ルールを破った者には罰を与える。あの日、確かに先生はそう言っていた。だからこそ、先生が陸斗を見捨てるか否かを決めると発言した時もさして驚きはしなかった。私自身、陸斗に会いたい気持ちは勿論あったが、ルールを破ってしまったのなら先生がそう言うのも無理はないと、どこか腑に落ちていたのだと思う。だが、由奈や翔太がみせた反応は私とはまるで違ったものだった。

「……ちょっと待ってよ。見捨てるってどういうこと? 私達、これから東京に行くんだよね。陸斗を探しに行くんじゃないの?」

 由奈の問い掛けに、先生は「いえ、違います」と静かに言った。

「東京には、別の目的の為に向かいます」
「そんな簡単に見捨てるんですか? 確かに……陸斗はルールを破ったかもしれない。でも、僕たちの友達ですよ」

 目の前のテーブルを叩きつけ、声を荒げたのは翔太だった。普段は感情を表に出さない翔太が眉間にシワを寄せ怒りを露わにしている。

 翔太と由奈に一斉に訴えかけられながらも、先生は落ち着きを保っていた。窓の向こうにみえるポートタワーをみながら「君たちは、いつまで子供のままでいるんですか?」と呟いた。

「いくら肉体が十八歳の時から時を止めたままでも、年齢でいえば君たちはもう三十三歳ですよ? 立派な大人だ。その年になってもなお、くだらない友情や情に流されて自らの命を危険にさらすことと、危険をもたらしかねない存在を排除すること、それのどちらが正しい選択なのかも分からないんですか?」
「……なにそれ。そんな理屈だけで通る世界じゃないでしょ?」

 私は一切口を開くことなく皆のやり取りを眺めていたが、唐突に「沙結は? なんでずっと黙ってんの?」と由奈に問い掛けられ、答えに詰まってしまった。

「……分からない」

 短く答えた。そう言うだけで精一杯だった。

「なんで?」
「分から、ないから。答えられない」

 目をみて言った。理屈だけで考えるなら、先生の言うことは正しい。もし私達の存在がバレたら、私達だけではなく家族まで危険にさらされることになる。だから危険を及ぼしかねない存在はその前に切り捨てる。けれど、そもそもの原因を作ったのは私だ。私が誰かに生きていることを知られたから。あの手紙が届いたから。こんな事になってしまった。そう言った意味では、私も排除するべき対象なのかもしれない。だからこそ揺れていた。陸斗だけを追放するのか、あるいは私を含めて二人とも追放するべきなのか。どの選択を選ぶべきなのか私は迷っていた。

「……信じられない。どうしちゃったの? 十五年前の沙結なら、由奈や翔太と同じ意見だったはず。何があんたをそんな人間にしちゃったの?」

 由奈はきっと、私に幻滅したのだと思う。言葉からもその表情からもそれが読み取れた。

「ねぇ沙結」

 腕を掴まれ、ベッドに押し倒された。

「陸斗を探しにいこうよ。なんで沙結までそんなこと言うの」

 由奈の頬を伝った涙が、私の頬を打った。真っ赤に染まった目が、私の瞳の中心を捉えている。

「何があんたをそんなに変えちゃったのよ!」

 私は、変わってしまたのだろうか。確かにこの十五年の間、いろんなことがあった。孤独に苛まれ、身を引き裂かれるような思いもした。けれど、私は一体自分がどんな風に変わってしまったのか分からなかった。私はこの十五年の間どんな人生を歩んでいたのか、自分でもよく分からなかった。物語の始まりと終わりがあるだけの、不完全で歪な小説を読んでいるかのような気分だった。

「なにも、分からないの」

 そう呟いた時には、由奈の顔が昔のテレビの砂嵐のようなざらざらとしたもので染められていった。