あの男性に渡した動画が放送されたのは、その二日後のことだった。その放送日のタイミングに合わせて翔太が使用していたインフルエンサーのアカウントと動画投稿サイトに、私達が作成した動画を投稿した。

 動画をアップすることが出来ているかを確認する為に、ホテルの一室で五人全員でテレビを前にした。由奈がチャンネルを操作し、動画の再生ボタンを押した。

 画面には白い壁を背景に、椅子に座る私達五人が映っている。全員がカメラのレンズを直視する中、私の口元がゆっくりと動いた。

『初めに、この動画をみている皆様にお願いがあります。どうかこの動画を拡散して下さい。今、この画面に映っている私達は、皆様のお力がなければ近日中に殺されてしまうかもしれません。何故私達が殺されてしまうのか、誰に狙われているのか、それは後にお話します。

 私達は今から十六年前に死にました。いえ、それは語弊がありますね。正確には事故と自殺を装い警察の捜査を撹乱し、死を偽装したのです。当時の私達は高校生で、私の隣に座る男性は学校の先生でした。なので、その頃の私達を知っている方は今画面をみながら驚かれていることでしょう。生きているという事実は勿論ですが、私達があの頃から一切年を取っていないからです。

 昨年一部のSNSで騒ぎになりましたが、あの告発された内容は全て事実です。私達は、普通の人間ではありません。天使です。天使は、老いることも死ぬこともありません。

 この世界で生きる全ての生き物には、始まりがあって終わりがありますが、私達はその生き物の(ことわり)から外れており、その事実が世界のバランスが壊しかねないという理由である組織に命を狙われています。その組織の名はequilitus (エクリタス)といって、構成員の名前も顔もその実体も分かりません。ですが、幽霊のようなその組織が実在することは事実です。私達は実際奴らに何度も襲われ、今現在も仲間が囚われています。

 私達はこれまで、天使という存在はこの世界では受け入れられない、受け入れられるはずがない、と本当の自分を隠し、影のように生きてきました。人は知らないものや存在には恐れを抱き、遠ざけようとする生き物です。私達にも普通の人間として過ごしていた時期があるので、その気持ちはよく分かります。だからこそその恐れの対象が自分であるという事実が嫌で、影のように生きるしか無かった。でも、それは間違っていました。世間からみえないものは、世間から消えたところで誰も気づかない。奴らにとっては好都合だったのです。

 これは、私達からの奴らに対する宣戦布告です。元は人間である私達のことを、奴らはまるで地を這う蟻を踏み潰すかのように殺します。そんな人たちには分からないでしょう。人には優しさや思いやりがあり、良心があるということを。私達は今、画面の向こうにいるあなた方のその心を頼りにしています。どうか、少しでも、ほんの少しでも心を動かされた方はこの動画を拡散して下さい。私達が影から日向のある場所で生きるお手伝いをして頂けないでしょうか? これは、私達の存在を無理に認めて欲しいと言ってる訳ではありません。ただ、私達が同じ世界で生きることを受け入れて欲しいのです。

 どうかお願いします。

 私達を、助けて』

 そこで動画は終わった。由奈が「やり遂げたね」とテレビのリモコンを押す。陸斗と翔太はソファに座りながら手を叩きあっている。テレビでも同時に放送されたことにより、あの動画は凄まじい勢いで拡散されているようだった。私と先生は、三人の後ろから立ったまま動画をみていた。

「やりましたね」

 隣に立つ先生に笑みを向けた。

「ええ。でも、これはあくまで計画の第一段階です。これから先、奴らはきっと大きく動き出します。その時が獏さんを救い出す最大のチャンスになるはずです」

 聞きながら、当時のことを思い浮かべていた。海辺にあるコテージで先生はこう言った。

「皆さんは天使ですが、それと同時に人でもあると僕は思っています。誰かのことを想い、助けたい、救ってあげたいというそんな人が持つ良心を、皆さんはまだ失っていませんよね?」

 問い掛けられ、全員が頷いた。

「その心を持つものだけが、訴えかけられる言葉が僕はあると思います。以前、僕たちはSNSに晒され地獄の底に落ちかけたことがありますが、あれは正しい使い方をすれば強大な武器になります。僕たちが天使であることを、これまで経験したこと全てを動画にして公表しましょう。真実を打ち明け、見てくれた方々の良心に訴えかけるんです。それによって奴らがどう出るかは分かりません。僕たちの口を噤む為に殺しに来るのか。大勢の目に晒されかねないと思い拠点を移動させるのか。どちらにせよ、大胆な行動を起こす時はそれだけ痕跡を残す可能性が大いにあります。これは、獏さんの居所を見つけ出す最大のチャンスになるかもしれません」

 あの時に先生が言っていたことが、今まさに現実として起ころうとしている。窓の方へと歩みを進めた先生の背をみながら、凄い人だなと改めて感じた。

「沙結」

 振り返ると、翔太がプラスチック製の容器を手にしていた。

「これ、一階でランチビュッフェやってたから取ってきたんだ。良かったらさ、一緒にそこのベランダで食べない? ほら、俺たちまださすがに外食は出来ないだろうし」

 先生の立つその窓の向こうにはちいさなテーブルと椅子が二つあった。

「いいね。お腹すいたし食べよ」
「何、あんた達デート?」

 私の肩に頭を乗せながら、由奈が翔太に悪戯な笑みを向けている。

「どうせならもっといいとこに連れていってあげなよ」
「うるさいな。今のこの状況じゃそんな訳にはいかないだろ? 大丈夫。少しずつスケールアップしていくつもりだから」

 聞きながら思った。そう、少しずつでいい。天使になる前の人生に戻ることは出来ないだろうけど、私達の歩く先には別の道が続いている。その道を少しずつでいい。なんてことない日々を、そのかけらを拾い集めて幸せだと見出せるように、瞬間瞬間を彩っていこう。

「いいよ。ベランダで食べよ?」

 笑みを向けると、翔太はベランダへと駆け出しテーブルに容器を並べ食事の用意をしてくれた。

「沙結は優しいね」

 由奈が私の耳元で呟く。そんなことないよ、と返すと思いついたかのように「ねぇ、一つ聞いてもいい?」と私の目をみつめてくる。

「なに?」
「あの動画のタイトルってさ、なんであれなの?」
「おかしかった?」
「いや、由奈なら天使って言葉を絶対にタイトルに入れるだろうなって思ったから」

 あの動画のタイトルは私が決めた。この十五年
間、私は天使として生き続けなければならないと、その覚悟を持ち続けなければならない、という重しを自分に課していた。それに気付いたのはこの一年のことだった。自分の本当の名前で五人で久しぶりに生活を共にし、やっと思い出すことが出来た。私は、天使でありながら人間でもあるということを。だから、天使という言葉は入れたくなかった。

 それに、アメリアさんのおかげかもしれないが、私はこの一年で天使を探知する力が飛躍的に伸び、世界に私達のような存在が五十人程いることも分かっていた。彼らはもしかしたら以前の私のように孤独に苛まれているかもしれない。あの動画はそんな彼らに対するメッセージでもあった。動画のタイトルをみただけで私達が話していることは全て真実だと分かるように。あなたは一人じゃないよと伝わるように。

 そんな想いを込めて、あの動画にはこう名付けた。

 『星雲に愛されし私達』と。