「今日の体育って、ハードルだっけ?」
「今日は長距離。学校の周りを延々と走らせるやつ」
「うわっ、マジか」

 小学生の頃から付き合いがあるといっても、高校で一緒に過ごすグループは別。
 自分には自分のコミュニティがあって、八木沢(やぎさわ)くんには八木沢くんのコミュニティがあるってことは理解している。
 けど、少し遠ざかる距離に寂しさを抱いてしまうのは自分だけ。
 そこに寂しさって感情が俺のことを誘いに現れる。

(しゅう)

 黒板近くで、仲のいいクラスメイトと喋る八木沢くん。
 俺はクラスメイトの築島(つきしま)たちと一台の机に集まりながらも、八木沢くんがクラスメイトとしての表情を見せてくれることが堪らなく嬉しくて顔がにやついている。

(しゅう)、そのにやついた顔はやめろって」
「だって、クラスに、あの八木沢嶺矢(やぎさわみねや)がいるんだよ!?」
「男子校で良かったな。今頃、おまえ、女子の嫉妬心に駆られて八つ裂きにされてると思う」
「え!?」

 その高身長を活かせば、バスケットボール部で大活躍が期待されること間違いないクラスメイトの築島(つきしま)に話しかけられる。でも、築島は根っからのゲームオタクで、体育以外で運動することを極端に嫌っている帰宅部に属する。

「12年も、そのテンションを保ってるおまえが怖い」
「えー、築島もやろうって! 八木沢嶺矢ファンクラブ!」
「パパさんに頼んで。俺は無関係でよろしく」
「えー……」

 俺と八木沢くんと築島は同じ小学校出身で、同じクラスに属してきた唯一の仲間。
 築島は八木沢くんを呼び捨てにするほど仲がいいけど、俺は八木沢くんのことを小学生のときから『くん』付けのまま成長がない。

「わかるよ、わかるよ! 人気急上昇中の俳優と一つ屋根の下だなんてね!」

 八木沢嶺矢(やぎさわみねや)のファンと称しておきながら、八木沢くんとの関係は何も変わらないことを少しだけ心で嘆いていたときのことだった。
 この世に存在するすべてのアニメを熟知している重度アニメオタクの梅里(うめさと)が話しかけてくれた。

「梅里なら、わかってくれると思ってた!」
「わかるよ、わかるっ! 柊の気持ちは、オタクの鏡として称賛されるはずだよ!」
「勝手にやっててくれ……」

 俳優の八木沢嶺矢と一緒に暮らすにあたって、家族会議が開かれた。
 社長の家で八木沢くんを預かっていることを隠すより、敢えて一緒に暮らしていることを公表した方が週刊誌的には旨味がない。
 そんな話し合いが行われ、クラスメイトどころか全国的にも社長の家で俳優の八木沢嶺矢くんが暮らしていることは知られている。

「嶺矢くんのお弁当は、柊が作っているのかい?」
「夕飯は頑張って作ってるけど、朝は起きれない……」

 夕飯の残り物や冷凍食品を活用しながら、翌日の昼に食べる弁当を準備するってこともやるにはやった。
 けど、毎日続けていたら、体が保たないってことを母親に指摘されてしまった。
 よって、八木沢くんのお昼ご飯を担当しているのは我が母君。

「好きな人と同居が始まったからって、柊は急に変われないってこと」

 後ろの席に座って、地獄としか言いようのない英語の授業の予習を始めた築島。
 予習に集中してくれればいいものの、彼は痛烈な言葉を投げかけてくる。
 そして、その築島の言葉に返す言葉も浮かんでこないから情けない。

「期間限定の同居生活なのはわかってるんだけど……」
「三年間なんて、あっという間だぞー」
「今日の築島、いじわるすぎ……」

 築島の攻撃に耐えかねていると、俺を救うために彼は現れてくれた。

(しゅう)

 クラスメイトと談笑していたはずの八木沢くんが、別グループの俺たちの元を訪れた。
 テレビに映るときのキラキラとしたオーラを放ちながら、クラスメイトの俺と接するために声をかけてくる。

「放送部の場所がまだわからなくて……」
「今日、当番だったっけ……?」
「いや、当番は先輩たち」
「そっか」

 高校に進学したのと同時に、一緒に放送部に入ることを選んだ俺と八木沢くん。
 だけど、入学したての高校という校舎は迷宮といっても過言ではない。