 長期休みの前には大掃除も行なわれているらしい。
 とはいえ、蜘蛛の巣なんて一時間もあればできてしまうわけだから、その類のモノはいる。
 それを気味悪いと言ってしまえばまあその通りなわけだけども。
 そもそも夜な夜な声がするという七不思議自体、俺からしたら不可解で。
 夜に旧校舎のほうなんか行かないだろっていう。
 肝試しみたいなもんってそんな年がら年中行なわれているのか? 陽キャの考えることは分からない。
「ここだねっ」
 と何だか声を弾ませるようにそう言いながら、規制線のようなボーダーを跨いで中に入っていった佐藤さん。
 跨ぐ時に短いスカートの中が見えそうだったので、目を背けていると、佐藤さんが振り返ったみたいで、
「益岡、オナニー狂いのくせに女子のパンツ見ないようにするとか、もうそんなんいいから」
「オナニー狂いって言うな」
「実際高校でするなんてそうじゃん」
「あんま大きな声で言うなって」
「別に普通の声だよ」
 そんな会話をしながら、俺も中に入っていき、周りの様子を確認する。
 保健室特有の金属の棚はそのままで、棚の中の薬もそのまま放置って感じ。これでいいのか?
 若干薬品というか、何だか慣れない香りが未だにしていて、この保健室っていつから使われていないんだろうなぁ、とは思った。
 ベッドは二基あって、両方ともボロボロで、シーツは穴が開いていた。
 何よりもすぐ目に飛び込んでくる赤い絵の具で『近寄るな』と書かれた壁。
 その周りは赤い絵の具が飛び散っている。床にもベッドにもべったりとついていた。
 水で薄めた絵の具で描いたというよりは、原液のまま擦りつけて書いたって感じ。
 あとはそうだな、と思ったところで、佐藤さんが、
「筆じゃなくて指で書いたっぽいねぇ」
「そうだな、筆は無かったのかな?」
「演出じゃね? 指で書いたほうが奇々怪々な感じするじゃん」
「確かに。それはそうかもな」
「他に気になるところはある?」
 そう言われたわけだけども、まあなんというか、こういう謎解きってどういうところから考えればいいのか分からないので、口ごもってしまうと、
「益岡、あんたあーしに探偵を提供しないとマジで写真バラまくからね」
「探偵を提供ってなんだよ、いや分かっているけども」
 結局たいした収穫が無いまま、一旦この場所を後にして、校門をくぐった。
 佐藤さんは俺のほうを見ながら、
「じゃっ、帰るから。ちゃんと事件解決の糸口になることを考えておくようにねぇ」
 そうニチャァっといった感じに笑った。
 事件解決の糸口って、マジか、これ……何も浮かばないんだけどもなぁ……否、浮かばないとダメなんだ、マジで。
 俺は家に戻り、すぐさま自室で頭を抱えた。
 モヤモヤというかむしろ悶々とする。
 何だこの感覚、というか分かってる、めちゃくちゃオナニーしたい。
 現実逃避としてのオナニーを思い切りしたい。いやもうしよう。
 俺はパソコンを立ち上げて、DMMアプリを起動して、早速池橋栄子の動画をクリックした。
 池橋栄子最新作のアイドルビデオだ。
 段々過激になっていっているので、ファンとしては心配な面もあるけども、それ以上に興奮してしまうので仕方ない。
 俺の両親は共働きで夜の七時にならないと帰ってこないので、夕方の時間はオナニー三昧なのだ。
 音量はいつもより大きめに、ズボンを脱いで、ティッシュの準備をして、シコり始めた。
 何故最新作の過激なモノを思考停止で選んだのか。
 つい脳内で反芻してしまった結果、単純に興奮度の高いモノじゃないと勃たないと思ったからだ。
 何かもう鬱というか、まあ鬱勃起というものもあるけども、何かそういうタイプじゃないので、思い切りエロいモノでしっかり勃とうと思ったんだろう、なんて、こともどうでも良くて。とにかく今は没頭するしかない。
 池橋栄子がバニラアイスを舐めるシーンにカーソルバーを合わせた。
 最近のDMMアプリはよく見られているシーンが棒グラフになっていて、どこがどのシーンか大体すぐに分かる。
 まあそんなん無くても感覚で分かっていたけどな。
 最近有吉クイズで見たのだが、やっぱりこのバニラアイスを舐めるシーンというものが、一番グラビアアイドルにとっては抵抗のあるシーンらしい。
 確かに明らかに疑似ってヤツだからなぁ。現に池橋栄子がバニラアイスを舐めたのはこの最新作のビデオが初だ。
 池橋栄子がボタニカル柄の水着で真っ白いバニラアイスを舐めていく。
 ネックアクションというか首を使って、バニラアイスをしごくようにほおばる。
 バニラアイスのほうは手で固定して顔を動かしていくスタイル。
 まさしく疑似だ。最初は普通雑にバニラアイスを噛んで食べて誤魔化すものじゃないだろうか。でも真摯に向き合って、ちゃんと疑似をしているところに感動すらする。さすがのプロ意識だ。
 いやそういう目線で見ていると、興奮度も少し収まってしまうわけだが、でも何だか応援という目線も持ってしまって。
 きっとそれは幼馴染で、昔隣の家に住んでいた三橋さんの面影を感じてしまうからだ。
 俺とは三歳年上でずっと一緒に遊んでいた女の子。でもどうやら学校でイジメがあったらしく、俺が小学三年生の時に引っ越してしまった。
 当時の三年というものは大きくて、イジメられている現場に居合わせたこともあったけども、俺は隠れるばかりでどうすることもできなかった。
 小学三年生が小学六年生の男子たちに向かっていくことなんて不可能で……なんて考えていたら、いよいよ勃起度が薄くなっていく。
 ここはオナニーに集中しなければ。
 いつもより強めにシコる俺。激しく手を上下させる。
 池橋栄子が舐めていたバニラアイスは徐々に体温で溶かされて、だらだらと舌と下に垂れ始めた。
 唇の先からこぼれるように垂れる白いバニラアイスはとても煽情的だ。
 下まで落ちないように、舌をペロリとするところで俺は思い切り射精した。
 気持ち良い……やっぱりオナニーは最高だ……正直彼女なんていらない……オナニーのほうが絶対気持ち良いと思うし、そもそもセックスとなると相手方の気持ち良さも勘定に入れないといけなくなるので、忙しくなって自分の気持ち良いが疎かになると思う。
 だからオナニーで……否、自分のコミュ障をなんとか肯定しているだけかもしれない……否、そんなことを考えるのは辞めて、まず余韻を楽しもう。
 基本的に男子は果てたあとに賢者タイムという時間が訪れる。
 全く性的なことを考える気にはならない時間のことで、まあなんというか、紳士になれるのだ……否、俺は結構というか、全然あんま賢者タイムというものが無いほうで。
 普通に床に垂れたバニラアイスでいいから舐めたいなとか思うし、射精後も勃起したままでそのまま二回戦に突入することもある。
 でも今日はなんというか、もういいかなって、オナニー日記に二連続したとか書きたくないし。
 というか垂れたバニラアイスがマジで精子みたいで、と思ったところで、俺は一個思いついた。
 別にエロいことじゃなくて、あの事件についてだ。
 何で垂れていたんだ……俺は思ったことをメモに書きだして、それが終わったところで、まあオナニー日記を打ち始めた。
 池橋栄子がバニラアイスを舐めているシーンと書けばいいのか? これを送ればいいのか?
 憂鬱というかもうそういうレベルじゃない、神経がすり減るというか、摩耗するというか、でも送らないとダメだよな。
 絶対俺のこと、今日の夕方か夜にはオナニーするヤツだと思っているよな?
 仕方ない、ちゃんと送ろう。
 LINEで、
『池橋栄子がバニラアイスを舐めているシーンでオナニーしました』
 と送ると即座に既読になって、返信がきた。
『もうオナニーしてるのウケるww』
 ここは言い訳したいと思って、
『両親が共働きで夜七時にならないと帰ってこないから、むしろ夕方の時間帯が一番のやり時なんだよ』
 矢継ぎ早に佐藤さんから、
『そうなんだ』
 と返ってきて、う~ん、こういうの文字だけだからニュアンスが分からない。
 いやオナニー報告電話はもっと嫌だからいいけども。
 それ以降、向こうから何も来なかったので、終わったんだと思って胸をなで下ろしたわけだけども、心臓はずっと高鳴っている。
 何これ、自尊心が一気に崩壊していく……否、完全に消滅したことに気付いた。
 俺はもうこう、精神的にずっと佐藤さんの奴隷として生きていくしかないんだろうな……何で、高校でオナニーなんてしてしまったんだ。
 脳内が擦り切れそうな感覚、知恵熱が出そう、全然知恵ナシのカスなのに。
 というか知恵熱って小さなお子さんにしか使わない言葉らしいけども。
 いやそんなことももうどうでもいい、全部どうでもいい。
 もし仮に、自尊心を少しでもアップできるようなことがあるとすれば、この七不思議の事件解決しかない。
 それを繰り返していって、なんとか自分はできる人間なんだという気持ちを築き上げていくしかない。
 俺はLINEで『少しだけ事件のことが浮かんだ』と打って送ると『明日が楽しみだし』と返ってきた。