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・【11 事件5.廊下で転ぶ人・事件編】
・
「ここのクラスか」
という声と共に、クラスメイトたちがざわついている。
というか黄色い声援もワッと上がった。
一体なんなんだと思って、ノートから目を、入り口のほうへ向けると、そこには朝日会長がいた。
さっきの黄色い声援は朝日会長へのモノだったんだ。本当に女性人気高いんだなぁ……否、同性からも信頼が厚いことも聞いたことあるけども。
俺と目が合った朝日会長はこっちに手を振りながら、
「益岡くん。あと佐藤さんも。ちょっとした事件が起きているんだ、力を貸してほしい」
と言って近付いてきた。
でもちょうど今、佐藤さんは教室の中にいないみたいで、俺は人見知り……否、男性不信が発動してしまった。
「あ、ども……」
「佐藤さんはどこか別の場所かな、まあいいか、益岡くん、早速来てほしいんだ」
「佐藤さんにLINEっ」
「まあ後で内容を知らせればいいじゃないか、朝の時間は意外と短いからさ」
俺は俯いて黙ってしまった。
こんなんしていいわけじゃないことはよく分かっているんだけども、どうしても、特に年上の男子というものが無理で。
いや分かっている。朝日会長はあんな連中とは違うとは思う。でも俺は、どうしても男性が苦手なんだ。
「……もしかすると人見知り? 佐藤さんいないとダメ的な」
本当はそうじゃないけども、小さく頷いた俺に朝日会長は、冗談っぽさ強めな感じで唇をムスッとさせてから、
「僕には慣れてくれてもいいのにな。全校集会の時に喋ってもいるのに。ほら、テレビの中の人物に親しみを持ってしまう、みたいにさ」
と明るい声で言ってくれていることは本当に有難いんだけども、でもまだあのトラウマが脳裏に残っていて、と思ったところで佐藤さんの声がした。
「益岡と朝日会長のBL?」
即座に朝日会長が、
「薄い本始めてないよっ」
と優しくツッコんだ。
やっと息ができるといった感じに俺は、
「佐藤さん」
と声を出したところで、朝日会長が、
「ちょうどいいところに来てくれた。今、一階の廊下でちょっとした事件が発生していて、現場検証に来てほしいんだ。佐藤さんと益岡くんに」
佐藤さんは明らかに弾んだ声で、
「いいっすね! また内申点上げ時じゃないっすか! 益岡も行くし!」
「あ、あぁ……」
と急に俺が元気になるのも恥ずかしいので、重い腰を上げたみたいな演技をしつつ、立ち上がると、朝日会長がおもむろに、
「仲良いんだな、二人とも」
と笑顔でそう言うと、佐藤さんは満面の笑みって感じで、
「そうっすね! 仲最高だし!」
と答えていた。本当は主従関係なんだけどなぁ、まあいいか、奴隷の説明したくないし。
俺たちの高校は三年生が一階で、一年生が三階なので、階段をくだっていくことになる。
まだ予鈴までは時間があるけども、早く行かなければと早足になっていると、朝日会長が、
「廊下は走っちゃダメだぞー」
すると佐藤さんが、
「ホント益岡は謎解きに対してサルのようにがっつくんだしぃ」
と言って、サルとかがっつくとかやめてくれと思った。
というかさっきまで全然がっつけていなかったんだから、マジで恥ずかしい。朝日会長と二人きりじゃ全然喋られなかったんだから。
とはいえ、朝日会長もちょっと早めに階段を降りて、廊下にやって来た。
すると村上副会長が廊下の中央に立っていて、朝日会長が村上副会長へ、
「連れてきたぞー」
と手を挙げると、村上副会長が冷たい声で、
「別に必要無いですけどね」
と言い放って、いっつも感じ悪い人だなぁ、と思った。朝日会長はあの昼休みの時に良い人そうとは思ったけども。
朝日会長が村上副会長の立っている場所まで行き、そこの床を足で擦りながら、こう言った。
「何か、滑るらしいんだわ。さっきも走っていた男子が転んだみたいで。まあ今は全然ぬるぬるとかもしていないんだけども」
すると佐藤さんが矢継ぎ早にしゃがんだところで村上副会長が反射で、
「ちょっと、パンツ」
と言ったんだけども、佐藤さんは別にって感じで、
「見せパンなんで」
と答えてから、
「いや無臭っすねぇ」
と床にめっちゃ顔を近付けて嗅いでいる。
俺も一応嗅いでみようと思って、顔を近付けていると、座った場所が悪かったみたいで、佐藤さんの顔とめっちゃ近くになってしまい、
「あっ、ゴメンっ」
と顔を咄嗟に後退させながら、なんとなしに上を見ると、村上副会長のスカートの中が見えそうになって、
「わぁあああああ!」
って自分で全部やっているくせに叫んでしまうと、
「ちょっ! この子! 私のスカートの中を!」
と声を荒らげながら、(多分、村上副会長が)しゃがんでいる俺の腰を蹴ってきて、思いのほかそれが強くて、また佐藤さん側に転がってしまい、床を嗅いでいる佐藤さんと目が合って、
「何してんの、ウケるし」
とやたら冷静に言われてしまって、めっちゃ恥ずかしかった。
朝日会長は堪えていたモノが決壊するように笑って、
「アハハハハ! 益岡くんは面白いねぇ! で! 結局無臭だったってこと?」
正直俺の鼻には佐藤さんの柑橘系の香水の香りが入ってきて、よく分かんないけども、一応、
「無臭です」
とは答えておいた。
佐藤さんも俺も立ち上がり、佐藤さんは、
「全然無臭っすね、少なくてもクサくはないっす」
と答えた。まあ無臭なんだろう、多分。
村上副会長は頬を赤らめながら、
「こんなアホな連中はほっときます」
と言ってそのまま多分自分の教室に戻りかけたので、
「すみませんでした! でもわざとじゃないです! 本当に申し訳御座いませんでした!」
とデカい声を上げて、頭を下げた。
ずっと頭を下げていたので分からなかったけども、朝日会長が俺の背中を優しく叩きながら、
「チラリと頭下げてるとこ今見たから多分大丈夫だよ、村上はアホじゃないから通じてるよ」
俺は頭を上げたわけだけども、正直そのまま顔を隠したかった。
というかせっかく三年生のところまで来ているので、証言も聞きたい。
というわけで、
「どういう感じに転んだという話ですか?」
「最近多いんだけどもね、とにかく走ってる連中が転ぶんだ。まあ廊下走るの男子しかいないし、男子だけだね」
ここで佐藤さんがカットインしてきて、
「女子が床にぬめりを感じたことはないんっすか?」
「何か一人や二人、あったみたいなことを言っていたなぁ。でもまあ転ばなかったみたいな」
「体幹が良いんっすかね」
「それよりも走っている状態じゃないと、さすがに転ばないみたいなところかな。歩いていれば転ばない程度のぬめりなのかな、っていう」
朝日会長が知っている情報はそんなところで、情報収集はそんな感じで終わった。
ちょうど予鈴のチャイムが鳴ったので、俺と佐藤さんは早足で自分たちの教室に戻った。
一応今日の放課後、改めて朝日会長と情報収集するという約束をしてから。
授業&授業で、昼休みは普通に自主勉をして、また授業を通り越して放課後になった。
俺と佐藤さんは二人で一階へ行くと、朝日会長が廊下に立って、待っていてくれた。
佐藤さんが、
「つーか村上副会長は?」
それに対して朝日会長が、
「村上は実家の神社の手伝いとかあるから、一緒にできないってさ」
俺はなんとなく、俺のせいなのでは、と思って俯いてしまうと、察したのだろう、朝日会長が、
「全然、そのあと僕もフォローしたし、そういうのは大丈夫だと思うよ。安心して」
優しい笑顔を俺に向けてくれたんだけども、その笑顔も嘘の笑顔なんじゃないかなと疑心暗鬼になってしまい、つい目を背けてしまった。
すると朝日会長は唇を尖らせてから、こう言った。
「益岡くんが今までどんな男子と一緒にいたかは分からないけども、僕と関わってくれるなら後悔させないよ」
最初はコメディタッチな声だったけども、どんどん真面目なトーンになって、最後は真剣な瞳でそう言った朝日会長。
そうだよ、きっとそうだ、朝日会長はあんな連中とは違うんだ、でも、でも、でも。
すると佐藤さんが急に柏手一発叩いてから、
「まっ! 現場検証いきますか! 朝日会長、廊下の真ん中に立ってるということはまたそこで転んだ案件があって、誰もこれ以上通らないように突っ立っているんっすよね?」
「御名答、佐藤さんも鋭いんだな」
「あーしと益岡は二人で一つなんでっ、じゃあ匂い嗅ぎまーす」
と言ってまたしゃがんだ佐藤さん。普通にパンツ見えたけども、見えたけども、見せパンって男子にとってはどっちにしろパンツだから興奮するんだよな。
「やっぱ無臭だし」
「だよね、僕も嗅いだけども無臭だったよ」
じゃあ俺はもう嗅がなくていいや、と思っていると、何か黒いカスというか、でも何か濃淡のある、変な黒いもみ殻みたいなモノが近くに落ちていることに気付いた。
「このゴミカス、何ですかね」
と俺もしゃがんで指差すと、朝日会長が上から覗き込んできて、
「それは普通にゴミじゃないかな」
「でも今日の朝もそう言えば近くにあったような気がします」
佐藤さんは中腰になって、
「普通に消しゴムのカスじゃね?」
俺は思い切って触ってみると、
「何か硬い、木の皮?」
すると朝日会長が、
「でもここ一階だから、普通に玄関から風で木屑が運ばれてくる時あるしなぁ。そういうゴミじゃない? あと手を洗ったほうがいいよ」
と”水飲み場にどうぞ”って感じに手を差し出したので、すぐに手を洗いに行くことにした。
戻ってくると佐藤さんが、
「というかそういうのすぐ触れるのすごいし」
朝日会長も、
「僕もそういうのは苦手だからなぁ」
と頷いて感心しているようだった。
その感心に裏は無く、本当に“君は研究熱心だね”という感じだった。
分かってる、分かってるって、朝日会長に裏は無い。俺をバカにする意図なんてない。でもまだ、何か、ダメなんだ。
その後、まだ教室に残っている人たちから証言を聞いて回った。
「つい走っちゃったら転んだんだよな」
「二人同時でコケた時は笑ったよな」
「そもそもあたしは滑ったこともないです」
「走る男子が悪くね?」
「村上ちゃんが走るなって言うんだから走らなきゃいいのに」
「あと斎藤ちゃんが廊下の呪いとかしていて一時期話題になったな」
「斎藤ちゃんって親がラブホテル経営なんだよね」
「おれ、お世話になったことあるし」
「うわサイテー、今そういう話してないじゃん」
「というか男子あんま人の話聞かないし」
「斎藤ちゃんのラブホ話はめっちゃ聞くけども」
「どうでもいいし、オマエ転んでケガしろ」
「おれは三度転んだ、おれは」
「バカじゃね?」
「なんか、滑った感じはあるんだけどもなぁ」
まあこんなところか。
結局今日は答えが出ず、明日の放課後もまた事件を調べることにしようと朝日会長と約束して、それぞれ家路に着いた。
さて、夕方のこの時刻、まあオナニーだなぁ。
今日は変なゴミカスを触ったので、いつもより念入りに手を洗って、アルコール消毒をしてからオナニーを始めた。
でもつい早くオナニーしたさ過ぎて、アルコール消毒のアルコールがちょっと手に残った状態だったらしくて、チンコにちょっとだけ染みたけども、その染みた加減もちょっと気持ちが良い。
俺はドMだったんだな、と思いながら、池橋栄子の動画を見始めた。
身体にローションを塗るシーン。
このローションってあえて白色なんだよな、と思いながらシコる。
別に透明のローションでもいいのに、あえて白色にして、ハッキリ脳内で描写してしまえば精子色にして、そのイメージも重ねて。
きめ細かい池橋栄子の肌に白いローションがまず掛かり、それをゆっくり指で伸ばしていく。
その指先まで所作が美しいというか艶っぽいというか、頭をカラッポにしてしまえばエロい。
シコる手はどんどん早くなっていく。もうこれでもかってくらいに白いローションを塗っていく。
これは、もう、妄想が捗る、と思って、シーンが終わりかけたらまた巻き戻して、ずっと白いローションのシーンでシコっていた。
果てたところで、オナニー日記を書かないと、と、もはやただの日課のように、自尊心はもうすり減らなくなっていた。
むしろその後の、佐藤さんとのやり取りに興奮するくらいだ。
『池橋栄子が白いローションを身体に塗りたくるシーンで射精しました』
すぐさま佐藤さんからの既読と返信が送られてきた。
『自分の精子も塗りたくってほしかった?』
その時だった。
突然あの日の言葉がフラッシュバックしてきた。
そう、イジメられていた幼馴染があの男子たちに言われていた「俺たちの精子で遊べよ」が。
俺は拳というか全身が震えてきて、何もできないというか、もはや呼吸すらできなくなってきた。
というかそうじゃん、池橋栄子の動画ってそういう、疑似が多いじゃん。
今更それの何なんだよ。
まさか急に思い出すなんて。
男性のおぞましさを。
こんなん、俺が男優のAVじゃん。
男性はいつも女子に対してあんな表情で迫ってきていて……ダメだ、このままブラックアウトしそう、と思ったその時だった。
LINEの通知音が聞こえたので、なんとか目をやると、前の伝言は佐藤さんが削除していて、
『どしたん? 大丈夫?』
ときていた。
前の文字が無くなったことにより、幾分楽になった俺は、
『大丈夫。何でもない』
と送ったんだけども、即座に佐藤さんから、
『気になる 今から益岡の家行っていい?』
俺は脳内が真っ白になった。
そう、ブラックアウトじゃないことに安堵した。
今、また思考できる直前の状態に戻ってこれた。
『つーか 行くし 逃げるなよ』
というLINEが送られてきてから、通知は止まった。
ちょっとずつ思考が回復してきて、あれ? 俺って佐藤さんに家の住所言ったっけ? でもまあ井原先生から聞いていてもおかしくないか、と思った時に、玄関のチャイムが鳴った。
俺はふらふらとふらつきながらも、玄関のドアを開けると、そこにビニール袋を持った佐藤さんが立っていて、
「ゴメン、お土産は家から持ってきたもんで、というか上がっていいよね?」
とどこか上目遣いでそう言ってきたので、俺はもう入れるしかなかった。
そのまま俺の部屋へ入ると、佐藤さんが優しい面持ちで、
「何か綺麗にしてんね」
と言いながら、迷わずベッドに座って、ちょっと、とは一瞬思った。
「んっ」
と言ってビニール袋をまだ立っている俺に渡してきたので、ノートパソコンのある机に置きながらも、中を覗くと、そこにポテトチップスが二袋入っていた。
「いいのに、こんなお土産」
「いやこういうのなきゃ盛り上がらなくね?」
「盛り上がるというか盛り上がらなくていいだろ、盛り上がらないだろうし、俺と佐藤さんじゃ」
「めっちゃ盛り上がるに決まってるし」
と言いながらバンザイしつつ、ベッドに背中から倒れ込んだ佐藤さん。
いや、
「何か、そんな楽にしていいとも言っていないけども」
「別にいいし、ベッドも綺麗そうだし。ポケモンのぬいぐるみ持ってるなら言えし、映えるし」
「ポケモンのぬいぐるみは本当に別にどうでもいいだろ」
「というか」
と佐藤さんは上体を起こす時に俺のヌメスラ(ポケモンのぬいぐるみ)を持って、お腹のところに置きながら、こう続けた。
「何かさっきゴメンね、良くないイジリしたみたいだし」
思い出して「うっ」となりかけたというか、ハッキリ「うっ」と言ってしまったところで、
「何かトラウマ? あーしで良かったら話聞くし。話したらスッキリするとかあるって言うし」
俺は自分が思っている以上につらつらと喋り出した。
きっと吐き出したかったんだと思う。それにオナニー日記なんて送っている仲だ、今更どうってことないという気持ちもあったんだろう。
「俺、AV怖いって前に書いたじゃん」
「うん、覚えてる」
「昔、俺の幼馴染というか、三歳上のお姉さんが男子からイジメられていて。その男子の顔や言動を思い出してしまうと、もう男性が怖くてさ」
「そうなんだっ」
と明るく振る舞っているような返事だったけども、ちゃんと真剣に聞いているというような声で、俺はそのまま続けることにした。
「で、さっきのLINEでそのことを思い出して。自分でシコっておいて、そういう男子側の表情を思い出してしまうなんて滑稽だよな」
「そんなことないよ、全然変じゃないし。というかそっか、益岡が酷いことされたって話じゃないんだ」
「俺は何もできなかった側だよ」
「でもそれは当然じゃん、三歳上の男子ってことでしょ? 何歳の話か分からないけども、今の年齢だとしても高一から大学生の男子の行動を止めるって無理だし」
「小学三年生の時かな」
「小三が小六に喧嘩売るの無理ゲだし」
「そうなんだけどもさ……何か……」
俯きながら、床に座った俺。
あっ、でもパンツ見えるかもしんないし、イスに座るかと思って移動しようとすると、佐藤さんはヌメスラをベッドに置いてから、床に座ってきて、俺に両手を伸ばしてきて、
「特別だよ、ハグしてあげるし」
「いや、いいよ。ほら、オナニーしたあとって体クサくなってるし」
「全然クサくないし、益岡だからいいし」
「いいって」
と拒否しながら、俺はイスに座ると、佐藤さんは何故か本気で不満な表情になった。
別に、そんな、ハグしたいということも無いだろうに、何でそんな顔に、と思いながら、
「まああと言うと、池橋栄子って俺がよくシコる子いるじゃん」
「というか今のところ全部そうだし」
「その子が何かその、イジメられていた女子に似ているんだよ。顔だけじゃなくて声とかも」
「へぇー、だからその子でシコっちゃうって感じなんだ、ちょっとキモイしぃっ」
と言葉とは裏腹に優しく笑った佐藤さんに、ちょっとだけドギマギしてしまい、俺はイスを回して顔を背けると、
「照れてる顔、見せてよ」
と言いながら立ち上がってイスのほうへ来たその時だった。
「精子クッサ、そこのゴミ箱に捨てたんだ」
そう言って、そのゴミ箱に顔を近付けてきたので、俺は慌てて、佐藤さんの両肩を掴んで、
「嗅ぐのはおかしいだろ!」
「滑るから?」
「廊下のヤツみたいに言うな!」
「何か気になっただけだし」
「もう匂いがきた時点でいいだろ! それも全然良くないし!」
佐藤さんは歩いてまたベッドに座って、ヌメスラをいい子いい子してから、元の位置に戻した。
俺が何か言わないといけない空気になったので、
「まあ今日は来てくれて有難う。ちょっとは心軽くなったわ」
「なら良かったし!」
とサムズアップした佐藤さん。
俺はただの奴隷なのに何でこんなことまでしてくれるのか不明だけども、でも、これは言わないといけない気がする。
「今日は本当に有難うございます」
そう頭を下げると、佐藤さんは首をブンブン横に振って、
「いいし! 別にそういうの!」
「いやでも主従関係あるし、俺も奴隷って」
「今はそういうのいいし! とにかくもう帰るから!」
そう何かいそいそと立ち上がり、ドアを開けて、振り返ってバイバイしてきたので、俺も手を振り返すと、
「今のはヌメスラちゃんに手を振っただけだし!」
と言って走って階段を降りて、そのまま帰っていった。
急に急にいなくなったな、と思いつつも、何か良い意味であっさり帰ってくれて良かったとも思った。
今は鑑賞会したいテンションでも無いし。
というか精子の匂いを嗅ごうとしたヤツはマジで何なんだ。
匂いを嗅ぐと言えば、廊下のアレだけども、でも、匂い、そう言えば、あれって、と思って俺はノートパソコンを立ち上げて、少し調べ物をし始めた。
・【11 事件5.廊下で転ぶ人・事件編】
・
「ここのクラスか」
という声と共に、クラスメイトたちがざわついている。
というか黄色い声援もワッと上がった。
一体なんなんだと思って、ノートから目を、入り口のほうへ向けると、そこには朝日会長がいた。
さっきの黄色い声援は朝日会長へのモノだったんだ。本当に女性人気高いんだなぁ……否、同性からも信頼が厚いことも聞いたことあるけども。
俺と目が合った朝日会長はこっちに手を振りながら、
「益岡くん。あと佐藤さんも。ちょっとした事件が起きているんだ、力を貸してほしい」
と言って近付いてきた。
でもちょうど今、佐藤さんは教室の中にいないみたいで、俺は人見知り……否、男性不信が発動してしまった。
「あ、ども……」
「佐藤さんはどこか別の場所かな、まあいいか、益岡くん、早速来てほしいんだ」
「佐藤さんにLINEっ」
「まあ後で内容を知らせればいいじゃないか、朝の時間は意外と短いからさ」
俺は俯いて黙ってしまった。
こんなんしていいわけじゃないことはよく分かっているんだけども、どうしても、特に年上の男子というものが無理で。
いや分かっている。朝日会長はあんな連中とは違うとは思う。でも俺は、どうしても男性が苦手なんだ。
「……もしかすると人見知り? 佐藤さんいないとダメ的な」
本当はそうじゃないけども、小さく頷いた俺に朝日会長は、冗談っぽさ強めな感じで唇をムスッとさせてから、
「僕には慣れてくれてもいいのにな。全校集会の時に喋ってもいるのに。ほら、テレビの中の人物に親しみを持ってしまう、みたいにさ」
と明るい声で言ってくれていることは本当に有難いんだけども、でもまだあのトラウマが脳裏に残っていて、と思ったところで佐藤さんの声がした。
「益岡と朝日会長のBL?」
即座に朝日会長が、
「薄い本始めてないよっ」
と優しくツッコんだ。
やっと息ができるといった感じに俺は、
「佐藤さん」
と声を出したところで、朝日会長が、
「ちょうどいいところに来てくれた。今、一階の廊下でちょっとした事件が発生していて、現場検証に来てほしいんだ。佐藤さんと益岡くんに」
佐藤さんは明らかに弾んだ声で、
「いいっすね! また内申点上げ時じゃないっすか! 益岡も行くし!」
「あ、あぁ……」
と急に俺が元気になるのも恥ずかしいので、重い腰を上げたみたいな演技をしつつ、立ち上がると、朝日会長がおもむろに、
「仲良いんだな、二人とも」
と笑顔でそう言うと、佐藤さんは満面の笑みって感じで、
「そうっすね! 仲最高だし!」
と答えていた。本当は主従関係なんだけどなぁ、まあいいか、奴隷の説明したくないし。
俺たちの高校は三年生が一階で、一年生が三階なので、階段をくだっていくことになる。
まだ予鈴までは時間があるけども、早く行かなければと早足になっていると、朝日会長が、
「廊下は走っちゃダメだぞー」
すると佐藤さんが、
「ホント益岡は謎解きに対してサルのようにがっつくんだしぃ」
と言って、サルとかがっつくとかやめてくれと思った。
というかさっきまで全然がっつけていなかったんだから、マジで恥ずかしい。朝日会長と二人きりじゃ全然喋られなかったんだから。
とはいえ、朝日会長もちょっと早めに階段を降りて、廊下にやって来た。
すると村上副会長が廊下の中央に立っていて、朝日会長が村上副会長へ、
「連れてきたぞー」
と手を挙げると、村上副会長が冷たい声で、
「別に必要無いですけどね」
と言い放って、いっつも感じ悪い人だなぁ、と思った。朝日会長はあの昼休みの時に良い人そうとは思ったけども。
朝日会長が村上副会長の立っている場所まで行き、そこの床を足で擦りながら、こう言った。
「何か、滑るらしいんだわ。さっきも走っていた男子が転んだみたいで。まあ今は全然ぬるぬるとかもしていないんだけども」
すると佐藤さんが矢継ぎ早にしゃがんだところで村上副会長が反射で、
「ちょっと、パンツ」
と言ったんだけども、佐藤さんは別にって感じで、
「見せパンなんで」
と答えてから、
「いや無臭っすねぇ」
と床にめっちゃ顔を近付けて嗅いでいる。
俺も一応嗅いでみようと思って、顔を近付けていると、座った場所が悪かったみたいで、佐藤さんの顔とめっちゃ近くになってしまい、
「あっ、ゴメンっ」
と顔を咄嗟に後退させながら、なんとなしに上を見ると、村上副会長のスカートの中が見えそうになって、
「わぁあああああ!」
って自分で全部やっているくせに叫んでしまうと、
「ちょっ! この子! 私のスカートの中を!」
と声を荒らげながら、(多分、村上副会長が)しゃがんでいる俺の腰を蹴ってきて、思いのほかそれが強くて、また佐藤さん側に転がってしまい、床を嗅いでいる佐藤さんと目が合って、
「何してんの、ウケるし」
とやたら冷静に言われてしまって、めっちゃ恥ずかしかった。
朝日会長は堪えていたモノが決壊するように笑って、
「アハハハハ! 益岡くんは面白いねぇ! で! 結局無臭だったってこと?」
正直俺の鼻には佐藤さんの柑橘系の香水の香りが入ってきて、よく分かんないけども、一応、
「無臭です」
とは答えておいた。
佐藤さんも俺も立ち上がり、佐藤さんは、
「全然無臭っすね、少なくてもクサくはないっす」
と答えた。まあ無臭なんだろう、多分。
村上副会長は頬を赤らめながら、
「こんなアホな連中はほっときます」
と言ってそのまま多分自分の教室に戻りかけたので、
「すみませんでした! でもわざとじゃないです! 本当に申し訳御座いませんでした!」
とデカい声を上げて、頭を下げた。
ずっと頭を下げていたので分からなかったけども、朝日会長が俺の背中を優しく叩きながら、
「チラリと頭下げてるとこ今見たから多分大丈夫だよ、村上はアホじゃないから通じてるよ」
俺は頭を上げたわけだけども、正直そのまま顔を隠したかった。
というかせっかく三年生のところまで来ているので、証言も聞きたい。
というわけで、
「どういう感じに転んだという話ですか?」
「最近多いんだけどもね、とにかく走ってる連中が転ぶんだ。まあ廊下走るの男子しかいないし、男子だけだね」
ここで佐藤さんがカットインしてきて、
「女子が床にぬめりを感じたことはないんっすか?」
「何か一人や二人、あったみたいなことを言っていたなぁ。でもまあ転ばなかったみたいな」
「体幹が良いんっすかね」
「それよりも走っている状態じゃないと、さすがに転ばないみたいなところかな。歩いていれば転ばない程度のぬめりなのかな、っていう」
朝日会長が知っている情報はそんなところで、情報収集はそんな感じで終わった。
ちょうど予鈴のチャイムが鳴ったので、俺と佐藤さんは早足で自分たちの教室に戻った。
一応今日の放課後、改めて朝日会長と情報収集するという約束をしてから。
授業&授業で、昼休みは普通に自主勉をして、また授業を通り越して放課後になった。
俺と佐藤さんは二人で一階へ行くと、朝日会長が廊下に立って、待っていてくれた。
佐藤さんが、
「つーか村上副会長は?」
それに対して朝日会長が、
「村上は実家の神社の手伝いとかあるから、一緒にできないってさ」
俺はなんとなく、俺のせいなのでは、と思って俯いてしまうと、察したのだろう、朝日会長が、
「全然、そのあと僕もフォローしたし、そういうのは大丈夫だと思うよ。安心して」
優しい笑顔を俺に向けてくれたんだけども、その笑顔も嘘の笑顔なんじゃないかなと疑心暗鬼になってしまい、つい目を背けてしまった。
すると朝日会長は唇を尖らせてから、こう言った。
「益岡くんが今までどんな男子と一緒にいたかは分からないけども、僕と関わってくれるなら後悔させないよ」
最初はコメディタッチな声だったけども、どんどん真面目なトーンになって、最後は真剣な瞳でそう言った朝日会長。
そうだよ、きっとそうだ、朝日会長はあんな連中とは違うんだ、でも、でも、でも。
すると佐藤さんが急に柏手一発叩いてから、
「まっ! 現場検証いきますか! 朝日会長、廊下の真ん中に立ってるということはまたそこで転んだ案件があって、誰もこれ以上通らないように突っ立っているんっすよね?」
「御名答、佐藤さんも鋭いんだな」
「あーしと益岡は二人で一つなんでっ、じゃあ匂い嗅ぎまーす」
と言ってまたしゃがんだ佐藤さん。普通にパンツ見えたけども、見えたけども、見せパンって男子にとってはどっちにしろパンツだから興奮するんだよな。
「やっぱ無臭だし」
「だよね、僕も嗅いだけども無臭だったよ」
じゃあ俺はもう嗅がなくていいや、と思っていると、何か黒いカスというか、でも何か濃淡のある、変な黒いもみ殻みたいなモノが近くに落ちていることに気付いた。
「このゴミカス、何ですかね」
と俺もしゃがんで指差すと、朝日会長が上から覗き込んできて、
「それは普通にゴミじゃないかな」
「でも今日の朝もそう言えば近くにあったような気がします」
佐藤さんは中腰になって、
「普通に消しゴムのカスじゃね?」
俺は思い切って触ってみると、
「何か硬い、木の皮?」
すると朝日会長が、
「でもここ一階だから、普通に玄関から風で木屑が運ばれてくる時あるしなぁ。そういうゴミじゃない? あと手を洗ったほうがいいよ」
と”水飲み場にどうぞ”って感じに手を差し出したので、すぐに手を洗いに行くことにした。
戻ってくると佐藤さんが、
「というかそういうのすぐ触れるのすごいし」
朝日会長も、
「僕もそういうのは苦手だからなぁ」
と頷いて感心しているようだった。
その感心に裏は無く、本当に“君は研究熱心だね”という感じだった。
分かってる、分かってるって、朝日会長に裏は無い。俺をバカにする意図なんてない。でもまだ、何か、ダメなんだ。
その後、まだ教室に残っている人たちから証言を聞いて回った。
「つい走っちゃったら転んだんだよな」
「二人同時でコケた時は笑ったよな」
「そもそもあたしは滑ったこともないです」
「走る男子が悪くね?」
「村上ちゃんが走るなって言うんだから走らなきゃいいのに」
「あと斎藤ちゃんが廊下の呪いとかしていて一時期話題になったな」
「斎藤ちゃんって親がラブホテル経営なんだよね」
「おれ、お世話になったことあるし」
「うわサイテー、今そういう話してないじゃん」
「というか男子あんま人の話聞かないし」
「斎藤ちゃんのラブホ話はめっちゃ聞くけども」
「どうでもいいし、オマエ転んでケガしろ」
「おれは三度転んだ、おれは」
「バカじゃね?」
「なんか、滑った感じはあるんだけどもなぁ」
まあこんなところか。
結局今日は答えが出ず、明日の放課後もまた事件を調べることにしようと朝日会長と約束して、それぞれ家路に着いた。
さて、夕方のこの時刻、まあオナニーだなぁ。
今日は変なゴミカスを触ったので、いつもより念入りに手を洗って、アルコール消毒をしてからオナニーを始めた。
でもつい早くオナニーしたさ過ぎて、アルコール消毒のアルコールがちょっと手に残った状態だったらしくて、チンコにちょっとだけ染みたけども、その染みた加減もちょっと気持ちが良い。
俺はドMだったんだな、と思いながら、池橋栄子の動画を見始めた。
身体にローションを塗るシーン。
このローションってあえて白色なんだよな、と思いながらシコる。
別に透明のローションでもいいのに、あえて白色にして、ハッキリ脳内で描写してしまえば精子色にして、そのイメージも重ねて。
きめ細かい池橋栄子の肌に白いローションがまず掛かり、それをゆっくり指で伸ばしていく。
その指先まで所作が美しいというか艶っぽいというか、頭をカラッポにしてしまえばエロい。
シコる手はどんどん早くなっていく。もうこれでもかってくらいに白いローションを塗っていく。
これは、もう、妄想が捗る、と思って、シーンが終わりかけたらまた巻き戻して、ずっと白いローションのシーンでシコっていた。
果てたところで、オナニー日記を書かないと、と、もはやただの日課のように、自尊心はもうすり減らなくなっていた。
むしろその後の、佐藤さんとのやり取りに興奮するくらいだ。
『池橋栄子が白いローションを身体に塗りたくるシーンで射精しました』
すぐさま佐藤さんからの既読と返信が送られてきた。
『自分の精子も塗りたくってほしかった?』
その時だった。
突然あの日の言葉がフラッシュバックしてきた。
そう、イジメられていた幼馴染があの男子たちに言われていた「俺たちの精子で遊べよ」が。
俺は拳というか全身が震えてきて、何もできないというか、もはや呼吸すらできなくなってきた。
というかそうじゃん、池橋栄子の動画ってそういう、疑似が多いじゃん。
今更それの何なんだよ。
まさか急に思い出すなんて。
男性のおぞましさを。
こんなん、俺が男優のAVじゃん。
男性はいつも女子に対してあんな表情で迫ってきていて……ダメだ、このままブラックアウトしそう、と思ったその時だった。
LINEの通知音が聞こえたので、なんとか目をやると、前の伝言は佐藤さんが削除していて、
『どしたん? 大丈夫?』
ときていた。
前の文字が無くなったことにより、幾分楽になった俺は、
『大丈夫。何でもない』
と送ったんだけども、即座に佐藤さんから、
『気になる 今から益岡の家行っていい?』
俺は脳内が真っ白になった。
そう、ブラックアウトじゃないことに安堵した。
今、また思考できる直前の状態に戻ってこれた。
『つーか 行くし 逃げるなよ』
というLINEが送られてきてから、通知は止まった。
ちょっとずつ思考が回復してきて、あれ? 俺って佐藤さんに家の住所言ったっけ? でもまあ井原先生から聞いていてもおかしくないか、と思った時に、玄関のチャイムが鳴った。
俺はふらふらとふらつきながらも、玄関のドアを開けると、そこにビニール袋を持った佐藤さんが立っていて、
「ゴメン、お土産は家から持ってきたもんで、というか上がっていいよね?」
とどこか上目遣いでそう言ってきたので、俺はもう入れるしかなかった。
そのまま俺の部屋へ入ると、佐藤さんが優しい面持ちで、
「何か綺麗にしてんね」
と言いながら、迷わずベッドに座って、ちょっと、とは一瞬思った。
「んっ」
と言ってビニール袋をまだ立っている俺に渡してきたので、ノートパソコンのある机に置きながらも、中を覗くと、そこにポテトチップスが二袋入っていた。
「いいのに、こんなお土産」
「いやこういうのなきゃ盛り上がらなくね?」
「盛り上がるというか盛り上がらなくていいだろ、盛り上がらないだろうし、俺と佐藤さんじゃ」
「めっちゃ盛り上がるに決まってるし」
と言いながらバンザイしつつ、ベッドに背中から倒れ込んだ佐藤さん。
いや、
「何か、そんな楽にしていいとも言っていないけども」
「別にいいし、ベッドも綺麗そうだし。ポケモンのぬいぐるみ持ってるなら言えし、映えるし」
「ポケモンのぬいぐるみは本当に別にどうでもいいだろ」
「というか」
と佐藤さんは上体を起こす時に俺のヌメスラ(ポケモンのぬいぐるみ)を持って、お腹のところに置きながら、こう続けた。
「何かさっきゴメンね、良くないイジリしたみたいだし」
思い出して「うっ」となりかけたというか、ハッキリ「うっ」と言ってしまったところで、
「何かトラウマ? あーしで良かったら話聞くし。話したらスッキリするとかあるって言うし」
俺は自分が思っている以上につらつらと喋り出した。
きっと吐き出したかったんだと思う。それにオナニー日記なんて送っている仲だ、今更どうってことないという気持ちもあったんだろう。
「俺、AV怖いって前に書いたじゃん」
「うん、覚えてる」
「昔、俺の幼馴染というか、三歳上のお姉さんが男子からイジメられていて。その男子の顔や言動を思い出してしまうと、もう男性が怖くてさ」
「そうなんだっ」
と明るく振る舞っているような返事だったけども、ちゃんと真剣に聞いているというような声で、俺はそのまま続けることにした。
「で、さっきのLINEでそのことを思い出して。自分でシコっておいて、そういう男子側の表情を思い出してしまうなんて滑稽だよな」
「そんなことないよ、全然変じゃないし。というかそっか、益岡が酷いことされたって話じゃないんだ」
「俺は何もできなかった側だよ」
「でもそれは当然じゃん、三歳上の男子ってことでしょ? 何歳の話か分からないけども、今の年齢だとしても高一から大学生の男子の行動を止めるって無理だし」
「小学三年生の時かな」
「小三が小六に喧嘩売るの無理ゲだし」
「そうなんだけどもさ……何か……」
俯きながら、床に座った俺。
あっ、でもパンツ見えるかもしんないし、イスに座るかと思って移動しようとすると、佐藤さんはヌメスラをベッドに置いてから、床に座ってきて、俺に両手を伸ばしてきて、
「特別だよ、ハグしてあげるし」
「いや、いいよ。ほら、オナニーしたあとって体クサくなってるし」
「全然クサくないし、益岡だからいいし」
「いいって」
と拒否しながら、俺はイスに座ると、佐藤さんは何故か本気で不満な表情になった。
別に、そんな、ハグしたいということも無いだろうに、何でそんな顔に、と思いながら、
「まああと言うと、池橋栄子って俺がよくシコる子いるじゃん」
「というか今のところ全部そうだし」
「その子が何かその、イジメられていた女子に似ているんだよ。顔だけじゃなくて声とかも」
「へぇー、だからその子でシコっちゃうって感じなんだ、ちょっとキモイしぃっ」
と言葉とは裏腹に優しく笑った佐藤さんに、ちょっとだけドギマギしてしまい、俺はイスを回して顔を背けると、
「照れてる顔、見せてよ」
と言いながら立ち上がってイスのほうへ来たその時だった。
「精子クッサ、そこのゴミ箱に捨てたんだ」
そう言って、そのゴミ箱に顔を近付けてきたので、俺は慌てて、佐藤さんの両肩を掴んで、
「嗅ぐのはおかしいだろ!」
「滑るから?」
「廊下のヤツみたいに言うな!」
「何か気になっただけだし」
「もう匂いがきた時点でいいだろ! それも全然良くないし!」
佐藤さんは歩いてまたベッドに座って、ヌメスラをいい子いい子してから、元の位置に戻した。
俺が何か言わないといけない空気になったので、
「まあ今日は来てくれて有難う。ちょっとは心軽くなったわ」
「なら良かったし!」
とサムズアップした佐藤さん。
俺はただの奴隷なのに何でこんなことまでしてくれるのか不明だけども、でも、これは言わないといけない気がする。
「今日は本当に有難うございます」
そう頭を下げると、佐藤さんは首をブンブン横に振って、
「いいし! 別にそういうの!」
「いやでも主従関係あるし、俺も奴隷って」
「今はそういうのいいし! とにかくもう帰るから!」
そう何かいそいそと立ち上がり、ドアを開けて、振り返ってバイバイしてきたので、俺も手を振り返すと、
「今のはヌメスラちゃんに手を振っただけだし!」
と言って走って階段を降りて、そのまま帰っていった。
急に急にいなくなったな、と思いつつも、何か良い意味であっさり帰ってくれて良かったとも思った。
今は鑑賞会したいテンションでも無いし。
というか精子の匂いを嗅ごうとしたヤツはマジで何なんだ。
匂いを嗅ぐと言えば、廊下のアレだけども、でも、匂い、そう言えば、あれって、と思って俺はノートパソコンを立ち上げて、少し調べ物をし始めた。