放課後、学校をあとにした私達は駅前にあるカラオケで少しばかり時間を潰してから陸斗の家に向かった。閑静な住宅街の中でも、一際目立つ建物が陸斗の家だった。聞くところによると、陸斗のお父さんはこの辺りで開業医をしているらしい。黒と白を基調とした、コンクリートが剥き出しになっているようなおしゃれなデザインの家で、玄関はガラス張りになっている為に外からでもその広さは分かった。
「翔太、ナビ頼むわ」
陸斗のご両親の、これまた高そうな車に乗り込んだ私達は、風を切り裂き、夜を泳ぐようにして進み続けた。助手席には翔太が、後部座席には私と由奈が、運転は陸斗がしてくれている。
「とりあえず二キロくらい直進して左折みたいだね」
「おっけ」
窓の向こうでは煌びやかな町が、夜の中で煌々とひかりを放っていた。全ての輪郭があやふやになる夜のもたらす闇の中で、遠目にみても高いビル群が空の高さを教えてくれる。東京は昼と夜でまるで別の街に迷い込んでしまったのかと錯覚する程に姿を変える。
一時間程車を走らせた頃には、次第に山が深くなっていった。それまでみえていた煌びやかな街のひかりも遠のいていき、街灯も少ないかせいか車の外は闇が満ちていた。
「なんか夜の森って怖いね」
由奈がぽつりと呟く。
「そうか? この辺はまだましだろう。奥多摩とかその辺まで行くと夜はまじで真っ暗だぞ」
陸斗がハンドルを右に切ると、身体が少しばかり浮かび上がったような感覚になる。車は何度もカーブを曲がり、山道を登っていく。心做しか車のスピードが次第にあがっている気がした。カーブに差し掛かっても、それ程徐行もしていない。
「ねぇ陸斗、安全運転でお願いね」
思わず声をかける。
「分かってるよ。でも、ほら家出るのちょっと遅かったから流星群がくるまでに展望台に着くように間に合わせないとな」
「でも事故ったらやばいしスピードは落としてよ?」
今度は由奈が声をかける。
「分かりましたよ。スピードね」
そうは言ったが、車のスピードが一向に落ちている気配がなかった。窓の向こうに広がる深い森や闇に目を向け続けていたのも相まってか、途端に怖くなった。思わず、由奈の手を握った。
「陸斗、沙結が怖がってるからほんとにスピード落としてあげて」
「分かってるよ」
「陸斗っ! まじで危ないってって言ってんの」
由奈が声を張り上げた。車内の空気が一瞬にして張り詰めたものになり、陸斗がぽつりと「ごめん、悪かった」と口にし微かに車のスピードが落ちた時だった。それまで黙っていた翔太が「あっ」と声をあげた。
「星雲だ。凄いよ」
翔太が持ち上げた指の先をみて、私は息を呑んだ。無数の星たちが瞬く夜空が、青や紫、それから赤や黄色の、霧状の光り輝く何かに染められていた。それはただ美しいという言葉では形容出来ない程に美しく、私は目を離すことが出来なかった。夜空がひかりを纏っていたのだ。
星雲は、宇宙を漂う塵やガスが集まって光り輝く雲のようにみえるから星雲と言うんだよ、と翔太が教えてくれた。こんな風に肉眼でみれることは滅多にないということも。星の雲と書いて星雲。その夜空を彩る星雲があまりに美しくて、私達全員の目を奪った。運転していた陸斗の目も同様だった。それは、一瞬の出来事だった。けれど、その一瞬の油断が私達全員の命を奪ってしまった。陸斗はたぶん、ハンドルを握ったまま腰を屈めて星雲をみていたのだと思う。
「危ない!!」
誰かが叫んだ。車のライトが照らし出す少し先にはガードレールがみえたのだ。あれが、誰の声だったのかは分からない。だが陸斗は確かにその声に瞬時に反応し、身体を起こした。咄嗟のことできっとブレーキとアクセルを踏み間違えたのだと思う。車はぐんぐんと加速し、ガードレールを突き破った。途端に内臓が内からせりあがってくるような、これまで経験したことのない浮遊感に襲われ、私達の乗る車は真っ逆さまに山の崖から落ちていった。闇の中、由奈の、翔太の、陸斗の、そして私自身の叫び声が鼓膜を引き裂く程の声量で車内に響き渡っていた。一秒、二秒、三秒。いや、もっと長かったかもしれない。私達は、ずっと叫び続けていた。けれど、始まりが一緒なら、終わりも一緒だった。車が地面に接し原型を失う程に潰れた頃には、誰も声を上げていなかった。
「翔太、ナビ頼むわ」
陸斗のご両親の、これまた高そうな車に乗り込んだ私達は、風を切り裂き、夜を泳ぐようにして進み続けた。助手席には翔太が、後部座席には私と由奈が、運転は陸斗がしてくれている。
「とりあえず二キロくらい直進して左折みたいだね」
「おっけ」
窓の向こうでは煌びやかな町が、夜の中で煌々とひかりを放っていた。全ての輪郭があやふやになる夜のもたらす闇の中で、遠目にみても高いビル群が空の高さを教えてくれる。東京は昼と夜でまるで別の街に迷い込んでしまったのかと錯覚する程に姿を変える。
一時間程車を走らせた頃には、次第に山が深くなっていった。それまでみえていた煌びやかな街のひかりも遠のいていき、街灯も少ないかせいか車の外は闇が満ちていた。
「なんか夜の森って怖いね」
由奈がぽつりと呟く。
「そうか? この辺はまだましだろう。奥多摩とかその辺まで行くと夜はまじで真っ暗だぞ」
陸斗がハンドルを右に切ると、身体が少しばかり浮かび上がったような感覚になる。車は何度もカーブを曲がり、山道を登っていく。心做しか車のスピードが次第にあがっている気がした。カーブに差し掛かっても、それ程徐行もしていない。
「ねぇ陸斗、安全運転でお願いね」
思わず声をかける。
「分かってるよ。でも、ほら家出るのちょっと遅かったから流星群がくるまでに展望台に着くように間に合わせないとな」
「でも事故ったらやばいしスピードは落としてよ?」
今度は由奈が声をかける。
「分かりましたよ。スピードね」
そうは言ったが、車のスピードが一向に落ちている気配がなかった。窓の向こうに広がる深い森や闇に目を向け続けていたのも相まってか、途端に怖くなった。思わず、由奈の手を握った。
「陸斗、沙結が怖がってるからほんとにスピード落としてあげて」
「分かってるよ」
「陸斗っ! まじで危ないってって言ってんの」
由奈が声を張り上げた。車内の空気が一瞬にして張り詰めたものになり、陸斗がぽつりと「ごめん、悪かった」と口にし微かに車のスピードが落ちた時だった。それまで黙っていた翔太が「あっ」と声をあげた。
「星雲だ。凄いよ」
翔太が持ち上げた指の先をみて、私は息を呑んだ。無数の星たちが瞬く夜空が、青や紫、それから赤や黄色の、霧状の光り輝く何かに染められていた。それはただ美しいという言葉では形容出来ない程に美しく、私は目を離すことが出来なかった。夜空がひかりを纏っていたのだ。
星雲は、宇宙を漂う塵やガスが集まって光り輝く雲のようにみえるから星雲と言うんだよ、と翔太が教えてくれた。こんな風に肉眼でみれることは滅多にないということも。星の雲と書いて星雲。その夜空を彩る星雲があまりに美しくて、私達全員の目を奪った。運転していた陸斗の目も同様だった。それは、一瞬の出来事だった。けれど、その一瞬の油断が私達全員の命を奪ってしまった。陸斗はたぶん、ハンドルを握ったまま腰を屈めて星雲をみていたのだと思う。
「危ない!!」
誰かが叫んだ。車のライトが照らし出す少し先にはガードレールがみえたのだ。あれが、誰の声だったのかは分からない。だが陸斗は確かにその声に瞬時に反応し、身体を起こした。咄嗟のことできっとブレーキとアクセルを踏み間違えたのだと思う。車はぐんぐんと加速し、ガードレールを突き破った。途端に内臓が内からせりあがってくるような、これまで経験したことのない浮遊感に襲われ、私達の乗る車は真っ逆さまに山の崖から落ちていった。闇の中、由奈の、翔太の、陸斗の、そして私自身の叫び声が鼓膜を引き裂く程の声量で車内に響き渡っていた。一秒、二秒、三秒。いや、もっと長かったかもしれない。私達は、ずっと叫び続けていた。けれど、始まりが一緒なら、終わりも一緒だった。車が地面に接し原型を失う程に潰れた頃には、誰も声を上げていなかった。