・【20 事件10.謎の液体・事件編】


 どこからともなく精子を掛けられた。
 そんなセンセーショナルな一文が高校内で出回るようになっていった。
 当然先生たちはどこでそうなったかのような情報を集め、どうやら商店街の近くでそうなりやすいということは分かったが、まだ犯人は分からず、被害に遭う女性はどんどん増えていった。
 井原先生からも俺と佐藤さんに要請があったが「でも佐藤は自宅待機!」と言っていた。
 まあ佐藤さんは先生の命令とか絶対聞かないので、一緒に行動しているわけだけども、今日の朝の時間帯に伊織さんから相談を受けた。
「私も掛けられた……昨日、商店街の近くを歩いていたら……」
 佐藤さんは強く拳を握りながら、
「状況を説明するし!」
 伊織さんは今にも泣き出しそうな顔で喋り出した。
「普通に商店街の近くを歩いていたら、突然、本当、真上から掛けられた感じで、最初何が起きたか分からなくて、でも白濁した汁が髪の毛にも、そしてお気に入りのバッグにも掛かって……あれ、おばあちゃんから買ってもらった思い出のバッグなのに……もう汚いというか怖くて、昨日からベランダに置きっぱなし……捨てたくないのに……」
 俺はある意味ここがチャンスだと思って、
「その掛けられてしまったバッグ、今日見に行っていいかな?」
「うん、いいけども……」
 すると佐藤さんが、
「そだっ、同じ男子同士、益岡が洗ってあげればいいし」
「勿論俺は洗えるけども、洗ったところで、という気持ちもあるよね?」
 伊織さんはコクンと頷いた。
 佐藤さんは天を仰ぐように、
「そんなぁ……」
 と呟いた。
 佐藤さんの言葉には”あーしなら精子くらい”みたいな意味合いも滲んでいるように感じた。
 でもそれは人それぞれだし、佐藤さんの思う精子だって、彼氏とかのモノだろうし、誰かも分からない人間の精子なんて誰でも気持ち悪いもんだろ。
 そもそも俺には一個、思い浮かんでいることがあって。
 どの話も真上から飛んできていると言っている。
 つまりそれは真上に人がいるんじゃなくて、何らかの方法で上から落としているんじゃないかって。
 そう考えると、もしかしたら本物の精子じゃない可能性が高いということだ。
 精子は時間が経つと、透明になる。
 でも掛かった精子は全て白濁しているという話だ。
 何らかの方法で落としている場合、出したての白い色を保つことは不可能なんじゃないかなと思っている。
 ぬか喜びになるかもしれないから、まだ言えないけども、きっと伊織さんやバッグに掛かったモノは、と思ったところで佐藤さんがこう言った。
「ところで何か、イカ臭かったりしたしぃ?」
 伊織さんは眉毛を八の字にしながら、
「それが、ちゃんとイカ臭いというか、ちゃんとと言ってもよく分かんないんだけども……」
 と言った。
 佐藤さんは深い溜息をついた。でもまだ俺は、疑似精子の可能性が高いと思っている。
 授業&授業で、放課後になり、伊織さんの家へ佐藤さんと一緒に行くことになった。
 伊織さんの家も俺の家から割と近くて、これならすぐに自分の家で考えられると思った。
 伊織さんが部屋の片付けをするらしく、俺と佐藤さんは玄関でちょっとだけ待つことになった。
 そこで佐藤さんが、
「もしかすると益岡、女子の部屋に入るの初めてじゃね?」
「まあそうなるけども、それを意識するのキモいだろ。来た理由が理由だし」
「そうだけどさぁ、あんまマジで興奮とかすんなよ、益岡が犯人みたいになるから」
「本当にそうだから興奮とかしないわ」
 伊織さんが一階に降りてきて、
「じゃあ益岡くん、佐藤さん、どうぞ」
 と促したところで、中にお邪魔して、階段を上がって、伊織さんの部屋へ入った。
 部屋の中はできるだけ見ないように、脳内で描写しないようにという気持ちで入ったけども、白を基調とした清らかな部屋で、ほんのり甘い香りがした、と思ったところで自分の脳内を殴って余計なことを考えることを辞めた。
 伊織さんは少し戸惑っているような表情で、
「益岡くんが私の部屋にいるなんて、ちょっと不思議っ」
 と言って、はにかんだ。
 どういう意味? と思っていると、佐藤さんが、
「だから益岡ぁ、スケベな顔すんなし」
 と言ってきたので、俺は真剣に、
「今そういう冗談言っていい時じゃないだろ」
 と言うと、佐藤さんはしょんぼりして、伊織さんはまあまあといった感じのポーズをとった。
「それよりも伊織さん、バッグを見せてください」
「じゃあベランダに来てもらっていい? もう家の中に入れたくないというかそんな感じで」
「分かった」
 と言ってそのバッグを見ると、もうすぐに分かった。
 間違いなく疑似精子だと。
 何故ならバッグのポケットの中に、まだまだ真っ白く、汁が残っていたからだ。
「伊織さん、これは疑似精子です。精子って時間が経つと透明になるもんなんです。でもまだまだ白く、汁もまだ残っているということはこれは疑似精子です」
「えぇぇえええ!」
 伊織さんは目を皿にして驚いた。
 俺は続けて、匂いを嗅ぐことにした。
「確かにイカの生臭さもしますが、何よりもこれは香りがミルキーで甘すぎる。練乳ですね」
「じゃあ何でイカの匂いがするん?」
 と佐藤さんが言ったところで、俺は伊織さんに、
「ちょっとこの疑似精子、触りますね。残っているといいけども」
 と思って、その汁を触ると、ちょうど残っていてラッキーだと思った。
「見てください、これ、生のイカを練乳とミキサーに掛けたんでしょう、ここにイカの筋っぽいものが残っています」
「うぇぇええええ! 手の込んだ変態だし!」
 と叫んだ佐藤さんに軽く頷いてから、
「伊織さん、洗面台借りて手を洗っていいですか?」
「そりゃ勿論!」
 と伊織さんの声は弾んで聞こえた。
 さすがに疑似精子と分かれば、またこのバッグは使えるということらしい。まず疑似精子で良かった。
 あとは、と、手を洗ったところで、
「疑似精子を掛ける場合、犯人は何をすると思いますか?」
 と疑問文にしたことを、言った瞬間に後悔したので、すぐに次の文を言うことにした。
「そう、写真を撮るです。疑似な分、満足度は低いでしょう。でも掛かっているところを写真で収めれば、多少は欲が深まると思いませんか? つまり犯人は掛けるヤツと写真を撮るヤツの二人組です」
 佐藤さんはハッとした表情をしながら、
「そうだし! 絶対そうだし!」
「あとはどうやって掛けているか分かればですね、商店街の近くということは人通りの多いところ。あえて人通りが多いところで犯行を繰り返しているのは何かしらの理由があるはず」
 伊織さんは優しい声で、
「益岡くんって、本当に聡明だよね……」
 とどこか羨望の念も感じて、ちょっとだけ自己肯定感が上がっていると、佐藤さんが、
「とはいえ、益岡も普通にオナニーとかするしなぁ」
 と言い出して、何だこのタイミングでこの野郎と思ってしまうと、
「それはちょっと残念ですけども……」
 と伊織さんが先細りの声で言って、うぉぉぉおおおおお残念って言われたぁぁぁあああと、思ったけども、できるだけ動揺を見せないように、
「まあまあ、生理現象ですから」
 と答えるに留めた。
 このままずっと長居すると、佐藤さんからどんどんバラされそうになると思って、俺はそそくさと伊織さんの家から出ることにした。
 伊織さんは「おやつも今から用意する予定でしたのに」と言われたけども、まだまだ考えたいことがあるからと断って、家路に着いた。
 同じタイミングで佐藤さんも伊織さんの家を出て、また明日、というか今日LINEで、って感じになった。
 自分の部屋に戻ってきたところで、まあ当然ながらオナニーがしたくなってきた。
 女子の部屋に入ってしまったという事実をやっとゆっくり反芻することができて、まだ池橋栄子の動画を見ていないのに、勃起し始めていた。
 いやいや、勃起するなら池橋栄子の動画だ、と思って、適当に動画を選んで、見始めた。
 昔ならきっとヘリコプターを飛ばしていた、というか、多分ヘリコプターなんてグラビア動画で飛ばすことなんてなかっただろう。
 でも今の時代は簡単にドローンで上空からの俯瞰のシーンが取れてしまう。
 ストーリー性のあるグラビア動画の場合は、これが簡単にできるんだよなぁ、令和は。
 まあブンブンうるさいらしいから、そういう時は音声を消して、あとから本人がアフレコするらしいけども。
 でも動画という完成品になっていれば、そんなことどうでも良くて。
 あとドローン飛ばしているシーンは喘ぎ声とか無いし。そういう臨場感が必要なシーンの時は普通のカメラで撮るし。
 今回の池橋栄子の動画はそういった、若干のストーリー仕立てで、ゆっくり楽しみながらオナニーしていった。
 三十分くらい見たところで、そろそろだな、と思って、シコる速度を上げて射精した。
 まずは佐藤さんにオナニー日記をLINEして、と。
『ドラマ仕立ての池橋栄子の動画を見て、三十分掛けて一発射精しました』
 するとすぐに返信がきて、
『じっくりしたことを自慢すんなし』
『自慢なんてしていないから!』
『長くもいけますじゃないし』
『自慢絶対していないからな!』
 そんなやり取りをしてのち、少しぽっかり時間が空いた時に、伊織さんの件で一つ思い浮かんだことがあった。