隆斗に正体がバレちゃった、あの日。
 俺、現実逃避の道具でしかないとか言って、隆斗の思いを踏み躙っちゃったのかな。
 隆斗が夢見てた、あのSnow springの舞台は……。

 ……ふと。
 舞台のRYUTOの MCに、耳を向けた。
「……あの、最高の舞台は……俺が夢見てた、あの、冬月さんは。俊太、お前にとって、音楽は、ただの夢から逃げる現実逃避でしかなかったのかよ。ただの、春高に行きたいっていう夢から逃げるための、道具でしかなかったのかよ! お前、本当は、音楽、好きじゃねえんじゃねえの」
 会場がどよめく。
「……おい、俊太。出てこいよ」
 ……は?
「舞台の上に出てこいよ」
 ……嫌だよ。
「早く出てこいよ!」
 ……嫌だよ。音楽は、俺にとって、夢から逃げるための道具でしか……。
「……お前に、最高の景色を見せてやるからよ」
 最高の、景色……。
「お前の大好きな、ドキドキな、ワクワクな感情を、見せてやるからよ……」
 ドキドキ、ワクワク……。
 俺の、大好きな感情。
「ステージに出てきてみろよ。ちょー快感だぞ」
 快感……。
 体が、勝手に動いていく。
 前に向かって、勝手に動いていく。
 階段を、一段一段上がる。
 舞台には。
 冬月と、書かれたタオルを掲げた、隆斗がいた。
「来たな、冬月。……サングラスを外せ。そして、みんなの方を見てみろ」
 KENJIさんがマイクを渡してくれた。
 サングラスを外す……。
 音楽は、現実逃避の道具でしかなくて。
 俺は、冬月は、俊太ではなくて……。
『お前の大好きな、ドキドキな、ワクワクな感情を、見せてやるからよ……』
『俺、今、久々に、めっちゃドキドキしてる』
『それ、最高の感情だよ! 俊太!』
 ……サングラスを外し、観客席を見た。
 
 4万人の人が、青く透き通った空の下で、俺のタオルを掲げている。
 俺の目の前の景色が、俺のタオルで、埋め尽くされている。
 なんだ、この景色。
 なんだ、この感情は。
 俺。
 ドキドキでも。
 ワクワクでも。
 ない。
 でも。
 俺。
 今。
 本当に。
「……しくて」
「んー? はっきりと言ってみろ、冬月……」
「嬉しくて、俺が、ずっとやってきた音楽を、こんなに応援してくれる人がいるなんて、嬉しくて……」
 目から、水が、止まらない。
 最高の、景色。
 最高の、感情。
 嬉しいって言う、感情!
「俊太。これは、お前が、音楽の力で、作り出した景色なんだよ。音楽には、人を動かす力がある。俊太、お前は、これだけたくさんの人を、音楽で、動かしたんだよ」
「……みんな、ありがと……」
 声が、震えてる。
「ワァァァァァ!」
「なあ。冬月」
「何だよ、RYUTO」
 スゥーっと、RYUTOは息を吸った。
「冬月はァー、音楽、好きかァー!?」
 ……俺は、単なる現実逃避かと思っていた。
 夢から遠ざかるための道具としか、思っていなかった。
 でも。
 こんなにたくさんの人に。
 俺を。
 見てもらえてる。
 こんなにたくさんの人が。
 俺のタオルを、掲げている。
 ずっと、匿名の人だった。
 でも。
 俺のファンが、冬月のことが好きな人が、こんなにも。
 本当に、こんなにも、いたんだ。
 ……そんなん、答えは、決まってるじゃん。
「ああ、大好きだ」
 隆斗が、ニヒッと笑って、右手にピースを作って、天高らかに掲げた。
 
「俺の勝ち!」