・【17 事件8.無表情な生徒・解決編】


 本当に、俺のことが嫌いなのか? いや嫌いだとしても、入学当初から嫌いなんてありえるか?
 それこそ佐藤さんとバディを組んでボランティアの探偵をする前は、一切目立たない男子だったんだぞ?
 そりゃ最初のテストで学年一位を取って、ちょっとは目立ったかもしれないけども、さすがに井原先生の言う”入学当初から”はおかしいな。
 志布志さんとは同じ中学校じゃなかったし、塾も別だったはず(ここはそこまで自信無いけども)。
 ということは、俺が嫌い、じゃなくて、むしろ主語が大きく、男性が苦手ということなんじゃないか?
 でもそれなら俺が近付いてきた時点でもっともっと嫌な顔をしてもいいはず。一瞬ちょっと、じゃなくて。
 男子が何か喋ると嫌なのか、いや、佐藤さんが喋っている時も困惑するような顔をしていた。
 みんな嫌とかなら、通信制の学校に行ったっていいのに。
 ということはあの時の言動がやっぱり癇に障っていたんじゃないか……否、もしかしたら……。
 俺は佐藤さんとLINEして、こういうことをしてみてほしいと伝えた。
 ちょっと志布志さん的には荒療治だし、佐藤さんには負担が掛かることだけども、俺はできないから全て任せることにした。
 次の日、登校してくると、佐藤さんも志布志さんもいたので、決行することにした。
 席に着席した俺は、
「佐藤さん」
 と後ろを振り返って合図を送ると、即座に佐藤さんは志布志さんに目を光らせながら近付き、
「志布志ぃ! もっと遊ぼうよぉー!」
 と言いながら志布志さんをこちょこちょとくすぐりだした。
 すると志布志さんは一瞬、
「ちょっ!」
 と笑ったけども、すぐさまいつもの無表情に戻って、そのあとはずっと我慢している感じ。
 俺が佐藤さんと志布志さんのほうへ行くと、ぐっと目を瞑って、さらに耐えるような顔をした。
 俺は佐藤さんに待ったをかけて、こう言うことにした。
「志布志さん、志布志さんって笑うことを我慢しているよね」
 すると志布志さんはビックリして目を見開き、俺のほうを見てきた。
 俺は続ける。
「きっと前に何かあったんだろうけども、大丈夫。うちのクラスには変なヤツはいないよ、なんて、俺もトラウマあって人間関係に難があるんだけどね」
 志布志さんは俯いたと思ったら、席を急に立って、どこかへ行こうとしたので、佐藤さんが志布志さんの袖を掴んで、
「話なら聞くし、話したら楽になるとかあるし!」
 すると志布志さんはコクンと頷いたので、俺は、
「俺も一緒でいいかな」
 と言うと、志布志さんは小声で「いいよ」と答えてくれたので、三人で空き教室へ行った。
 さて、と思って、
「人に何か話してもらうにはまず自分からだよな、俺のトラウマから喋っていい?」
 佐藤さんは目を丸くして驚いている。志布志さんはまた小さく首を縦に振った。
「俺さ、年上の幼馴染がその幼馴染の同級生の男子からイジメられていてさ、何も言えなかったことずっと後悔していて。そのせいで男子のニヤけた顔にも恐怖を感じて、総じて男子が苦手なんだ。それに伴って人自体、女子だって普通に苦手ではあるし。でも最近、朝日会長が俺のことを友人と言ってくれたり、佐藤さんと会話するようになって、やっと少しだけ氷が解けたような気がするんだ。だから今もこうやって自分のトラウマ、人に喋られるようになったんだ」
 佐藤さんは改めてそうなんだというような顔をしたのはいいとして、さて志布志さんはと思うと、志布志さんはゆっくり口を開いて、
「私は昔、男子から笑った顔がブサイクって言われて、人前で笑うの躊躇っちゃうんだ」
 と顔を上げたところで、俺は深く深く深呼吸をしてから、真面目な瞳でこう言うことにした。
「なるほどねぇ」
 そう言いつつ、メガネを人差し指で必要以上に上げて、おでこより上に一気に持っていった。
 本当はそこで止めるつもりだったけども、勢いが付き過ぎて、そのままロケットのようにメガネを打ち上げ、パァンと飛んで、カターンと床に落ちた。
 その刹那、志布志さんは吹き出して笑った。大笑いだった。
 そう、これこそ奥義、緊張と緩和だ。
 真面目な話をして緊張させたところで、緩和という名のくだらないことをする。そうすると大体の人間は笑うモノなのだ。まさか宙を舞うとは思っていなかったけども、まあいいだろう。
 俺は静かにメガネを拾ったところで、佐藤さんがこう言った。
「全然笑った顔、ブサイクじゃねーし」
「でもっ」
 と言った志布志さんを遮るように佐藤さんが言う。
「マジでブサイクじゃねーし、めっちゃ可愛いし」
 俺も言うことにした。
「多分その男子、志布志さんに気が合ってイジワルとしてそんなこと言ったんだよ。現実に志布志さんは可愛い。それでいいじゃないか」
「でもっ」
 今度は俺が割って入ることにした。
「じゃあ顔が変わったんだよ。成長して。ブサイクにならなくなった。それなら納得できるでしょ。だって今は可愛いって佐藤さんも言ってるじゃん」
「そ、そっかぁっ」
 と言いながら、志布志さんはフフッと笑った。
 ほら、そんな顔も全然可愛いし、とはさすがに言わないけども。俺男子だから迂闊に可愛いって言っちゃダメだから。
 志布志さんはさっきまでよりもずっと明るい表情で、
「佐藤さんと益岡くんって本当に優しいんだね、それに黒ギャルと優等生だなんて、フフ、ヤバ……ツボなんだよね……」
 と言って普通に笑い出した志布志さん。
 ツボ、ということは、と思ったところで佐藤さんが、
「確かに! 不思議な組み合わせだし! 何でなんかなぁ?」
 とちょっとこっちをイジるような目で俺を見てきて、
「謎解き仲間! 謎解き好きって意気投合しただけだろ!」
 と思い切り嘘をつくと、志布志さんが爆笑しながら、
「何か怪しい感じがする!」
 と言って、俺は正直気が気じゃなかった。
 でもまあしっかり解決して良かった。また内申点がプラスになればいいんだけどもさ。
 というかつまり、俺が近付くと、我慢感が強くなったのは、佐藤さんと俺が揃うと、それだけで面白いということだったんだ。