第六話
朝。
私は、通学路を歩いていた。
天気は晴れている。
気温はそこまで暑くもなく、寒くもない。
適温という感じだ。
湿度が適切なところも大きいのかもしれない。
私の歩いているのは、自宅から近くの住宅地。
住宅地には、家々が立ち並んでいる。
どれも似たような一軒家だ。
もちろん、私の家もその中の一つなのだけれど。
いつもと同じような道を一人で歩んでいた。
歩きながら、私は昨日のことを思い返していた。
それは、担任の先生から告げられたクラス委員の話だ。
話をまとめると、クラス委員の仕事自体はあまり問題ではない。
もっと言えば、私がクラス委員をすることすら問題ではない。
問題は、藤原カリンだ。
私が、カリンちゃんと上手く付き合うか、ということになる。
たしかに、私はカリンちゃんとは、これまでまともな会話すらしていない。
いつも一人で過ごしている彼女の姿を、遠くから見ていただけ。
どんな性格なのだろうか。
そんなことを考えながら、学校への道を進んでいった。
いろいろと考えながら、道を進んでいると。
周囲には私のような制服をきた生徒たちが見えてきた。
中には自転車で通学している生徒もちらほらと見えた。
同じ学校かはともかく、みんな登校中ということだろう。
私や、ハナちゃん。
そして、ヒナコちゃんは、徒歩で通学している。
家から学校が近いのだから、まあ、当然と言えば当然だ。
しばらくすると、学校の校舎が見えてきた。
ここまで学校に近づいてくると、さすがに周囲は同じ学校の生徒に溢れていた。
みんな三々五々と集まり、楽しそうにおしゃべりをしている。
残念ながら、周囲には知っている子が見えない。
しかし、私も青春真っ只中の集団に溶け込む。
その制服集団の一員となった私は、その風景の一部となる。
そのまま、校門の前まで移動した。
学校の敷地内に入った。
そしてそのまま、昇降口まで進む。
ガヤガヤとした雰囲気の中、私は下駄箱で上履きに履き替える。
そうしていると、いよいよ、今日という一日が始まる気がした。
そのまま、廊下を進んだ。
自分の教室が見えてきた。
教室に入る。
中には、ハナちゃんとヒナコちゃんがすでにいて、何かを話していた。
私は二人に近づく。
「おはよう!アイリちゃん。」
「おはよう。ハナちゃん。」
ハナちゃんが私に気が付いたみたいで話しかけてきた。
「おはよう、アイリ。」
「おはよう。ヒナコちゃん。」
続いて、ヒナコちゃんも話しかけてきた。
「アイリ、いつもどおりなんだな。」
「え?」
「ああ、クラス委員だから早めにくるのかと。」
ヒナコちゃんがそんなことを言った。
「まだ、私。仕事の内容の説明を受けてないのよ。」
「ああ。そういえば、そうだったな。」
私は、そう言った。
「ふーん。」
「これから、具体的な説明があるんじゃないかしら。」
私はどこか他人事のように言った。
「そういうものなのか?」
ヒナコちゃんは首を傾げていたが。
すぐにハナちゃんとの会話へ戻った。
私は、そんな二人を見ながら、自分の机へ向かった。
自分の席。
私は確認した後、荷物を机にかけて、着席する。
自分の席から周囲を確認する。
まだ、藤原カリンの姿はない。
次にハナちゃんとヒナコちゃんの方をみる。
相変わらず、二人の仲が良い。
そして、周囲のクラスメイトたちは、相変わらず賑やかだ。
私は、担任の先生から呼び出しがあるのかな、などいろいろと考えていた。
と、その時、教室のドアからカリンちゃんが現れた。
彼女は周りを見ることなく、まっすぐに自分の席へと向かっていく。
私は、そっと彼女を見つめた。
カリンちゃんの表情には、いつもの無表情さがあった。
でも、何かちょっとだけ違和感がある気もした。
少し緊張しているようだ。
ということは、先生から説明があったのかな?
私はそう思った。
やがて、チャイムが鳴り、担任の先生が教室に入ってきた。
「桔梗さん。藤原さん。」
先生が私とカリンちゃんを呼んだ。
ついに…。私は来る時が来た、と思った。
「二人には、事前に言った通りよ。とりあえず、今日はまだ仕事はなし!」
「はい。」
私は先生の説明に頷くように言った。
「具体的な仕事は、放課後に説明するから。よろしくね?」
担任の先生が軽く言った。
「はい。」
私がそう言った。
「はい。」
時を置いて、隣にいるカリンちゃんもそう言って頷いた。
そして、チャイムが鳴る。
「じゃあ、二人とも。」
先生がそう言って、私とカリンちゃんは席に戻った。
勘のいい生徒は、その様子をじっと見ていた。
もちろん、ヒナコちゃんとハナちゃんは事情を知っているのだけど。
そんなことが終わり、すぐにホームルームが始まった。
「みなさん、おはようございます。」
先生の声が、教室に響き始めた。
「さて、今日から、しばらく居なくなっていたクラス委員が新しく決まりました!」
そして、先生は明るい調子でクラス委員の話を始めた。
「桔梗さんと藤原さんです。二人とも前に出てきてください」
私はゆっくりと立ち上がり、前に進み出た。
カリンちゃんも同じように動く。
私たちは黒板の前に並んで立った。
「皆さんも、この新しいクラス委員の二人に協力してください。」
先生がそう言うと、クラスメイトたちから拍手が起こった。
雰囲気的に、私は軽く頭を下げた。
横目で見ると、カリンちゃんも同じようにしていた。
着任のあいさつのようなものが終わる。
席に戻る途中、私はカリンちゃんの方を見た。
彼女も私を見ていた。
目が合った。
私は小さく微笑んでみせた。
カリンちゃんは少し驚いたような表情をしたが、すぐに目をそらしてしまった。
その後、いつものようにホームルームの時間は淡々と過ぎて行った。
そして、授業が始まり、いつも通りの一日が流れていった。
昼休み。
私はいつも通り、ハナちゃんとヒナコちゃんと一緒にお弁当を食べていた。
「ねえねえ、アイリちゃん。朝からカリンちゃんとは何か話したの?」
ハナちゃんが、好奇心いっぱいの目で私を見ながら聞いてきた。
私は、今日、ハナちゃんとヒナコちゃん以外の人とは、会話していない。
だから、私は、ハナちゃんも知っているでしょ?と言おうと思ったが、やめた。
その純粋なハナちゃんのまなざしに負けたのだ。
「特にないわ。これからね。」
私は簡潔に答えた。
「そっか。でも、アイリちゃんなら大丈夫だよ!」
ハナちゃんが元気よく言う。
その言葉に、ヒナコちゃんもうなずいた。
「ま、アイリなら心配ないさ」
二人の言葉に、私は小さく微笑んだ。
心の中では、そう簡単にはいかないかもしれないと思っていたけれど。
放課後になった。
「アイリ!用が終わったら、陸上部にこいよ!」
「待ってるよー。」
ヒナコちゃんとハナちゃんはそう言った。
「ええ。終わったらすぐにいくわ。」
私はそう言って、二人に手を振った。
「おう!」
「えへへ。じゃねー。」
これからやることに興味津々なハナちゃんと、嬉しそうなヒナコちゃん。
二人は、さっさと教室から出て行った。
私は、先生に呼ばれていた。
もちろんクラス委員の件で、だ。
私は、近くにいるカリンちゃんを見た。
「行きましょう。」
「はい。」
カリンちゃんは、私に小さく返事をした。
そのまま、カリンちゃんと二人で、職員室に向かった。
廊下を歩きながら、私はカリンちゃんの横顔を見た。
彼女は前を向いたまま、一言も話さない。
この沈黙が、少し重く感じられた。
職員室に着くと、先生は私たちをパーティションで区切られた小さなスペースに案内した。
昨日、私がここでクラス委員の話を聞いたのと同じ場所だ。
「二人とも座ってください」
先生の言葉に従って、私たちはソファに腰掛けた。
「では、二人とも。これから、クラス委員の仕事について具体的に説明しますよ。」
先生は丁寧に、私たちの役割を説明し始めた。
クラス委員の仕事。
それは大きく分けると、ホームルームでの司会進行が主な仕事らしい。
その司会用のメモもあるようで、その通りに進めればいいらしい。
他には、放課後に簡単な雑用。
それは、教室の黒板に表記されている日付や時間割の内容などの書き換えだったり。
教室内の机の位置や掃除ロッカーなど、整理整頓という誰にもできることだ。
そして時々、先生からお願いされる仕事があるみたいだった。
私は真剣に聞きながら、時々カリンちゃんの様子を見た。
彼女も真剣な表情で先生の話を聞いている。
でも、その表情には少し不安そうな雰囲気が感じられた。
彼女はこのようなことに慣れていないのだろう。
もちろん、私もこのようなことに慣れてはいない。
というよりも初めてだ。
まあ、なんとかなるだろう、という気持ちもあるのだけど。
カリンちゃんとは違って、ヒナコちゃんやハナちゃんの存在が大きいのかもしれない。
私はそんなことを思いながら、説明を聞いていた。
説明が終わると、先生は私たちに向かって優しく微笑んだ。
「二人で協力して頑張ってくださいね。何か困ったことがあったら、いつでも相談してください」
「はい」
私とカリンちゃんは同時に答えた。
そして、職員室を出て、私たちは廊下に立った。
「あの…」
私が口を開こうとしたその時、カリンちゃんも同時に話し始めた。
私たちは驚いて顔を見合わせ、思わず笑みがこぼれた。
「ごめんなさい。何か言いたいことがあったの?」
私が尋ねると、カリンちゃんは少し躊躇しながら答えた。
「いえ…その…。これからよろしくお願いします」
彼女の言葉に、私は優しく微笑んだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします。藤原さん」
カリンちゃんは少し驚いたような表情をした。
私が彼女の名前を呼んだからだろうか。
「一緒に頑張りましょうね」
私はそう言って、手を差し出した。
カリンちゃんは少し戸惑ったように見えたが、やがてゆっくりと手を伸ばしてきた。
私たちの手が触れ合った瞬間、私は思った。
これから始まる新しい関係なんだ、と。
単なるクラス委員としての付き合いだけではない。
それは先生が目論んでいるように、友達としての第一歩だったのかもしれない。
「えっと。桔梗さん。一緒に頑張りましょう。」
どこかぎこちなく、カリンちゃんはそう言った。
「ええ。藤原さん。これからよろしくお願いします」
私は穏やかな口調で返事をした。
カリンちゃんの手を軽く握り返してから、ゆっくりと手を離す。
「あの、桔梗さん。」
カリンちゃんが、少し躊躇いがちに私に話しかけてきた。
「何かしら?」
私は、優しく促すように答えた。
「明日から…どうしましょうか。」
彼女は戸惑っているようだった。
初めてのクラス委員。
そして、周りとあまり関わりを持たなかった彼女にとって、それは大きな事なのかもしれない。
「そうね」
私は少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。
「まずは、朝のホームルームでの司会進行について。これは交代でやることにしましょう?」
「はい。」
カリンちゃんは無表情だ。
おそらく、人との会話に慣れていないのだろう。
「大丈夫よ。最初は私がやってみるから。次の日は、藤原さんがやってもらえるかしら?」
「分かりました。桔梗さん。」
彼女は淡々とした様子でそう言った。
「他にも、放課後に黒板の表記を書き換えたり、机の位置を戻すのも仕事だったわよね?これは一緒にしましょう。」
私は、できるだけ明るく前向きな口調で話した。
カリンちゃんの不安を少しでも和らげたいと思ったから。
「分かりました。私も頑張ります。」
「それはそうと、藤原さん、私のことはアイリでいいわ。」
「いえ、私は…。」
カリンちゃんは何やら、難しい表情を浮かべた。
「嫌なら、別に今のままでもいいの。」
「はい。」
どうやらカリンちゃんは、名前で呼ぶのは嫌なようだ。
でも、あえて私は言葉を続けた。
「藤原さんのことは、カリンちゃんと呼んでもいいかしら?」
「えっと。はい。」
カリンちゃんは微妙な表情を浮かべている。
とはいえ、仲良くなるには仕方がないことだ。
「いいのね?カリンちゃん。」
私は、畳み掛けるようにそういった。
「はい。桔梗さん。」
ここで、私はカリンちゃんと名前で呼ぶことに成功した。
「そう、ありがとう。あと、明日の話もしましょう。」
「明日?」
カリンちゃんが首を傾げた。
「カリンちゃんはいつも何時くらいに学校に来ているのかしら?」
「えっと…。」
カリンちゃんは、結構、遅めの時間に教室へ入ってくることを私は知っていた。
「明日、いつもより早めに来てもらえるかしら?」
「え?ええ、大丈夫だけど…」
「そう?じゃあ、明日、朝のホームルームの前に、ちょっとだけ二人で確認をしましょう。そうすれば、間違いないと思うの。」
カリンちゃんは少し驚いたような顔をしたが、すぐに頷いた。
「分かりました。何時くらいがいいですか?」
「そうね…7時30分くらいでどう?」
「はい、大丈夫です。」
「ありがとうね、カリンちゃん。」
私が社交辞令なお礼を言った。
「いいえ、アイリさん。では、また明日。」
カリンちゃんは軽く会釈をした。
そのあと、カリンちゃんは去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、私は陸上部に行く約束を思い出した。
朝。
私は、通学路を歩いていた。
天気は晴れている。
気温はそこまで暑くもなく、寒くもない。
適温という感じだ。
湿度が適切なところも大きいのかもしれない。
私の歩いているのは、自宅から近くの住宅地。
住宅地には、家々が立ち並んでいる。
どれも似たような一軒家だ。
もちろん、私の家もその中の一つなのだけれど。
いつもと同じような道を一人で歩んでいた。
歩きながら、私は昨日のことを思い返していた。
それは、担任の先生から告げられたクラス委員の話だ。
話をまとめると、クラス委員の仕事自体はあまり問題ではない。
もっと言えば、私がクラス委員をすることすら問題ではない。
問題は、藤原カリンだ。
私が、カリンちゃんと上手く付き合うか、ということになる。
たしかに、私はカリンちゃんとは、これまでまともな会話すらしていない。
いつも一人で過ごしている彼女の姿を、遠くから見ていただけ。
どんな性格なのだろうか。
そんなことを考えながら、学校への道を進んでいった。
いろいろと考えながら、道を進んでいると。
周囲には私のような制服をきた生徒たちが見えてきた。
中には自転車で通学している生徒もちらほらと見えた。
同じ学校かはともかく、みんな登校中ということだろう。
私や、ハナちゃん。
そして、ヒナコちゃんは、徒歩で通学している。
家から学校が近いのだから、まあ、当然と言えば当然だ。
しばらくすると、学校の校舎が見えてきた。
ここまで学校に近づいてくると、さすがに周囲は同じ学校の生徒に溢れていた。
みんな三々五々と集まり、楽しそうにおしゃべりをしている。
残念ながら、周囲には知っている子が見えない。
しかし、私も青春真っ只中の集団に溶け込む。
その制服集団の一員となった私は、その風景の一部となる。
そのまま、校門の前まで移動した。
学校の敷地内に入った。
そしてそのまま、昇降口まで進む。
ガヤガヤとした雰囲気の中、私は下駄箱で上履きに履き替える。
そうしていると、いよいよ、今日という一日が始まる気がした。
そのまま、廊下を進んだ。
自分の教室が見えてきた。
教室に入る。
中には、ハナちゃんとヒナコちゃんがすでにいて、何かを話していた。
私は二人に近づく。
「おはよう!アイリちゃん。」
「おはよう。ハナちゃん。」
ハナちゃんが私に気が付いたみたいで話しかけてきた。
「おはよう、アイリ。」
「おはよう。ヒナコちゃん。」
続いて、ヒナコちゃんも話しかけてきた。
「アイリ、いつもどおりなんだな。」
「え?」
「ああ、クラス委員だから早めにくるのかと。」
ヒナコちゃんがそんなことを言った。
「まだ、私。仕事の内容の説明を受けてないのよ。」
「ああ。そういえば、そうだったな。」
私は、そう言った。
「ふーん。」
「これから、具体的な説明があるんじゃないかしら。」
私はどこか他人事のように言った。
「そういうものなのか?」
ヒナコちゃんは首を傾げていたが。
すぐにハナちゃんとの会話へ戻った。
私は、そんな二人を見ながら、自分の机へ向かった。
自分の席。
私は確認した後、荷物を机にかけて、着席する。
自分の席から周囲を確認する。
まだ、藤原カリンの姿はない。
次にハナちゃんとヒナコちゃんの方をみる。
相変わらず、二人の仲が良い。
そして、周囲のクラスメイトたちは、相変わらず賑やかだ。
私は、担任の先生から呼び出しがあるのかな、などいろいろと考えていた。
と、その時、教室のドアからカリンちゃんが現れた。
彼女は周りを見ることなく、まっすぐに自分の席へと向かっていく。
私は、そっと彼女を見つめた。
カリンちゃんの表情には、いつもの無表情さがあった。
でも、何かちょっとだけ違和感がある気もした。
少し緊張しているようだ。
ということは、先生から説明があったのかな?
私はそう思った。
やがて、チャイムが鳴り、担任の先生が教室に入ってきた。
「桔梗さん。藤原さん。」
先生が私とカリンちゃんを呼んだ。
ついに…。私は来る時が来た、と思った。
「二人には、事前に言った通りよ。とりあえず、今日はまだ仕事はなし!」
「はい。」
私は先生の説明に頷くように言った。
「具体的な仕事は、放課後に説明するから。よろしくね?」
担任の先生が軽く言った。
「はい。」
私がそう言った。
「はい。」
時を置いて、隣にいるカリンちゃんもそう言って頷いた。
そして、チャイムが鳴る。
「じゃあ、二人とも。」
先生がそう言って、私とカリンちゃんは席に戻った。
勘のいい生徒は、その様子をじっと見ていた。
もちろん、ヒナコちゃんとハナちゃんは事情を知っているのだけど。
そんなことが終わり、すぐにホームルームが始まった。
「みなさん、おはようございます。」
先生の声が、教室に響き始めた。
「さて、今日から、しばらく居なくなっていたクラス委員が新しく決まりました!」
そして、先生は明るい調子でクラス委員の話を始めた。
「桔梗さんと藤原さんです。二人とも前に出てきてください」
私はゆっくりと立ち上がり、前に進み出た。
カリンちゃんも同じように動く。
私たちは黒板の前に並んで立った。
「皆さんも、この新しいクラス委員の二人に協力してください。」
先生がそう言うと、クラスメイトたちから拍手が起こった。
雰囲気的に、私は軽く頭を下げた。
横目で見ると、カリンちゃんも同じようにしていた。
着任のあいさつのようなものが終わる。
席に戻る途中、私はカリンちゃんの方を見た。
彼女も私を見ていた。
目が合った。
私は小さく微笑んでみせた。
カリンちゃんは少し驚いたような表情をしたが、すぐに目をそらしてしまった。
その後、いつものようにホームルームの時間は淡々と過ぎて行った。
そして、授業が始まり、いつも通りの一日が流れていった。
昼休み。
私はいつも通り、ハナちゃんとヒナコちゃんと一緒にお弁当を食べていた。
「ねえねえ、アイリちゃん。朝からカリンちゃんとは何か話したの?」
ハナちゃんが、好奇心いっぱいの目で私を見ながら聞いてきた。
私は、今日、ハナちゃんとヒナコちゃん以外の人とは、会話していない。
だから、私は、ハナちゃんも知っているでしょ?と言おうと思ったが、やめた。
その純粋なハナちゃんのまなざしに負けたのだ。
「特にないわ。これからね。」
私は簡潔に答えた。
「そっか。でも、アイリちゃんなら大丈夫だよ!」
ハナちゃんが元気よく言う。
その言葉に、ヒナコちゃんもうなずいた。
「ま、アイリなら心配ないさ」
二人の言葉に、私は小さく微笑んだ。
心の中では、そう簡単にはいかないかもしれないと思っていたけれど。
放課後になった。
「アイリ!用が終わったら、陸上部にこいよ!」
「待ってるよー。」
ヒナコちゃんとハナちゃんはそう言った。
「ええ。終わったらすぐにいくわ。」
私はそう言って、二人に手を振った。
「おう!」
「えへへ。じゃねー。」
これからやることに興味津々なハナちゃんと、嬉しそうなヒナコちゃん。
二人は、さっさと教室から出て行った。
私は、先生に呼ばれていた。
もちろんクラス委員の件で、だ。
私は、近くにいるカリンちゃんを見た。
「行きましょう。」
「はい。」
カリンちゃんは、私に小さく返事をした。
そのまま、カリンちゃんと二人で、職員室に向かった。
廊下を歩きながら、私はカリンちゃんの横顔を見た。
彼女は前を向いたまま、一言も話さない。
この沈黙が、少し重く感じられた。
職員室に着くと、先生は私たちをパーティションで区切られた小さなスペースに案内した。
昨日、私がここでクラス委員の話を聞いたのと同じ場所だ。
「二人とも座ってください」
先生の言葉に従って、私たちはソファに腰掛けた。
「では、二人とも。これから、クラス委員の仕事について具体的に説明しますよ。」
先生は丁寧に、私たちの役割を説明し始めた。
クラス委員の仕事。
それは大きく分けると、ホームルームでの司会進行が主な仕事らしい。
その司会用のメモもあるようで、その通りに進めればいいらしい。
他には、放課後に簡単な雑用。
それは、教室の黒板に表記されている日付や時間割の内容などの書き換えだったり。
教室内の机の位置や掃除ロッカーなど、整理整頓という誰にもできることだ。
そして時々、先生からお願いされる仕事があるみたいだった。
私は真剣に聞きながら、時々カリンちゃんの様子を見た。
彼女も真剣な表情で先生の話を聞いている。
でも、その表情には少し不安そうな雰囲気が感じられた。
彼女はこのようなことに慣れていないのだろう。
もちろん、私もこのようなことに慣れてはいない。
というよりも初めてだ。
まあ、なんとかなるだろう、という気持ちもあるのだけど。
カリンちゃんとは違って、ヒナコちゃんやハナちゃんの存在が大きいのかもしれない。
私はそんなことを思いながら、説明を聞いていた。
説明が終わると、先生は私たちに向かって優しく微笑んだ。
「二人で協力して頑張ってくださいね。何か困ったことがあったら、いつでも相談してください」
「はい」
私とカリンちゃんは同時に答えた。
そして、職員室を出て、私たちは廊下に立った。
「あの…」
私が口を開こうとしたその時、カリンちゃんも同時に話し始めた。
私たちは驚いて顔を見合わせ、思わず笑みがこぼれた。
「ごめんなさい。何か言いたいことがあったの?」
私が尋ねると、カリンちゃんは少し躊躇しながら答えた。
「いえ…その…。これからよろしくお願いします」
彼女の言葉に、私は優しく微笑んだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします。藤原さん」
カリンちゃんは少し驚いたような表情をした。
私が彼女の名前を呼んだからだろうか。
「一緒に頑張りましょうね」
私はそう言って、手を差し出した。
カリンちゃんは少し戸惑ったように見えたが、やがてゆっくりと手を伸ばしてきた。
私たちの手が触れ合った瞬間、私は思った。
これから始まる新しい関係なんだ、と。
単なるクラス委員としての付き合いだけではない。
それは先生が目論んでいるように、友達としての第一歩だったのかもしれない。
「えっと。桔梗さん。一緒に頑張りましょう。」
どこかぎこちなく、カリンちゃんはそう言った。
「ええ。藤原さん。これからよろしくお願いします」
私は穏やかな口調で返事をした。
カリンちゃんの手を軽く握り返してから、ゆっくりと手を離す。
「あの、桔梗さん。」
カリンちゃんが、少し躊躇いがちに私に話しかけてきた。
「何かしら?」
私は、優しく促すように答えた。
「明日から…どうしましょうか。」
彼女は戸惑っているようだった。
初めてのクラス委員。
そして、周りとあまり関わりを持たなかった彼女にとって、それは大きな事なのかもしれない。
「そうね」
私は少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。
「まずは、朝のホームルームでの司会進行について。これは交代でやることにしましょう?」
「はい。」
カリンちゃんは無表情だ。
おそらく、人との会話に慣れていないのだろう。
「大丈夫よ。最初は私がやってみるから。次の日は、藤原さんがやってもらえるかしら?」
「分かりました。桔梗さん。」
彼女は淡々とした様子でそう言った。
「他にも、放課後に黒板の表記を書き換えたり、机の位置を戻すのも仕事だったわよね?これは一緒にしましょう。」
私は、できるだけ明るく前向きな口調で話した。
カリンちゃんの不安を少しでも和らげたいと思ったから。
「分かりました。私も頑張ります。」
「それはそうと、藤原さん、私のことはアイリでいいわ。」
「いえ、私は…。」
カリンちゃんは何やら、難しい表情を浮かべた。
「嫌なら、別に今のままでもいいの。」
「はい。」
どうやらカリンちゃんは、名前で呼ぶのは嫌なようだ。
でも、あえて私は言葉を続けた。
「藤原さんのことは、カリンちゃんと呼んでもいいかしら?」
「えっと。はい。」
カリンちゃんは微妙な表情を浮かべている。
とはいえ、仲良くなるには仕方がないことだ。
「いいのね?カリンちゃん。」
私は、畳み掛けるようにそういった。
「はい。桔梗さん。」
ここで、私はカリンちゃんと名前で呼ぶことに成功した。
「そう、ありがとう。あと、明日の話もしましょう。」
「明日?」
カリンちゃんが首を傾げた。
「カリンちゃんはいつも何時くらいに学校に来ているのかしら?」
「えっと…。」
カリンちゃんは、結構、遅めの時間に教室へ入ってくることを私は知っていた。
「明日、いつもより早めに来てもらえるかしら?」
「え?ええ、大丈夫だけど…」
「そう?じゃあ、明日、朝のホームルームの前に、ちょっとだけ二人で確認をしましょう。そうすれば、間違いないと思うの。」
カリンちゃんは少し驚いたような顔をしたが、すぐに頷いた。
「分かりました。何時くらいがいいですか?」
「そうね…7時30分くらいでどう?」
「はい、大丈夫です。」
「ありがとうね、カリンちゃん。」
私が社交辞令なお礼を言った。
「いいえ、アイリさん。では、また明日。」
カリンちゃんは軽く会釈をした。
そのあと、カリンちゃんは去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、私は陸上部に行く約束を思い出した。