第三話

 昼休みが始まった。

 私はゆっくりとノートや教科書をしまう。
 そして、周りを見回した。クラスメイトたちは、あっという間に自らが所属するグループへと集まりつつある。
 そこでお弁当を広げる者、廊下に飛び出す者、様々だ。
 その中で、カリンだけがまだ一人で座ったままだった。

 まあ、彼女は一人であることはいつものことなのだけれど。

「アイリちゃん、一緒にお昼食べよう!」

 彼女の後ろには、山吹ヒナコの姿も見えた。

 ヒナコちゃんは、陸上部に所属しているハナちゃんの友達だ。
 ハナちゃんとは違った活発な雰囲気。
 普段のどこか男性的な話し方や、その短髪の髪と合わさって、パッと見た感じ男子生徒のようにも見える。

 ヒナコちゃんは、ハナちゃんの中学時代からの友人らしい。
 どうやって仲良くなったかは同じような雰囲気で話しやすかったから、かもしれない。
 とはいえ、二人の明るさは質が違うように思える。

 ハナちゃんは、無邪気な明るさ。その屈託のない笑顔には、何の曇りもない。
 一方のヒナコちゃんは、前に進むような明るさを持っている。何か障害があっても乗り越えていけるかのような強い意志。

「ええ、そうしましょう。」

 私は微笑みながら答えた。
 私たちは、いつもこのメンバーでお昼を食べる。
 ハナちゃん、私とヒナコちゃん。

 机を寄せ合い、私たちはお弁当を広げた。

 ハナちゃんの弁当箱からは、いつものように可愛らしいおかずが覗いている。
 ハート型のおにぎり、ウインナーで作られたタコさん、ブロッコリー、そしてうずらの卵やきのこ。
 その色合いは、まるで絵本から飛び出してきたような見た目だ。
 彼女のお母さんの愛情が詰まった弁当は、見ているだけでほっこりとした気分になる。

 ヒナコちゃんのは、栄養バランスを考えた内容みたいだ。
 玄米ご飯、焼き鮭、小松菜の胡麻和え、豆腐ハンバーグ。
 彼女の弁当からは、タンパク質や食物繊維がたっぷり取れそうだ。
 陸上部の彼女らしい、機能的で実用的な弁当だ。

 私のは…その、ごく普通の弁当。
 白いご飯に、卵焼き、ほうれん草のお浸し、唐揚げ。
 特別変わったところはないけれど、バランスは取れている。自分で作ったものだから、味付けは好みのものになっている。
 地味だけど、私らしい弁当かもしれない。

 三者三様の弁当を見比べていると、それぞれの個性が垣間見える気がした。
 ハナちゃんの可愛らしさ、ヒナコちゃんの実直さ、そして私の…何だろう、普通さ?
 私は少し考え込んでしまった。

「ねえねえ、アイリちゃん。さっきの先生の話、どう思う?」

 ハナちゃんが突然尋ねてきた。

「どの話のこと?」

 私は聞き返すことにした。

「別居の話。」

 小声でヒナコちゃんが私に囁いた。

 ああ、そうか。
 もうクラス中に、その情報が広まっているのね。
 ふーん、と私は思った。

「えっと?実際、私は、その話をあまり詳しくは知らないのよ。」

 私は、知っているけど、詳細はよく知らないということにした。

「なるほど、じゃあ、部活動のときに教えてあげる!」

 ハナちゃんは無邪気にそう言った。
 さすがの彼女も、この昼食中の教室で話すべきことではない、と分かっているらしい。
 その様子をヒナコちゃんが見て、笑っていた。

「そういえば、陸上部なんだけど。今度、部長が変わるかもしれないんだよな。」

 ヒナコちゃんがそう話を始めた。

「へぇー。そうなんだ。」
「それで、今後、私も部長をやってみようかなって!」

 ヒナコちゃんが冗談みたいな様子で、そう言った。

「凄い!ヒナコ部長!」
「いやー、えへへ。」

 ハナちゃんとヒナコちゃんがそういって遊んでいる。
 いつもの二人の感じだ。
 たぶん、中学の頃からそんな感じなんだろう、と私は思った。

「…そういえば、手芸部の部長って誰だっけ?」

 ポツリと、我に返ったようにハナちゃんが、そう言った。
 手芸部の部長は、幽霊のような存在で部室で見たことは一度もない。
 実は、私もあったことがない生徒だったりする。

 それに実質、手芸部の部長は、私がしているようなものだ。
 しかし、なんて言っていいのか。
 正直、困った。

「えっと?誰だっけ、誰だっけ、部長、誰だっけ。」

 ハナちゃんは、そう言って悩みながら思い出そうとしている。
 だけど、きっと彼女はその子を知らない。

「おい、アイリ、手芸部の部長って…。」

 ヒナコちゃんがハナちゃんの様子を見て、私に話しかけてきた。

「ごめんなさい、私も知らないの。」

 結局、私はそう答えることにした。嘘をつくのは好きではない。
 でも、時と場合によっては必要なこともある。
 これもその一つだと、自分に言い聞かせた。

「おいおい。」

 ヒナコちゃんは、呆れた様子だ。

「えっ?アイリちゃんも知らないの?じゃあ、手芸部、部長がいないのかな。」

 私がそう言った事で、なんか深刻そうな表情となったハナちゃん。

「あはは。じゃあ、ハナ、手芸部の部長に私がなってやる。」

 一方のヒナコちゃんは、笑いながらそう言った。
 ヒナコちゃんのその軽快な対応で、ハナちゃんの深刻そうな表情が和らいだ。

「ええっ!いいの?」
「冗談だよ!冗談。」
「もうっー!」

 二人の微笑ましい会話が続いている。
 私は、その様子を見ながら、食事を進めていた。

「まあまあ、ハナ。そんなに真に受けなくても」

 ヒナコちゃんが、どこか諭すような感じで話した。

「だってー。でも、部長がいないってちょっと変じゃないかなぁ?」

 ハナちゃんは首を傾げている。
 少し考えているようだ。

「まあ、今のところ困ってないなら、このままでもいいんじゃない?」

 ヒナコちゃんがどうでもいいように、そう言った。
 でもまだ、ハナちゃんは考えているようだ。

「アイリちゃん、私たち何か問題あるのかな?」

 ハナちゃんは、思考が纏まらなかったようで、私に聞いてきた。

「別に?なんの問題はないと思うわ。今まで問題なく活動できているし」
「そうだね!」

 ハナちゃんはパット明るい笑顔でそう言った。
 私の言葉がトリガーになったようだ。

「まー、もし必要になったら、その時は、本当に私がなってやるよ。」
 
 明るいハナちゃんの横で、ヒナコちゃんもそう言っている。

「そうだね!アイリちゃんもそう思う?」

 ハナちゃんはそう言って私に話しかけてきた。

「ええ、そうね。必要になったらそうしましょう。」
「あはは。」

 ヒナコちゃんも笑っていた。
 こうして、その手芸部の話題は自然と収束していった。

「そういえば、ヒナコちゃんは陸上部の部長になる可能性はあるの?」

 私は、元の話に議題を戻す。

「まぁね。今の部長が引退するって話があるんだ。」

 ヒナコちゃんは少し真面目な表情になった。

「へぇ、そうなんだ。」

 ハナちゃんが興味深そうだ。

「うん。今の部長、受験で忙しくなるからって。それで、次の部長を探してる。」
「ヒナコちゃん、絶対いい部長になれると思う!」

 ハナちゃんが応援するように言う。

「そうだね。ヒナコちゃんなら、みんなをまとめられそう。」

 私も、ハナちゃんの意見に同意する。
 ヒナコちゃんなら大丈夫そうだ。

「まぁ、でも。大変だろうな。毎日の練習計画立てたり、大会の申し込みしたり…」

 ヒナコちゃんは、思い出すかのように言った。

「そういえば、今の陸上部は、何人くらいなの?」

 私は、ヒナコちゃんに尋ねた。

「えーっと、今は10人か。短距離、長距離、フィールドって分かれてるんだ。」
「へぇ、そうなんだ。」

 ハナちゃんが感心したように言う。

「まあ、その10人。みんなで、上手くやってるんだ。」
「ふーん。じゃあ、また練習を見に行ってもいいかなぁ?」

 ハナちゃんが突然言い出す。

「もちろん!陸上部は、いつでも歓迎してるぞ。」

 ヒナコちゃんは嬉しそうに答えた。
 私は二人のやり取りを聞いていた。
 ヒナコちゃんの陸上部への愛着、ハナちゃんの純粋な興味。
 そして、その間にある深い友情。

「じゃあ、明日の放課後に行ってみようかな!」

 ハナちゃんが楽しそうに言う。

「大歓迎だ!なんなら、ヒナ、一緒に練習してもいいぞ。」
「ええっ!でも、私、足、遅いもん。」
「あのな。ヒナ、やることに意味があるんだ。結果じゃない。」
「そうなのかなぁ…」

 ヒナコちゃんがハナちゃんに優しく話をする。

 ハナちゃんとヒナコちゃんの関係を見ていると、思った。
 二人は本当に仲がいいなぁ、と。

「そういえば、アイリちゃんは明日どうする?」

 ハナちゃんが聞いてきた。
 ヒナコちゃんもこちらを見ている。

「…そうね。私も明日、ハナちゃんといっしょに見学しにいこうかしら?」
「もちろんだ!」

 ヒナコちゃんが溌溂とした様子で答える。

「じゃあ、明日は陸上部員が増えるね。」

 ハナちゃんが無邪気にそういった。

「あはは。」

 ヒナコちゃんが笑っている。

 たぶん、この二人は、ずっとこんな感じなんだろう。
 そして、私は思った。
 この二人は、いつまでもこんな感じで続いていくのかな、と。
 
 そういえば、ずっと友達だね、なんてフレーズがあったけど。
 私の目の前の二人はそれなんだろうか?

 そんなことを考えながら、自分の弁当を突っついていた。

 そんなことをしていると、やがて、昼休みが終わりに近づいてきた。
 私たちは弁当箱を片付け、机を元に戻す。

「アイリちゃん、今日は一緒に手芸部だね。」

 ハナちゃんが期待を込めた目で私を見つめる。

「そうね。一緒に頑張りましょう。」

 私はハナちゃんにそう答える。
 ハナちゃんも嬉しそうに私の言葉に頷く。