「沙結!」

 由奈に呼びかけられ、現実へと意識が舞い戻ってきた。水の揺らぐ音に、金属が破裂するような銃声が鼓膜に触れる。私は空を見上げたまま、涙を流していた。全部。全部、思い出した。

「あいつがこっちに歩いてくる!」

 私は第七の天使じゃない。私は、最初の天使だ。その考えが頭の中で芽吹いた瞬間、声を張り上げた。

「由奈! 伏せて!」

 由奈の作り出した壁の向こうには確かに工藤の姿がみえた。その工藤の落ち窪んだ目を、私は立ち上がり真っ直ぐにみつめた。程なくして重力に導かれるように水の壁が地に打ち付けられる。水飛沫があがり、左肩に痛みが走った。遅れて銃声が鼓膜に触れる。どうでも良かった。人生なんて、終わってしまえばいい。そう思ってた。でも、違う。生きたくても生きれない人がいるのに、健康な身体を持つこの私がそんなことを考えるなんて傲慢だ。不老不死。老いることも死ぬことも出来ないならば、私は生きたくても生きれなかった人の分まで生きてみせる。それこそ傲慢なのかもしれない。私の思い上がりなのかもしれない。

 でも、それの何が悪い。人に目を向けられる範囲に限りがあるなら、両手いっぱいの数しか目を向けられないなら、普通の人たちの何倍も生きられるこの私が、生きたくても生きられなかった人の分まで幸せになってみせる。その想いを、何人でも何十人でも背負って生きてみせる。左手をゆっくりと持ち上げる。それから唸り声をあげた。

 瞬間、地面が次々と捲れ上がっていった。ふわりと浮かび上がり、すぐさま空気に溶けるように灰になって消える。その連鎖が廃工場の中へと音もなく広がっていく。私達に銃を向けてきていた男たちが、工藤の肉体が、その影響を受けるまでにそう時間はかからなかった。銃身の先から指先へ、それから腕を通り左半身、そして右半身と、工藤は一瞬にして灰になって溶けて消えた。その最期を見届けた瞬間、私の意識はぷつりと途切れた。