時々、孤独が引き連れてくる夢をみる。私の周りにはもう誰もいない。私は一人だ。そんなことを胸に痛みを覚えながら眠りにつくと、私は決まってその夢に辿り着く。

 空が鼠色に染まってる。ぷっくりと膨らんだ垂れ下がった雲の下を、誰かが歩いている。両脇には大小様々な家が立ち並ぶ民家沿いを、その誰かは真紅の薔薇のような色の傘を持ちながら歩いている。持ち手を掴む手は透き通る程に白く、傘を打つ雨音をまるで初めて聞いたかのように時折足を止め、徐に顔を持ち上げる。きっと耳を澄ませている。空から降り注ぐ雨は地に落ちると弾けて散って、その度に不規則な、けれど心地の良い音を胸の奥底へと届けてくれるから、きっとその誰かは雨が好きなのかもしれなかった。

 通りの向こうから三人の男の子が歩いてくる。同じような背丈の、同じようなランドセルを背負い、長さを切り揃えたみたいな腕の先から伸びる傘の色は等しく黄色だった。すれ違い様、赤と黄色の傘が交差したその瞬間、誰かは声をかける。

「──ねぇ、赤と黄色で紅葉みたいだね」

 女性の声だった。男の子たちを一瞬目を丸くし、それからその奥に怯えが混じった。突然見知らぬ人に声をかけられたのだ、当然のことだろう。けれど、誰かは満足気に微笑んで歩みを進めた。男の子たちの方へと振り返ることも無かった。針のような雨が降る中を、誰かは歩き続けていた。辺り一面には土の匂いが沸き立っており、時折足を止めてはめいいっぱい息を吸い込んだ。やがて、足を止めた。目の前には大きな家がある。一軒家だった。庭先にはもう長い間手入れされていないのか、木々が好き放題に枝葉を伸ばしており、白いコンクリートの壁には(つた)が生い茂っていた。誰かはインターホンを押した。程なくして、消え入りそうな声で「……はい」と声がする。

 その瞬間、誰かはそれまで手にしていた傘をゆっくりと手放した。まるで冬枯れした木から、ひらりゆらりと枯れ葉が舞い落ちていくみたいだった。誰かは薄く微笑み、それから言った。

「──ただいま」と。


*

「沙結さん、出発は今夜にします」

 薄っすらと瞼をあけた私をみて、先生はそう言った。眠っている間にいろいろと決めさせて頂きました、と後から付け足される。昨日由奈と二人で部屋に戻ると、先生は開口一番に「陸斗くんを助けにいくことを決めました」と目に強い光を宿しながら言った。それまでの狼狽としていた面影は一切なく、私達が外に言っている間に一体何が、と疑問に思っていると翔太が説明してくれた。

 私達は陸斗を見捨てるか否かの決断を迫られていた。けれど、こうなってしまった以上は陸斗を見捨てる方がリスクだと、翔太は先生に訴えかけたようだった。私達の顔写真が再びSNSにあげられるのは時間の問題だ。そのうえ、晒されたという事実を知っている私達ならまだしも、それすらしらない陸斗は警戒のしようがない。もし万が一陸斗が生きていることを誰かに気付かれてしまったら、equlitus (エクリタス)にバレてしまったら、そうなってからでは手遅れだ。私達の情報が陸斗からバレてしまう可能性だってあり得る。だから、誰よりも早く陸斗を見つけようという事は昨夜決まった。

 それに、あのアカウントはそもそも百人程度しかフォローがいなかったことが私達にとっては幸いで、いいねが十件程でリポストは三件程しかされていなかった。

「陸斗くんを探すなら今しかありません。僕たちが自由に外を歩ける今しか」

 先生の言葉に全員が頷いた。昨日、私達は生きることを諦めかけていた。不老不死である私達が死ぬことは出来ないけれど、人として生きることを諦めかけていた。だが、翔太の発した言葉によって、私達は再び微かなひかりを見出すことが出来た。まだ、終わってない。まだ、この危機的状況を切り抜けられるかもしれない。それらのちいさな希望が私達を突き動かした。