先生たちの元へと辿り着いたのは、その翌日の夜のことだった。そこは横浜の埠頭にある古びた廃工場で、中に入ると金属製の大きな箱のようなだだっ広い空間が広がっていた。潮風にさらされ続けているせいで至る所に錆が浮いている。
皆は鉄製の階段を登ったところにある二階で、火を囲み身体を寄せ合っていた。その姿をみて、私達はもう二度とホテルに当たり前のように宿泊出来るような普通の生活を送れないのだなと悟り、胸が痛んだ。
翔太の告白によって私がルールを破ったことはあの日にバレている。それに皆を見捨てた。だから、罵倒されても仕方がないと思っていた私を皆は温かく迎え入れてくれた。先生以外は見捨てたことすら知らなかったようだった。無事で良かった、先生が圧倒的な能力で奴らをねじ伏せてくれたんだよ、皆が私を囲むようにして口々に呟いていた。けれど、私は天使の魂に侵されかけているということ、あの手紙は私自身が書いたことが分かったことを告げると、全員の顔が一瞬にして曇った。
先生と陸斗は無言で私の前から立ち去り、由奈は私の頬を打ってから立ち去った。翔太だけがどう声をかけたらいいのか分からないといった様子で立ち尽くしていた為、「翔太も行っていいよ」と無理に笑みを作る。ここには皆に真実を伝える為に来ただけだからと、私は夜が明けたらと皆の元から去るよ、と告げた。
ここに来るまでに時間がかかったのは、それが理由だった。私は皆を裏切った。それに私の中で生き続けるもう一人の私がいつ動き出し、どんな事をするかも分からない。それならば取り返しがつかなくなる前に去った方がいい。この結論に至るまでに丸一日考えた。私はもう、誰にも迷惑をかけたくない。
「沙結、ちょっと話せる?」
廃工場を出てすぐのところには使い古された古びたコンテナが積まれており、そこを抜けた先で海が広がっていた。深夜の海は怖いくらいに静かで、時折船着場に打ち付ける波が微かに波音を立てるくらいだった。二人横並びに座った。頭上には無数の星が瞬いていた。翔太は一瞬だけ私に目を向け、それからすぐに「俺はさ」と夜空へと視線を戻した。
「普通の人生を歩みたくて沙結ではなく母さんを選び、皆を裏切った。最低だった。でも、そんな俺に皆は許しをくれた。だから沙結のことだって」
「翔太は優しいね」
笑みを向けた。
「どうしてそう思うの?」
「今だって私の隣にいてくれるし、それに」
ポケットからぐしゃぐしゃになった紙切れを取り出し、広げて渡す。目を落とした瞬間翔太は、ああ、とつぶやいた。
〈東京には行くな。〉
その紙にはそう書かれていた。
「あの時、翔太は本気で皆を裏切るつもりなんかなかったんじゃない? その紙を私が由奈にみせる可能性だってあったし、それを先生に告げ口される可能性だってあった。そのリスクを負ってまで私にその紙切れを渡してくれた。守りたかったから。そうでしょ?」
問い掛けると、翔太は紙切れを海に投げ入れ、肯定も否定もしないような言葉を返してきた。
「……分からない。あの時の俺は、なにもみえなくなってたから」
「そっか」
「ただ、沙結を守りたかったっていう気持ちだけは覚えてる」
そこで、静寂が降りた。しばらくの間二人で夜の海をぼんやりと眺めた。
「もう遅いから寝よっか」
身体を起こし、翔太の元へと手を差し伸べた。その手がゆっくりと掴まれる。
「分かった。また明日ちゃんと話そう」
「また明日」
笑顔で嘘をついた。電車が動き出す時間になったら、私はこの場所を去る。皆と会うことはもう二度とないだろう。これで、本当のさよならだ。
皆は鉄製の階段を登ったところにある二階で、火を囲み身体を寄せ合っていた。その姿をみて、私達はもう二度とホテルに当たり前のように宿泊出来るような普通の生活を送れないのだなと悟り、胸が痛んだ。
翔太の告白によって私がルールを破ったことはあの日にバレている。それに皆を見捨てた。だから、罵倒されても仕方がないと思っていた私を皆は温かく迎え入れてくれた。先生以外は見捨てたことすら知らなかったようだった。無事で良かった、先生が圧倒的な能力で奴らをねじ伏せてくれたんだよ、皆が私を囲むようにして口々に呟いていた。けれど、私は天使の魂に侵されかけているということ、あの手紙は私自身が書いたことが分かったことを告げると、全員の顔が一瞬にして曇った。
先生と陸斗は無言で私の前から立ち去り、由奈は私の頬を打ってから立ち去った。翔太だけがどう声をかけたらいいのか分からないといった様子で立ち尽くしていた為、「翔太も行っていいよ」と無理に笑みを作る。ここには皆に真実を伝える為に来ただけだからと、私は夜が明けたらと皆の元から去るよ、と告げた。
ここに来るまでに時間がかかったのは、それが理由だった。私は皆を裏切った。それに私の中で生き続けるもう一人の私がいつ動き出し、どんな事をするかも分からない。それならば取り返しがつかなくなる前に去った方がいい。この結論に至るまでに丸一日考えた。私はもう、誰にも迷惑をかけたくない。
「沙結、ちょっと話せる?」
廃工場を出てすぐのところには使い古された古びたコンテナが積まれており、そこを抜けた先で海が広がっていた。深夜の海は怖いくらいに静かで、時折船着場に打ち付ける波が微かに波音を立てるくらいだった。二人横並びに座った。頭上には無数の星が瞬いていた。翔太は一瞬だけ私に目を向け、それからすぐに「俺はさ」と夜空へと視線を戻した。
「普通の人生を歩みたくて沙結ではなく母さんを選び、皆を裏切った。最低だった。でも、そんな俺に皆は許しをくれた。だから沙結のことだって」
「翔太は優しいね」
笑みを向けた。
「どうしてそう思うの?」
「今だって私の隣にいてくれるし、それに」
ポケットからぐしゃぐしゃになった紙切れを取り出し、広げて渡す。目を落とした瞬間翔太は、ああ、とつぶやいた。
〈東京には行くな。〉
その紙にはそう書かれていた。
「あの時、翔太は本気で皆を裏切るつもりなんかなかったんじゃない? その紙を私が由奈にみせる可能性だってあったし、それを先生に告げ口される可能性だってあった。そのリスクを負ってまで私にその紙切れを渡してくれた。守りたかったから。そうでしょ?」
問い掛けると、翔太は紙切れを海に投げ入れ、肯定も否定もしないような言葉を返してきた。
「……分からない。あの時の俺は、なにもみえなくなってたから」
「そっか」
「ただ、沙結を守りたかったっていう気持ちだけは覚えてる」
そこで、静寂が降りた。しばらくの間二人で夜の海をぼんやりと眺めた。
「もう遅いから寝よっか」
身体を起こし、翔太の元へと手を差し伸べた。その手がゆっくりと掴まれる。
「分かった。また明日ちゃんと話そう」
「また明日」
笑顔で嘘をついた。電車が動き出す時間になったら、私はこの場所を去る。皆と会うことはもう二度とないだろう。これで、本当のさよならだ。