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晴れ晴れとした表情で店を出てきた希海が見送りの羽美香に頭を下げた。
「とっても素敵なお料理ごちそうさまでした」
「どういたしまして」と、羽美香も頭を下げる。「またお待ちしております」
「はい」
軽トラを回してきた潮が窓を開けた。
「こんな車ですみませんね」
「いえ、わざわざ送ってもらえるなんて、それだけでありがたいです」
去っていく軽トラに手を振っていた羽美香は、姿が見えなくなると追いかけるように坂を上り始めた。
しばらく歩いて丘の上に出たところで港を見下ろしていると、エンジンをうならせながら軽トラが戻ってきた。
「どうしたの?」
「べつに」
軽トラを止めて、潮も羽美香の隣に並んだ。
眼下の港からは、ちょうどフェリーが出航していくところだった。
少し遅れて、風に乗ってかすかに汽笛が聞こえてきた。
羽美香はボサボサ頭に指を突っ込んで髪をかきあげた。
「希海さんのおばあさん、本当にさっきの話みたいに思ってたのかな?」
「そりゃ、分からないけど」と、潮は首を左右に振りながら自分の肩を揉んだ。「たぶんそんなに違ってないでしょ。だって、希海さんをあんなに素直で真っ直ぐな孫に育て上げた人だもん」
「そっか」
目を細めてフェリーを見送る妹の横顔に向かって姉は静かにたずねた。
「あんたはどう思うの?」
「おねえの言ったとおりだったらいいなとは願ってる」
「だったら、それが答えじゃない」
「ん?」
潮は笑みを浮かべたまま向こう岸の山々と空を見つめていた。
「心の凝りに効くのは正解じゃなくて、納得だから」
「ああ、そうだね」と、羽美香がうなずく。「答えじゃなくて、結果か」
「そういうこと。それでいいのよ」
二人は軽トラに歩み寄り、助手席のドアを開けた羽美香が潮にたずねた。
「おねえ、なんで今まで黙ってたのよ」
「何が?」
「預金通帳よ。私たちにも見せてくれれば良かったのに」
運転席に乗り込んだ潮がわざとらしくすました表情で答えた。
「見せたら、あまりにもお金がなくてあんたたち心配しちゃうでしょ。ま、その原因はあんたが飲んじゃうからだけどね」
「ああ、すみません。頭痛いです。これはもう、飲まないとやってられないわ」
「まったくもう」
「冗談です」
と、助手席に座ってシートベルトを締める羽美香の頬に冷たいものが押しつけられた。
キャッと悲鳴を上げる妹に姉から差し出されたのは島ミカンの缶ジュースだった。
「さっき港でもらってきたの」
「もう、びっくりしたじゃん」
「こういうのしか一緒に飲めなくてごめんね、下戸で」
狭い軽トラの中で視線を交わした二人は、クスクスと笑い合いながら島ミカンのジュースで乾杯した。
青い海、広い空、光、風、かすかな波音。
この島には何もない。
葉の茂ったミカン畑の坂道を軽トラがゆっくりと下っていく。
白い壁のカフェでは、淡いオリーブの葉が作る柔らかな木陰で、茶トラの太った猫が退屈そうに大きなあくびをしながら二人を出迎えていた。