第四話

 午後の授業は特筆すべきことはなかった。
 淡々と進んで、いつの間にか部活の時間となっていた。

「アイリちゃーん。」

 ハナちゃんが私を呼んでいる。

「分かったわ。ハナちゃん。一緒に行きましょう。」

 そうだ、今日は彼女も手芸部に来るのだ。
 私は、ハナちゃんに返事をする。

 そして、一緒に手芸部の部室へと向かうために、ハナちゃんの後について、私は教室を出ようとしたときだった。

「桔梗さん?ちょっといいかしら?」

 担任の先生の声が、私の耳に届いた。
 振り返ると、先生は優しい笑顔で私を見ていた。
 その表情には、何か重要な話がありそうな感じがする。

「はい、先生。何でしょうか?」

 私は丁寧に答えた。
 教室を出ようとしていた足を止め、先生の方へ向き直る。

 私の隣でハナちゃんは、私と先生を見ている。

「桔梗さん。これからちょっと話があるだけども、これから職員室で私と話をするのはダメかしら?」
「えっと。」

 それはいいのだけれども。
 ただ、私は、ハナちゃんを先に部室へ行かせようと思った。

「じゃ、アイリちゃん。話、あるようだから、私、先に行ってるよー!」

 ハナちゃんは、先生と私が話をする雰囲気を察したみたいだ。

「ありがとう、ハナちゃん。」

 私は、ハナちゃんにそう言った。
 ハナちゃんは、元気よく先に進みだした。
 ちょっと小柄な彼女のその様子を見ると微笑ましく思える。

「ごめんね。」

 先生は、申し訳なさそうにそういった。

「いいえ。」
「では、ちょっとね。」

 私は先生について職員室へ向かう。

「桔梗さんは、手芸部でしたっけ?」
「はい、そうです。」
「茨木さんも手芸部だから、一緒に部活なのね。」
「はい。」

 私は意図せず、淡々と返事をしてしまった。

「話はすぐに終わるから、安心してね。」

 先生は、私の調子になにかを考えたのか。
 安心させるような感じでそう言った。 

 どうやら、先生は、ハナちゃんと私が一緒にいた雰囲気を壊したことに対して、悪いと思っているようだ。
 しかし、そこまでのことではない、と私は思っていた。

「いいえ。大丈夫です。手芸部の活動は毎日あるので。」
「そう?ならいいんだけど。」

 先生は私の返答に対して、気を使って、話を進めている。
 そんな先生と私は、まったく関係のない話をしながら廊下を進んだ。

 一方で私は、これからどんな話が始まるのだろうか、と思っていた。

 私がなにか粗相をした記憶はない。
 それに、そのような場合は生徒指導室へ直行するだろう、と推測している。

 それでは、担任の先生から私へ話すこと、とはなんだろうか?

 例えば、何かをお願いする場合。
 委員とか?
 私は推測を重ねていった。
 もちろん、それを確認するようなことを今の段階では聞かない。
 それは職員室の中でたっぷりと聞けるからだ。

 私と先生は、廊下を進み終わった。
 そして、そのまま職員室の中に入る。
 職員室には、先生たちがいる。

 放課後ともなれば、だいたいの先生たちはいるのだろう。
 見知った顔の先生たちが見える。

 私は、挨拶をしながら、先生たちの集団の間を進んでいった。
 
「桔梗さん、ここを使いましょう。」

 私を先導する先生は、そう言って進む。
 目の前にあるのは、パーティションに区切られた一角。

 会議室みたいな場所だ。

 その小部屋のような空間にはふかふかとしたソファー、テーブルが置かれている。
 中央にテーブル、それを挟んで対面するようにソファーだ。
 応接室として使用しているのだろうか?

「桔梗さん、座って。」
「はい。」

 私は、先生に言われたようにソファーに座った。
 先生も私の前にあるソファーに座る。

「忙しいところ、ごめんなさいね。」

 先生はまず、私に謝ってきた。

「いいえ。忙しくはないので、大丈夫です。」

 私は適当に話を合わせた。

「そう?それで、桔梗さんに相談というのは…。実は、クラス委員のことなの。」

 先生はそう言って、話を続けた。

「桔梗さんと藤原さんに、クラス委員を務めてもらいたいんだけど、どうかな?」

 藤原さん?

 私は一瞬、驚きを隠せなかった。

 藤原カリン。

 彼女は、いつも一人で過ごしている女の子だ。
 クラスの中で、最も存在感の薄い生徒の一人かもしれない。

「私と藤原さんですか?」

 確認するように、私は尋ねた。

「そうよ。」
「あの、今、クラス委員をやっている子は?」

 私は、記憶にあるクラス委員の子を思い描いていた。

「実は、その子も忙しくなっちゃってね。今、次の子を探しているところなのよ。」
「なるほどですね。」

 内心、私は引き受ける気でいた。
 しかし、なぜ私とカリンちゃんなんだろう。
 それだけがちょっと気になったのだ。

「えっと。私はいいですけど、藤原ちゃんの方はどうなんでしょうか?」
「それはね。実はまだ、この話は桔梗さんだけしか話していないの。」
「そうなんですか。」
「クラス委員ってこれまでは各クラスに一人だけ、だったのよ。」

 先生が言った言葉に、私も同意した。
 そうだ。これまでクラス委員ってクラスに一人だけだったはず。
 今回は二人なんだ。

 ということは、私とカリンちゃんという組み合わせに意味があるのだろうか。 
 先生は、私の雰囲気を察したのか、話を始めた。

「実はね。私は藤原さんのことが少し心配なのよ。ちょっとクラスで孤立気味だから。」

 そういって事情を話し始めた。

「…だから、どちらかといえば、クラス委員の仕事というよりも、二人で一緒に仕事をしてもらいたいのよ。」

 その言葉を聞きながら、私は頷く。
 ようやく先生の狙いが見えてきた。

「うーん。そうですか。」

 先生から、私がどう見えているのは分からなかったが、そうなんだ、と思った。

「どうかしら?」
「私は構いません。」

 そして、私は心の中で付け加えた。
 カリンちゃんがどんな人物なのか、たしかに少しだけ、気になっていたのだ、と。

「そう?本当に?」
「はい。」
「ありがとう。じゃあ、二人でクラス委員をやってもらえるかしら」
「あの、藤原さんへは…。」

 私は確認するように、先生へそう言った。

「藤原さんへは、既にクラス委員の話はしているから、大丈夫よ。」
「分かりました。喜んでお引き受けします。」

 私は礼儀正しく、そう言った。

「ありがとう、桔梗さん。あなたなら、きっと藤原さんとも上手くやっていけると思うわ。」

 先生の言葉に、私は軽く頭を下げた。

「いいえ、桔梗さん。頭を下げるのはこちらのほうよ。」

 先生は、そう言って私にウインクをした。
 ほかの先生とは違って、それは様になっていた。

「では、クラス委員の話はまた、後日、藤原さんと一緒の時にするから。今日は、本当にありがとう。」

 そういって、私と先生の話は終わった。