◇
茜色の世界に再び遊園地が立ち上がった時、キャプテンは当然であるかのようにその場に居た。
「お、今日は服着てんじゃん」
「何度も裸を見られてたまりますかって」
「胸ペッタン見たって、仕方ないんだお」
「うっさいわ! これから育つんじゃ!」
今日も憎たらしい変態パンダだ。
こやって夢の中の遊園地でキャプテンと会うのは、もう五回目になる。アタシが裸で登場したのは最初の二回だけで、一昨日からは制服を着た状態で夢の世界に現れている。
「しかし、相変わらずいびつな遊園地だお」
「仕方ないじゃん。遊園地なんて来たことないんだもん」
この遊園地、一見それらしい作りにはなっているのだけれど、細かいところはかなりいい加減だ。メリーゴーランドの馬なんて何の支えもなく宙に浮いているし、轟音を響かせるローラーコースターだって車輪が付いてない。仕方ないじゃないか……本物なんて見たことがないのだから。アタシの持つイメージで、この夢の世界は形作られている。
「そんじゃ行きますか……夢を直しに」
観覧車の鉄骨には、相変わらず甲虫の姿をした夢喰バグが取り付いている。四日間の駆除作業でだいぶ数は減っているけど、それでもまだ相当な数のバグが観覧車をかじり続けていた。
「今日中に勝負きめんと、やばいかもな……」
観覧車の状態を確認していたキャプテンが、ポツリとつぶやく。
「ま、とりあえず始めるお」
そう言うといつものように、ピコピコハンマーを一本アタシに手わたした。
鉄骨をよじ登ってハンマーを振りおろす。ピコン!と軽い音を立てて、ハンマーがバグを捉えた。叩かれたバグは、ノイズが走るかのように歪んでその場で霧散する。こうやって一匹づつ叩いて駆除する地道な作業が、もう四日も続いているのだ。
「終わりの見えない作業って、やる気なくすよね」
「ここはアイコの夢だお。アイコがやる気なくして、どうするんだお」
「そりゃそうなんだけどさ……」
べつにやる気がない訳ではないのだ。でもなんかこう、バーッと一気に片付く方法はないものかと思ってしまう。
ピコン! ピコン! ピコン!
ピコン! ピコン! ピコン!
ピコン! ピコン! ピコン!
二人ならんで、黙々と夢喰バグを潰していく。
二時間ほど潰し続けた頃だろうか。夜の帳がおりてライトアップされた支柱のバグを潰しながら、キャプテンがおもむろに口を開いた。
「余計なお世話かもしれないけどさ……」
「何よ、改まって」
「ママンと、仲良くしたほうがいいお?」
突然ママの話を振られ、思わず手が止まってしまう。
「……な、なんでママのこと知ってるのよ」
「そりゃ、修理屋ですしおすし」
そうだった。修理屋は、必要な情報を夢から得ることができるのだ。アタシやママのことだって、必要な情報に含まれているのだろう。
「そんなこと言ったって……」
思わず口ごもってしまう。ママがアタシのことを避けているんだから、仕方ないじゃないか。避けられてるのにすり寄っていくだなんて、アタシにはできそうもない。
「ママンはアイコのこと、嫌ってなんかいないお」
アタシの考えを見透かしたようにつぶやく。
変わらぬペースで、ピコン! ピコン! と、キャプテンがバグを潰す音が響いていた。
「なんでそんな事が解るのよ」
「修理屋は、夢から夢へ渡れますしおすし……」
「行ってきたの? ママの夢に?」
アタシの問に答えず、キャプテンはバグを潰し続けている。
アタシのことを嫌ってないのなら、どうしてあんなに他人行儀な態度をとるのだろうか。どうして言葉ひとつ交わそうとしないのだろうか。あり得ない、あのママがアタシを嫌いじゃないなんて……。
ピコン! ピコン! ピコン!
ピコン! ピコン! ピコン!
ピコン! ピコン! ピコン!
キャプテンがバグを潰す規則的な音を聞きながら考え込んでいると、不意に取り付いている鉄骨に衝撃が走った。驚いて鉄骨にしがみつくともう一度大きな衝撃が走り、巨大な構造物がひしゃげる不快な音が響き始めた。
「支柱が崩れるお!」
キャプテンが叫ぶと、アタシの体を抱えて鉄骨から飛び降りる。その高さおよそ二十メートル! 思いがけないフリーフォール! なにこれ超こわい!
アタシを抱えたまま、キャプテンは見事な着地をキメる。あわてて見上げると支柱の崩壊は止まる気配がなく、時折、金属がこすれ合う音や破断する音が響く。
ひときわ大きな断裂音が響いたかと思うと、観覧車の大きな輪っかがゆっくりと地に落ちた。轟音とともに、地震のように地面が揺れる。輪っかは微妙なバランスを保ったまま、高台から転げ落ちそうになっている。観覧車の転がる先はどこかと見やれば、街の灯が輝いていた。
「まずいお! 転がりだすお!!」」
「どうせ夢なんだし、何が起こったって……」
「駄目だお。夢の中の物が壊れるってことは、アイコの心が壊れるってことだお。そうなったら……」
「そうなったら?」
目をつむって、キャプテンが首を横にふる。
なにそれ。とても口には出せないような事態になっちゃうわけ!?
「夢の中で輝いてる部分は、夢の主が大切にしてるものだお」
キャプテンが観覧車の先の街の灯を見やる。
「何としても、止めるんだお!」
真剣な面持ちで成り行き見守っていたキャプテンが、不意に走り出す。慌ててアタシも後を追う。
茜色の世界に再び遊園地が立ち上がった時、キャプテンは当然であるかのようにその場に居た。
「お、今日は服着てんじゃん」
「何度も裸を見られてたまりますかって」
「胸ペッタン見たって、仕方ないんだお」
「うっさいわ! これから育つんじゃ!」
今日も憎たらしい変態パンダだ。
こやって夢の中の遊園地でキャプテンと会うのは、もう五回目になる。アタシが裸で登場したのは最初の二回だけで、一昨日からは制服を着た状態で夢の世界に現れている。
「しかし、相変わらずいびつな遊園地だお」
「仕方ないじゃん。遊園地なんて来たことないんだもん」
この遊園地、一見それらしい作りにはなっているのだけれど、細かいところはかなりいい加減だ。メリーゴーランドの馬なんて何の支えもなく宙に浮いているし、轟音を響かせるローラーコースターだって車輪が付いてない。仕方ないじゃないか……本物なんて見たことがないのだから。アタシの持つイメージで、この夢の世界は形作られている。
「そんじゃ行きますか……夢を直しに」
観覧車の鉄骨には、相変わらず甲虫の姿をした夢喰バグが取り付いている。四日間の駆除作業でだいぶ数は減っているけど、それでもまだ相当な数のバグが観覧車をかじり続けていた。
「今日中に勝負きめんと、やばいかもな……」
観覧車の状態を確認していたキャプテンが、ポツリとつぶやく。
「ま、とりあえず始めるお」
そう言うといつものように、ピコピコハンマーを一本アタシに手わたした。
鉄骨をよじ登ってハンマーを振りおろす。ピコン!と軽い音を立てて、ハンマーがバグを捉えた。叩かれたバグは、ノイズが走るかのように歪んでその場で霧散する。こうやって一匹づつ叩いて駆除する地道な作業が、もう四日も続いているのだ。
「終わりの見えない作業って、やる気なくすよね」
「ここはアイコの夢だお。アイコがやる気なくして、どうするんだお」
「そりゃそうなんだけどさ……」
べつにやる気がない訳ではないのだ。でもなんかこう、バーッと一気に片付く方法はないものかと思ってしまう。
ピコン! ピコン! ピコン!
ピコン! ピコン! ピコン!
ピコン! ピコン! ピコン!
二人ならんで、黙々と夢喰バグを潰していく。
二時間ほど潰し続けた頃だろうか。夜の帳がおりてライトアップされた支柱のバグを潰しながら、キャプテンがおもむろに口を開いた。
「余計なお世話かもしれないけどさ……」
「何よ、改まって」
「ママンと、仲良くしたほうがいいお?」
突然ママの話を振られ、思わず手が止まってしまう。
「……な、なんでママのこと知ってるのよ」
「そりゃ、修理屋ですしおすし」
そうだった。修理屋は、必要な情報を夢から得ることができるのだ。アタシやママのことだって、必要な情報に含まれているのだろう。
「そんなこと言ったって……」
思わず口ごもってしまう。ママがアタシのことを避けているんだから、仕方ないじゃないか。避けられてるのにすり寄っていくだなんて、アタシにはできそうもない。
「ママンはアイコのこと、嫌ってなんかいないお」
アタシの考えを見透かしたようにつぶやく。
変わらぬペースで、ピコン! ピコン! と、キャプテンがバグを潰す音が響いていた。
「なんでそんな事が解るのよ」
「修理屋は、夢から夢へ渡れますしおすし……」
「行ってきたの? ママの夢に?」
アタシの問に答えず、キャプテンはバグを潰し続けている。
アタシのことを嫌ってないのなら、どうしてあんなに他人行儀な態度をとるのだろうか。どうして言葉ひとつ交わそうとしないのだろうか。あり得ない、あのママがアタシを嫌いじゃないなんて……。
ピコン! ピコン! ピコン!
ピコン! ピコン! ピコン!
ピコン! ピコン! ピコン!
キャプテンがバグを潰す規則的な音を聞きながら考え込んでいると、不意に取り付いている鉄骨に衝撃が走った。驚いて鉄骨にしがみつくともう一度大きな衝撃が走り、巨大な構造物がひしゃげる不快な音が響き始めた。
「支柱が崩れるお!」
キャプテンが叫ぶと、アタシの体を抱えて鉄骨から飛び降りる。その高さおよそ二十メートル! 思いがけないフリーフォール! なにこれ超こわい!
アタシを抱えたまま、キャプテンは見事な着地をキメる。あわてて見上げると支柱の崩壊は止まる気配がなく、時折、金属がこすれ合う音や破断する音が響く。
ひときわ大きな断裂音が響いたかと思うと、観覧車の大きな輪っかがゆっくりと地に落ちた。轟音とともに、地震のように地面が揺れる。輪っかは微妙なバランスを保ったまま、高台から転げ落ちそうになっている。観覧車の転がる先はどこかと見やれば、街の灯が輝いていた。
「まずいお! 転がりだすお!!」」
「どうせ夢なんだし、何が起こったって……」
「駄目だお。夢の中の物が壊れるってことは、アイコの心が壊れるってことだお。そうなったら……」
「そうなったら?」
目をつむって、キャプテンが首を横にふる。
なにそれ。とても口には出せないような事態になっちゃうわけ!?
「夢の中で輝いてる部分は、夢の主が大切にしてるものだお」
キャプテンが観覧車の先の街の灯を見やる。
「何としても、止めるんだお!」
真剣な面持ちで成り行き見守っていたキャプテンが、不意に走り出す。慌ててアタシも後を追う。