「これが高校の屋上か……」
昌磨が弁当を食べながらそう話した。
それを聞くと、太雅がククッと笑う。
「なんか、アニメみたいだな。こういうシーン」
「そうか、俺たちは、これから高校生になるのか」
そう言うと、隆斗がタコウインナーを口に運んだ。
秋楽園高校の体験入学は、こいつらが、隆斗と太雅が行きたいっていうから、昌磨と俺もついてきた。
4人で眺める、最初で最後の、青色の空。
前を向く2人を見ていると……なんだか、全てどうでもいいって思っていたはずなのに、なんだか……。自分が置いてかれているような気がする。
まあ、全部、どーでもいいけどなー……。
空を見上げた。
「なあ、めっちゃ青いな、空。今日」
……それは、今日じゃなくてもいいんだけど、高校の屋上から見る空は、いつもよりも透き通るように、青い。
「高校に入ったらどんな生活が待っているんだろう」
昌磨の方を見た。
昌磨は、屋上の床に寝そべっている。
「全然、想像つかんわ」
そう言いながら、太雅も寝そべった。隆斗も。
俺も、寝そべる流れかな。
空。
今日は快晴。
「なあ、なんで空って、青いんだろう」
隆斗の声が聞こえる。
少し、間が空いた。
「太陽って、白いよな」
太雅が呟く。
「いろんな光を混ぜると白くなるって聞いたことがあるんだよね」
天体が好きな太雅は、話を続ける。
「だから、太陽からくるいろんな色の光の中で、ほかの色の光が消えて、青だけ残ったのかも」
隆斗が尋ねる。
「じゃあ、なんで消えるんだろう」
「うーん、眠たい」
横を見ると、太雅は目を閉じている。
でも、青色って、なんか……。
青色ってなんか、空が青いって、なんとなく、高校生っていうか。
「……でも、俺ー、青じゃなきゃ、嫌かもしれないなー。なんでなのかはわからないけど、夕方の紅い色って、なんか、寂しい感じするから……」
……続きが、思いつかない。
「それで!?」
隆斗の大きな、ワクワクした声が響く。
「青色で、透き通ってて、俺たちを、未来に、連れてってくれるような、そんな感じがしてさー。でも、おれ、お前たちとすごす高校生活って、今日が最初で、最後だから。今日だけは、最高の高校生活を送れって、俺たちに言ってるみたいで……」
……。
「確かに」
大雅が、真顔で呟いた。
そして、隆斗が、カラカラと笑った。
「ほんとにそうだな〜!だから、空ってあんなに青い……」
隆斗の声が、少し小さくなった。
少し間が空き、はっとした隆斗の声が聞こえ、少し大きな声で話し始めた。
「コペルニクス的、転回! それ、コペルニクス的転回だよ!」
「コペ……?」
「前やったじゃん国語で! 天動説から地動説みたいな全然根っこから違うように考える考え方!」
……なんだ、それ。
「そうじゃん! そんなに難しく考える必要ねえじゃん! それだよ! それが、『思考・判断・表現』だよ! 『なぜ』の考え方の、真髄だよ! だから、お前は! 俊太は!」
そこまで隆斗が言うと、大雅がハハッと笑い、割って入った。
「マジでお前、頑張ってんだな。やっと気づいたかー、隆斗、結局そうなんだよなー」
「何のことだよー!」
昌磨が空に向けて叫んだ。
「空のことだよー!」
大雅が叫んだ。
「俺たちを高校に連れてってくれよー!!ウェーイ!絶対受かるぞー! 秋楽園ー! バスケするんだー!」
次に聞こえるのは、野球部の昌磨の声。
「おれも頑張るぞー! 甲子園待ってろー!」
……俺もなんか叫ぶ流れだなー。……めんどくさいから、うーん。
「高校生になってやるー!」
「俊太目標ひきーよー!」
「じゃあ、りゅーとー、お前の目標、言ってみろよー」
「おれは……」
隆斗は唾を飲み、叫んだ。
「内申取って、絶対に秋楽園高校に入るんだー!」
隆斗の声が響いた。
「……なあ、何で俊太ってさ、音楽の学科目指してんの?」
「それは……冬月さんみたいになりたくて……」
……え?
「俊太、こいつな、冬月さんのライブでギャン泣きしてたんだぞ」
「なっ……お前」
「そうそう。俺一緒に行ったんだけどな、目をキラッキラに輝かせて、冬月さんのこと、観てたんだよ」
「ばっ、お前、やめろよ」
ライブに、来ていた……?
「隆斗、俊太のランニング計測してる時にさ、人の心を動かす音楽を、作って、歌って、届けたい、って、ぼーっとしながら話してたんだよ」
「ちーがーう、あれは……」
……何、それ。
「認めろよ。隆斗。それで、もう一回、叫べ。空に向かって、夢を」
「もー、うるせえなぁ!……秋楽園に絶対受かって、それで、冬月さんみたいな歌い手になって、日本一の歌い手になって、それで、曲もたくさん作って、日本の音楽シーンを一気に盛り上げて、それで、それで、俺の曲が、誰かの心を動かして、それで、俺の曲で、俺の曲で……誰かの心を、ワクワクさせて、最高の感情にするんだー!!」
スマホのアナリティクスを確認する。
最近のコメントに、確かに、隆斗っていう人から来てるっていうのは、覚えてる。
あ、あった。
「次の曲も楽しみです!」
そっ……か。
こいつは。
冬月になりたくて。
冬月になりたくて、オール5を目指してるんだ。
そんなの。
そんなの、出来るわけないじゃん。
「ほら言ったぞ。俊太も夢言えよ」
「高校生になりたいって、言ったろ?」
「違うって、俊太、もっとでっかい夢、あるだろ?」
「ねえよ」
「あるだろ」
「ねえって」
「だって、一年の時、初めて会った時……」
「だからねえって! 隆斗お前さあ、本当に鬱陶しいんだよね」
「え……?」
……本当は、あるよ。
バレーボールの、夢、ってやつ。
俺が、ずっと追いかけてた、春高バレーの夢。
でも、でもさ。
誰も。
誰も、3年間も。練習に。付き合ってくれなかったんだよ……?
3年間のブランクなんて、もう、取り戻せないんだよ……?
だから、もう、春高バレーは、無理なんだよ……。
何で、何で隆斗は、叶いっこもない夢ばっか追いかけてるんだよ。
「こんな弱小校でバレー3年間しちゃった時点で、もう終わりなんだよ。だから、もう俺は無理なんだよ。スポーツ推薦は来なかったし、もし強い高校に行ったって、どうせベンチだよ。だって、3年間のブランクがあるんだもん。それなのに、音楽の夢を目指すとか言って無理な癖にオール5とか無謀なこと目指してるとさ、本当にイライラしてくるんだよね」
「……でも俊太、一年の頃はさ、高校生のバレーの全国大会、春高バレーを目指してたんじゃなかった……?」
「だからそれに出ることがもうできないから言ってんだよ!」
「……出来るかもしれないじゃん、今から強い高校に入ってさ」
「無理だよ、3年間、誰も練習、付き合ってくれなかったから、練習なんてしてねえんだよ……。3年間もブランクがあったら、強い高校入ったってベンチから眺めるだけだよ。思ったよ、色々考えたよ。でもさ、現実的に考えて、無理なもんは無理なんだよ。そう思い始めてからはさ、バレーのこと考えるだけで、ああ、俺は春高に出られないんだな、って思いが込み上げてくるから、バレーのことは考えないようにしててさ、春高の夢は、俺の中に閉ざしてたのに……」
大雅が口を開く。
「何だよ、続き話せよ」
「……隆斗が、サッカーとか俺にやらせてドキドキの感情とかワクワクの感情を思い出させるから、またバレーがやりたくなっちゃったじゃんか! また、春高に出られない現実を、他の中学だったら、1年からずっとチームメイトに恵まれてガチで練習してたら春高で得られたかもしれない最高の感情を、もう得られないって、隆斗のせいで、隆斗のせいで、春高に出られない現実を、悲しさを、何度も実感させられたんだよ! 俺は!」
俺が叩きつけたスマホを、隆斗が見る。
……あれ。
俺がさっき開いてた画面……。
アナリティクスの、画面じゃ……!
「おい、見るな、やめろ、見るなよ、隆斗、おい、やめろよ……」
隆斗が驚いた顔をしている……。バレた。バレてしまった。
「俊……太、お前……」
「くっそ……そうだよ、俺が冬月だよ」
「……は? じゃあ、俺が夢描いてた冬月さんは、お前、ってこと……?」
「そうだよ、俺だよ」
「……何で、何で歌い手なんてやってるんだよ……。春高に行きたくて、部活漬けになるんじゃなかったのかよ……。大会でベスト8取ったんじゃないのかよ……」
「何で歌い手やってるか? そんなの決まってるじゃん。現実逃避だよ。俺は、バレーのことを考えると春高にもう出れないんだって悲しくなるから、でも、冬月になっている時はバレーのことを忘れられるから、だから冬月をやってるんだよ。歌い手活動は、現実逃避の道具でしかねえよ。バレーの大会なんて、本当は勝ったことねえよ。だって、誰も練習付き合ってくれねーんだから……。せっかく現実逃避してんのに、お前が無理なことに挑戦しようとするから、それを見るたびに、俺は、春高に行けないんだって、悲しくなるんだよ」
「……は? 俺がずっと描いてた夢が、憧れていた冬月さんが、ただの現実逃避の道具……? そんな、そんなの……酷いよ……」
「……だから言わなかったんだよ……。大体お前さ、何だっけ? 無理なことだったとしても、やってみたらワクワクする、だっけ? だから、音大入って歌い手を目指す、だっけ?」
「……そうだよ。無理だと思うことだって、やってみたらもしかしたら」
「俺はさ、物心ついた時から鍵盤握ってたよ。絶対音感だって持ってるし、小学校の頃は週3でピアノ、週2で合唱団。あとの2日は自主練習だよ。それで、ずーっとやって来て、やっと、まともに曲が作れるようになったんだよ。それがさあ、何? 中1からギター触り始めて、楽譜もまともに読めねえのに、作曲始めて、今から歌い手目指して冬月に追いつきます? 無理に決まってるだろ! そういうクソみたいな夢見てるやつ見るとマジでイラつくんだよ!」
「クソみたいな夢じゃねえ! 俺は、俺は本気で、本気でお前みたいになりたいって思ったんだよ!」
「だからそれが無理だって言ってるんだよ! なんでわかんねえんだよ!」
何で、何でわかんねえんだよ……。
『なあ、お前何部入るの?』
『おれは、剣道部だけど……』
『え、じゃあ、高校でインターハイとか出るの!?』
『インターハイ……ってなに?』
『インターハイだよ! 全国のすっげー高校が集まる大会! お前はそれに出るの、って聞いてんの!』
『あ、ああ。出るかも。』
『そっか! おれ、インターハイも、出たいんだけど……』
『うん……』
『俺は、高校に入ったら、春高で全国に行きたい! 春高バレーってあってさ、メッッチャ強い人たちが、全国にテレビで放送されるの! 俺はそこで、最高の、俺のスパイクを、全国に見せつけてやるんだ……! だから、中学もバレー部に入って、練習するんだよ!』
『……そっか!いいな!』
『お互い、頑張ろうな!』
『……ああ!』
俺、本当は、春高バレー、どうしようもなく、夢、見てんだよ……!
それを夢見るたびに、くっそつれえんだよ!
だって、出れねえんだもん、もう。
もう、俺の夢は、終わったんだよ。
なのに。
なのに。
バレーは楽しいって。
俺の、心が。
心臓が。
もう一度バレーをやりたいって、言ってるかのようで。
隆斗にも。
俺自身にも。
めちゃくちゃ、イラつくんだよ。俺には、もう、春高バレーに出る未来は、ないのに……。
隆斗の、涙交じりの声が聞こえてくる。
「……なあ、俊太。お前、音楽、好きでやってんのか?」
「……だから言ったろ、現実逃避だって。別に好きでもねえよ」
「じゃあ、俺が! 最高のアーティストになって! お前に! 音楽が好きって、言わせてやるよ」
勝手なことばっかり言うんじゃねえよ。
「……無理。お前はアーティストにはなれない」
「じゃあ、勝負だ」
「……は?」
「俺が、お前に音楽が好きって10年以内に言わせられなかったら、お前の勝ち。俺が、音楽が好きって、10年以内に言わせたら、俺の勝ち。俺は、最高のアーティストになって、お前に、『音楽が好き』って、言わせてみせるさ」
「……やってみればいいじゃん。絶対無理だけど」
昌磨が弁当を食べながらそう話した。
それを聞くと、太雅がククッと笑う。
「なんか、アニメみたいだな。こういうシーン」
「そうか、俺たちは、これから高校生になるのか」
そう言うと、隆斗がタコウインナーを口に運んだ。
秋楽園高校の体験入学は、こいつらが、隆斗と太雅が行きたいっていうから、昌磨と俺もついてきた。
4人で眺める、最初で最後の、青色の空。
前を向く2人を見ていると……なんだか、全てどうでもいいって思っていたはずなのに、なんだか……。自分が置いてかれているような気がする。
まあ、全部、どーでもいいけどなー……。
空を見上げた。
「なあ、めっちゃ青いな、空。今日」
……それは、今日じゃなくてもいいんだけど、高校の屋上から見る空は、いつもよりも透き通るように、青い。
「高校に入ったらどんな生活が待っているんだろう」
昌磨の方を見た。
昌磨は、屋上の床に寝そべっている。
「全然、想像つかんわ」
そう言いながら、太雅も寝そべった。隆斗も。
俺も、寝そべる流れかな。
空。
今日は快晴。
「なあ、なんで空って、青いんだろう」
隆斗の声が聞こえる。
少し、間が空いた。
「太陽って、白いよな」
太雅が呟く。
「いろんな光を混ぜると白くなるって聞いたことがあるんだよね」
天体が好きな太雅は、話を続ける。
「だから、太陽からくるいろんな色の光の中で、ほかの色の光が消えて、青だけ残ったのかも」
隆斗が尋ねる。
「じゃあ、なんで消えるんだろう」
「うーん、眠たい」
横を見ると、太雅は目を閉じている。
でも、青色って、なんか……。
青色ってなんか、空が青いって、なんとなく、高校生っていうか。
「……でも、俺ー、青じゃなきゃ、嫌かもしれないなー。なんでなのかはわからないけど、夕方の紅い色って、なんか、寂しい感じするから……」
……続きが、思いつかない。
「それで!?」
隆斗の大きな、ワクワクした声が響く。
「青色で、透き通ってて、俺たちを、未来に、連れてってくれるような、そんな感じがしてさー。でも、おれ、お前たちとすごす高校生活って、今日が最初で、最後だから。今日だけは、最高の高校生活を送れって、俺たちに言ってるみたいで……」
……。
「確かに」
大雅が、真顔で呟いた。
そして、隆斗が、カラカラと笑った。
「ほんとにそうだな〜!だから、空ってあんなに青い……」
隆斗の声が、少し小さくなった。
少し間が空き、はっとした隆斗の声が聞こえ、少し大きな声で話し始めた。
「コペルニクス的、転回! それ、コペルニクス的転回だよ!」
「コペ……?」
「前やったじゃん国語で! 天動説から地動説みたいな全然根っこから違うように考える考え方!」
……なんだ、それ。
「そうじゃん! そんなに難しく考える必要ねえじゃん! それだよ! それが、『思考・判断・表現』だよ! 『なぜ』の考え方の、真髄だよ! だから、お前は! 俊太は!」
そこまで隆斗が言うと、大雅がハハッと笑い、割って入った。
「マジでお前、頑張ってんだな。やっと気づいたかー、隆斗、結局そうなんだよなー」
「何のことだよー!」
昌磨が空に向けて叫んだ。
「空のことだよー!」
大雅が叫んだ。
「俺たちを高校に連れてってくれよー!!ウェーイ!絶対受かるぞー! 秋楽園ー! バスケするんだー!」
次に聞こえるのは、野球部の昌磨の声。
「おれも頑張るぞー! 甲子園待ってろー!」
……俺もなんか叫ぶ流れだなー。……めんどくさいから、うーん。
「高校生になってやるー!」
「俊太目標ひきーよー!」
「じゃあ、りゅーとー、お前の目標、言ってみろよー」
「おれは……」
隆斗は唾を飲み、叫んだ。
「内申取って、絶対に秋楽園高校に入るんだー!」
隆斗の声が響いた。
「……なあ、何で俊太ってさ、音楽の学科目指してんの?」
「それは……冬月さんみたいになりたくて……」
……え?
「俊太、こいつな、冬月さんのライブでギャン泣きしてたんだぞ」
「なっ……お前」
「そうそう。俺一緒に行ったんだけどな、目をキラッキラに輝かせて、冬月さんのこと、観てたんだよ」
「ばっ、お前、やめろよ」
ライブに、来ていた……?
「隆斗、俊太のランニング計測してる時にさ、人の心を動かす音楽を、作って、歌って、届けたい、って、ぼーっとしながら話してたんだよ」
「ちーがーう、あれは……」
……何、それ。
「認めろよ。隆斗。それで、もう一回、叫べ。空に向かって、夢を」
「もー、うるせえなぁ!……秋楽園に絶対受かって、それで、冬月さんみたいな歌い手になって、日本一の歌い手になって、それで、曲もたくさん作って、日本の音楽シーンを一気に盛り上げて、それで、それで、俺の曲が、誰かの心を動かして、それで、俺の曲で、俺の曲で……誰かの心を、ワクワクさせて、最高の感情にするんだー!!」
スマホのアナリティクスを確認する。
最近のコメントに、確かに、隆斗っていう人から来てるっていうのは、覚えてる。
あ、あった。
「次の曲も楽しみです!」
そっ……か。
こいつは。
冬月になりたくて。
冬月になりたくて、オール5を目指してるんだ。
そんなの。
そんなの、出来るわけないじゃん。
「ほら言ったぞ。俊太も夢言えよ」
「高校生になりたいって、言ったろ?」
「違うって、俊太、もっとでっかい夢、あるだろ?」
「ねえよ」
「あるだろ」
「ねえって」
「だって、一年の時、初めて会った時……」
「だからねえって! 隆斗お前さあ、本当に鬱陶しいんだよね」
「え……?」
……本当は、あるよ。
バレーボールの、夢、ってやつ。
俺が、ずっと追いかけてた、春高バレーの夢。
でも、でもさ。
誰も。
誰も、3年間も。練習に。付き合ってくれなかったんだよ……?
3年間のブランクなんて、もう、取り戻せないんだよ……?
だから、もう、春高バレーは、無理なんだよ……。
何で、何で隆斗は、叶いっこもない夢ばっか追いかけてるんだよ。
「こんな弱小校でバレー3年間しちゃった時点で、もう終わりなんだよ。だから、もう俺は無理なんだよ。スポーツ推薦は来なかったし、もし強い高校に行ったって、どうせベンチだよ。だって、3年間のブランクがあるんだもん。それなのに、音楽の夢を目指すとか言って無理な癖にオール5とか無謀なこと目指してるとさ、本当にイライラしてくるんだよね」
「……でも俊太、一年の頃はさ、高校生のバレーの全国大会、春高バレーを目指してたんじゃなかった……?」
「だからそれに出ることがもうできないから言ってんだよ!」
「……出来るかもしれないじゃん、今から強い高校に入ってさ」
「無理だよ、3年間、誰も練習、付き合ってくれなかったから、練習なんてしてねえんだよ……。3年間もブランクがあったら、強い高校入ったってベンチから眺めるだけだよ。思ったよ、色々考えたよ。でもさ、現実的に考えて、無理なもんは無理なんだよ。そう思い始めてからはさ、バレーのこと考えるだけで、ああ、俺は春高に出られないんだな、って思いが込み上げてくるから、バレーのことは考えないようにしててさ、春高の夢は、俺の中に閉ざしてたのに……」
大雅が口を開く。
「何だよ、続き話せよ」
「……隆斗が、サッカーとか俺にやらせてドキドキの感情とかワクワクの感情を思い出させるから、またバレーがやりたくなっちゃったじゃんか! また、春高に出られない現実を、他の中学だったら、1年からずっとチームメイトに恵まれてガチで練習してたら春高で得られたかもしれない最高の感情を、もう得られないって、隆斗のせいで、隆斗のせいで、春高に出られない現実を、悲しさを、何度も実感させられたんだよ! 俺は!」
俺が叩きつけたスマホを、隆斗が見る。
……あれ。
俺がさっき開いてた画面……。
アナリティクスの、画面じゃ……!
「おい、見るな、やめろ、見るなよ、隆斗、おい、やめろよ……」
隆斗が驚いた顔をしている……。バレた。バレてしまった。
「俊……太、お前……」
「くっそ……そうだよ、俺が冬月だよ」
「……は? じゃあ、俺が夢描いてた冬月さんは、お前、ってこと……?」
「そうだよ、俺だよ」
「……何で、何で歌い手なんてやってるんだよ……。春高に行きたくて、部活漬けになるんじゃなかったのかよ……。大会でベスト8取ったんじゃないのかよ……」
「何で歌い手やってるか? そんなの決まってるじゃん。現実逃避だよ。俺は、バレーのことを考えると春高にもう出れないんだって悲しくなるから、でも、冬月になっている時はバレーのことを忘れられるから、だから冬月をやってるんだよ。歌い手活動は、現実逃避の道具でしかねえよ。バレーの大会なんて、本当は勝ったことねえよ。だって、誰も練習付き合ってくれねーんだから……。せっかく現実逃避してんのに、お前が無理なことに挑戦しようとするから、それを見るたびに、俺は、春高に行けないんだって、悲しくなるんだよ」
「……は? 俺がずっと描いてた夢が、憧れていた冬月さんが、ただの現実逃避の道具……? そんな、そんなの……酷いよ……」
「……だから言わなかったんだよ……。大体お前さ、何だっけ? 無理なことだったとしても、やってみたらワクワクする、だっけ? だから、音大入って歌い手を目指す、だっけ?」
「……そうだよ。無理だと思うことだって、やってみたらもしかしたら」
「俺はさ、物心ついた時から鍵盤握ってたよ。絶対音感だって持ってるし、小学校の頃は週3でピアノ、週2で合唱団。あとの2日は自主練習だよ。それで、ずーっとやって来て、やっと、まともに曲が作れるようになったんだよ。それがさあ、何? 中1からギター触り始めて、楽譜もまともに読めねえのに、作曲始めて、今から歌い手目指して冬月に追いつきます? 無理に決まってるだろ! そういうクソみたいな夢見てるやつ見るとマジでイラつくんだよ!」
「クソみたいな夢じゃねえ! 俺は、俺は本気で、本気でお前みたいになりたいって思ったんだよ!」
「だからそれが無理だって言ってるんだよ! なんでわかんねえんだよ!」
何で、何でわかんねえんだよ……。
『なあ、お前何部入るの?』
『おれは、剣道部だけど……』
『え、じゃあ、高校でインターハイとか出るの!?』
『インターハイ……ってなに?』
『インターハイだよ! 全国のすっげー高校が集まる大会! お前はそれに出るの、って聞いてんの!』
『あ、ああ。出るかも。』
『そっか! おれ、インターハイも、出たいんだけど……』
『うん……』
『俺は、高校に入ったら、春高で全国に行きたい! 春高バレーってあってさ、メッッチャ強い人たちが、全国にテレビで放送されるの! 俺はそこで、最高の、俺のスパイクを、全国に見せつけてやるんだ……! だから、中学もバレー部に入って、練習するんだよ!』
『……そっか!いいな!』
『お互い、頑張ろうな!』
『……ああ!』
俺、本当は、春高バレー、どうしようもなく、夢、見てんだよ……!
それを夢見るたびに、くっそつれえんだよ!
だって、出れねえんだもん、もう。
もう、俺の夢は、終わったんだよ。
なのに。
なのに。
バレーは楽しいって。
俺の、心が。
心臓が。
もう一度バレーをやりたいって、言ってるかのようで。
隆斗にも。
俺自身にも。
めちゃくちゃ、イラつくんだよ。俺には、もう、春高バレーに出る未来は、ないのに……。
隆斗の、涙交じりの声が聞こえてくる。
「……なあ、俊太。お前、音楽、好きでやってんのか?」
「……だから言ったろ、現実逃避だって。別に好きでもねえよ」
「じゃあ、俺が! 最高のアーティストになって! お前に! 音楽が好きって、言わせてやるよ」
勝手なことばっかり言うんじゃねえよ。
「……無理。お前はアーティストにはなれない」
「じゃあ、勝負だ」
「……は?」
「俺が、お前に音楽が好きって10年以内に言わせられなかったら、お前の勝ち。俺が、音楽が好きって、10年以内に言わせたら、俺の勝ち。俺は、最高のアーティストになって、お前に、『音楽が好き』って、言わせてみせるさ」
「……やってみればいいじゃん。絶対無理だけど」