全員の視線が先生に集まっていた。東京の夜景を背にしたまま先生は「残念ですが」と前置きをし、ゆっくりと口を開いた。
「どうやら僕たちの中にユダがいるようです。それを明らかにする為にも全員の携帯をここに置いて下さい」
先生はサイドテーブルに指を指す。それと、とポケットをみせて下さいと言われ、先に中を見せそれから携帯を差し出した。躊躇う者はいなかった。
「なるほど。さすがにそこまで馬鹿じゃありませんね」
全員の携帯を確認してから先生はそう呟いた。LINEや電話の履歴を確認でもしていたのだろうか。
「馬鹿は馬鹿なりに生きていてくれたら楽だったのですが、流石にこればかりは悪知恵が働いたようですね」
薄く笑みを浮かべている。
「IPアドレスって知ってますか?」
問い掛けられ、全員が首を横に振った。
「ネットに接続している機器に割り当てられる識別番号で、まあ言うならばインターネット上の住所のようなみたいなものです。僕は、手紙の件に関しても最初にXに僕たちのことをポストした匿名のアカウントに関しても、ある人物に調べて頂いていました」
私の頭の中には獏さんの顔が浮かんだ。確か、百年程前には何でも屋のようなことをしていたと言っていた。
「まず、手紙に関して言うとあれは郵送された物ではありませんでした。つまり、誰かが自分の足で沙結さんの自宅のポストに投函したことになります。それから考えられる事は、ほぼ間違いなく奴らではないということ。これは沙結さんには既に伝えている事ですが、万が一奴らが沙結さんの住所を押さえていた場合、まず間違いなく奴らに捕まっています。それに、今回の手紙に書かれていた内容から察するに、その人物は沙結さんに限りなく近しい関係だと言うことが分かりました。ここまでで異論のある方はいますか?」
問い掛けられ、全員が首を横に振った。
「次にIPアドレスについてですが、その前に結論から言います。僕は沙結さんに手紙を宛てた人物と最初に僕たちのことをXにポストした人物、それからそれをリポストしたインフルエンサーは全て同一人物だと思っています」
その瞬間、全員の口から声にもならないようなものが零れ落ちた。私自身、手紙を届けてきた人物と最初に私達のことをXにポストした人物は、同じ人間なのではないかと思っていた。私達の全てを知っているうえにあざ笑うかのような手口。読み手に問い掛けてくる文章の構成。それら二つは共通しており、どちらも同時期に起きた事柄だ。同一犯の可能性の方が高い。けれど、まさかインフルエンサーまでが同じ人物だとは思わなかった。
「僕たちのことを最初にポストとした匿名のアカウントとそれをリポストしたインフルエンサーのIPアドレスを辿って貰った結果、直近の投稿に関しては神戸や東京と場所が定まってはいませんでしたが、それより以前のものは岡山県にある基地局を経由していることが分かりました」
「……岡山」
隣に座る由奈がぽつりと呟く。
「ええ。驚いたことに県だけではなく市まで一致していました。この時点で既にその二つのアカウントが同一犯である可能性は極めて高いですが、それらと沙結さんの自宅に手紙を届けた人物が同じであるという決定的な証拠があります」
言いながら胸ポケットから紙切れを取り出した。
「これは、宮崎県にある沙結さんが住んでいた自宅から出てきたものです」
私はその瞬間、ふっと当時のことを思い浮かべていた。先生は私の部屋から私が住んでいた痕跡を消す為にゴミ袋の中へと次々と私の服やバックを放り込んでいった。その際に先生の服の袖の辺りから、ひらり、と何か紙切れが落ちた気がしていたが違った。岡山から宮崎行きの新幹線のチケだった。ただの紙切れだと思っていたものがそれだと分かった瞬間、心臓を掴まれたような心地に駆られた。
「きっとその人物は沙結さんの自宅にまでわざわざ手紙を届け、部屋の中を物色していたのだと思います。だから、沙結さんの服の間に新幹線のチケットが紛れ込んだ。その人物は僕たち天使の秘密や友人間で話した内容を知ってるうえに、岡山に繋がりを持つもの」
人差し指を立て「それに、決定的な証拠がもう一つ」と先生はベッド脇に置かれているホテルの紙にペンを走らせた。
「アナグラムというものがあります。ある言葉や単語の文字を並び替えると、別の意味を持つ言葉や単語へと変わる。まあ、言うならば言葉遊びのようなものです。僕たちが生きているという事実を拡散した人物。確か、佐藤秋穂という名の女性のインフルエンサーでしたね。彼女の名前をローマ字表記に直し、アナグラムを用いるとこうなります」
書き終えたあと、先生はひらりと紙を持ち上げた。
〈 AKIHO SATO
↓
SHOTA AOKI〉
そこにはそう書かれていた。順に配られていた先生の視線がぴたりと止まる。
「翔太くん、君しかいないんです。この十五年間、岡山に潜伏していた君しか」
全員の視線が一斉に集まる中、翔太は薄く笑い両手をひらりと持ち上げた。口を開くまでもなく仕草で認めたようなものだった。翔太の隣に座る由奈が目を見開いた。
「ほんとに翔太なの? 違うなら違うってちゃんと説明」
「俺だよ」
言葉を遮りながら一度そう口にし、私達の間に静寂が降りかけたその中を「俺がやった」とベッドから腰をあげた。私は、しょう、とそこまで名前を言いかけて、やめた。身体が一瞬で熱を持ち始めていた。
「どういうことか説明しろよ!」
声を荒げる陸斗を先生が止めた。その隙に私はゆっくりとベッドから立ち上がり翔太に掴みかかっていた。
「なんで? なんで裏切ったの」
友達だと思ってた。いや、それ以上に思ってた。約束を破られたあの日まで、私は。私は。言いながら何度も翔太の身体を揺する。だが、翔太は顔を俯いたままだった。
「ねえ」
泣きながら、肩を叩いた。
「……なんか言ってよ」
この数年間、翔太に対して抱いていたものがふつふつと私の中から湧き上がってくる。
「どうして私との約束を破ったのよ!」
気付いた時には口から零れ落ちていた。
「えっ、約束って?」という由奈の声が室内に転がり、私の身体は先生にゆっくりと翔太から引き離された。「落ち着いて下さい」と肩に手を添えられる。
「翔太くん、何故僕たちを裏切ったのですか? それ次第では僕は君に然るべき対応を取らなければなりません」
「理由は全てお話します。ここまでバレてしまったんです。今さら嘘を付くつもりはありません。沙結にも、俺が皆を裏切った理由とは別にちゃんと説明するから」
目を向けられ、私は手のひらで涙を拭った。
「先生、皆をベッドに座らせて貰えますか」
私と陸斗は先生に抱えられるようにしてベッドに座り、翔太はそれまで陸斗が座っていたソファチェアに腰を下ろした。私達と向き合うようなかたちになり、翔太と目が合う。
「沙結」
呼び掛けられたその瞬間、私は覚悟を決めた。
「俺が真実を話すという事は、沙結がルールを破った事も」
「うん、分かってる」
そう口にした瞬間、全員から向けられる視線を強く感じたが、構わず続ける。
「翔太、全部話してよ。私だって知りたいの。どうして翔太が私との約束を破ったのか」
頷いた翔太の口元の両端が微かに持ち上がる。何故か穏やかな顔をしていた。ようやく全てを話せることに安堵しているかのようだった。私にはその気持ちがよく分かる。私自身、いつか打ち明けたいと思っていたから。
「まずは十五年前のことから話します」
翔太が話し始めてからというもの、私の瞳は翔太のそれに磁力で引き寄せられているかのように強く結び付けられていた。
「どうやら僕たちの中にユダがいるようです。それを明らかにする為にも全員の携帯をここに置いて下さい」
先生はサイドテーブルに指を指す。それと、とポケットをみせて下さいと言われ、先に中を見せそれから携帯を差し出した。躊躇う者はいなかった。
「なるほど。さすがにそこまで馬鹿じゃありませんね」
全員の携帯を確認してから先生はそう呟いた。LINEや電話の履歴を確認でもしていたのだろうか。
「馬鹿は馬鹿なりに生きていてくれたら楽だったのですが、流石にこればかりは悪知恵が働いたようですね」
薄く笑みを浮かべている。
「IPアドレスって知ってますか?」
問い掛けられ、全員が首を横に振った。
「ネットに接続している機器に割り当てられる識別番号で、まあ言うならばインターネット上の住所のようなみたいなものです。僕は、手紙の件に関しても最初にXに僕たちのことをポストした匿名のアカウントに関しても、ある人物に調べて頂いていました」
私の頭の中には獏さんの顔が浮かんだ。確か、百年程前には何でも屋のようなことをしていたと言っていた。
「まず、手紙に関して言うとあれは郵送された物ではありませんでした。つまり、誰かが自分の足で沙結さんの自宅のポストに投函したことになります。それから考えられる事は、ほぼ間違いなく奴らではないということ。これは沙結さんには既に伝えている事ですが、万が一奴らが沙結さんの住所を押さえていた場合、まず間違いなく奴らに捕まっています。それに、今回の手紙に書かれていた内容から察するに、その人物は沙結さんに限りなく近しい関係だと言うことが分かりました。ここまでで異論のある方はいますか?」
問い掛けられ、全員が首を横に振った。
「次にIPアドレスについてですが、その前に結論から言います。僕は沙結さんに手紙を宛てた人物と最初に僕たちのことをXにポストした人物、それからそれをリポストしたインフルエンサーは全て同一人物だと思っています」
その瞬間、全員の口から声にもならないようなものが零れ落ちた。私自身、手紙を届けてきた人物と最初に私達のことをXにポストした人物は、同じ人間なのではないかと思っていた。私達の全てを知っているうえにあざ笑うかのような手口。読み手に問い掛けてくる文章の構成。それら二つは共通しており、どちらも同時期に起きた事柄だ。同一犯の可能性の方が高い。けれど、まさかインフルエンサーまでが同じ人物だとは思わなかった。
「僕たちのことを最初にポストとした匿名のアカウントとそれをリポストしたインフルエンサーのIPアドレスを辿って貰った結果、直近の投稿に関しては神戸や東京と場所が定まってはいませんでしたが、それより以前のものは岡山県にある基地局を経由していることが分かりました」
「……岡山」
隣に座る由奈がぽつりと呟く。
「ええ。驚いたことに県だけではなく市まで一致していました。この時点で既にその二つのアカウントが同一犯である可能性は極めて高いですが、それらと沙結さんの自宅に手紙を届けた人物が同じであるという決定的な証拠があります」
言いながら胸ポケットから紙切れを取り出した。
「これは、宮崎県にある沙結さんが住んでいた自宅から出てきたものです」
私はその瞬間、ふっと当時のことを思い浮かべていた。先生は私の部屋から私が住んでいた痕跡を消す為にゴミ袋の中へと次々と私の服やバックを放り込んでいった。その際に先生の服の袖の辺りから、ひらり、と何か紙切れが落ちた気がしていたが違った。岡山から宮崎行きの新幹線のチケだった。ただの紙切れだと思っていたものがそれだと分かった瞬間、心臓を掴まれたような心地に駆られた。
「きっとその人物は沙結さんの自宅にまでわざわざ手紙を届け、部屋の中を物色していたのだと思います。だから、沙結さんの服の間に新幹線のチケットが紛れ込んだ。その人物は僕たち天使の秘密や友人間で話した内容を知ってるうえに、岡山に繋がりを持つもの」
人差し指を立て「それに、決定的な証拠がもう一つ」と先生はベッド脇に置かれているホテルの紙にペンを走らせた。
「アナグラムというものがあります。ある言葉や単語の文字を並び替えると、別の意味を持つ言葉や単語へと変わる。まあ、言うならば言葉遊びのようなものです。僕たちが生きているという事実を拡散した人物。確か、佐藤秋穂という名の女性のインフルエンサーでしたね。彼女の名前をローマ字表記に直し、アナグラムを用いるとこうなります」
書き終えたあと、先生はひらりと紙を持ち上げた。
〈 AKIHO SATO
↓
SHOTA AOKI〉
そこにはそう書かれていた。順に配られていた先生の視線がぴたりと止まる。
「翔太くん、君しかいないんです。この十五年間、岡山に潜伏していた君しか」
全員の視線が一斉に集まる中、翔太は薄く笑い両手をひらりと持ち上げた。口を開くまでもなく仕草で認めたようなものだった。翔太の隣に座る由奈が目を見開いた。
「ほんとに翔太なの? 違うなら違うってちゃんと説明」
「俺だよ」
言葉を遮りながら一度そう口にし、私達の間に静寂が降りかけたその中を「俺がやった」とベッドから腰をあげた。私は、しょう、とそこまで名前を言いかけて、やめた。身体が一瞬で熱を持ち始めていた。
「どういうことか説明しろよ!」
声を荒げる陸斗を先生が止めた。その隙に私はゆっくりとベッドから立ち上がり翔太に掴みかかっていた。
「なんで? なんで裏切ったの」
友達だと思ってた。いや、それ以上に思ってた。約束を破られたあの日まで、私は。私は。言いながら何度も翔太の身体を揺する。だが、翔太は顔を俯いたままだった。
「ねえ」
泣きながら、肩を叩いた。
「……なんか言ってよ」
この数年間、翔太に対して抱いていたものがふつふつと私の中から湧き上がってくる。
「どうして私との約束を破ったのよ!」
気付いた時には口から零れ落ちていた。
「えっ、約束って?」という由奈の声が室内に転がり、私の身体は先生にゆっくりと翔太から引き離された。「落ち着いて下さい」と肩に手を添えられる。
「翔太くん、何故僕たちを裏切ったのですか? それ次第では僕は君に然るべき対応を取らなければなりません」
「理由は全てお話します。ここまでバレてしまったんです。今さら嘘を付くつもりはありません。沙結にも、俺が皆を裏切った理由とは別にちゃんと説明するから」
目を向けられ、私は手のひらで涙を拭った。
「先生、皆をベッドに座らせて貰えますか」
私と陸斗は先生に抱えられるようにしてベッドに座り、翔太はそれまで陸斗が座っていたソファチェアに腰を下ろした。私達と向き合うようなかたちになり、翔太と目が合う。
「沙結」
呼び掛けられたその瞬間、私は覚悟を決めた。
「俺が真実を話すという事は、沙結がルールを破った事も」
「うん、分かってる」
そう口にした瞬間、全員から向けられる視線を強く感じたが、構わず続ける。
「翔太、全部話してよ。私だって知りたいの。どうして翔太が私との約束を破ったのか」
頷いた翔太の口元の両端が微かに持ち上がる。何故か穏やかな顔をしていた。ようやく全てを話せることに安堵しているかのようだった。私にはその気持ちがよく分かる。私自身、いつか打ち明けたいと思っていたから。
「まずは十五年前のことから話します」
翔太が話し始めてからというもの、私の瞳は翔太のそれに磁力で引き寄せられているかのように強く結び付けられていた。