女性は綾子さんといった。この町で宗弘さんという旦那さんと二人で花屋を営んでいるとも。私と初めて出会った時、東京からこの町に引っ越してきました、家族も友達もいません、などといった返答を返すばかりで、どう考えても訳ありな少女にみえたはずなのに綾子さんはその日の内に私を店まで連れていき、何かあったらいつでも連絡してきなさい、と電話番号まで交換してくれた。その際は、本名の東堂沙結ではなく、新しい名である佐久間美月という名前で登録してもらった。

 二人のことを親のように思い始めるまでにそう時間は掛からなかった。その頃には綾子さんの営むお花屋さんで働かせて貰っていたことも大きな理由だったかもしれない。

「ねえ、美月ちゃん」

 いつものように気晴らしにお店に顔を出しに行くと、「ちょっとこれ持ってて」と薔薇の花束を手渡された。意味も分からず立ち尽くす私をレジの奥から宗弘さんと綾子さんが眺めてる。それから二人で微笑み合い、「ねえ、私達のところで働いてみない? 美月ちゃんみたいな綺麗な子がお花の傍にいるとその花がより綺麗にみえるの。私達を助けると思ってお願い」と頭を下げられ私は咄嗟に駆け寄っていた。

「私、ここで働かせて貰ってもいいんですか?」

 私からしても願ってもない話だった。新しい土地での仕事を決めかねていたことも理由の一つではあったが、大好きな綾子さんと宗弘さんの元で働けるなんて。腕の中で咲く真っ赤な薔薇からたつ甘い匂いを抱いたまま、ありがとうございます、と頭を下げた。新しい町に、新しい出会い。そんな日々に少しでも早く馴染めるようにと、寂しさを紛らわせられるようにと、毎日忙しくなく過ごしたことで最初の一年はあっという間に過ぎた。