出席番号と日にちで、当てられた問題は、③。
「y=2x²において、xが1から3まで変化する時の変化の割合を求めよ」
 5分後、黒板に書きに行かなければならない。
 途中式は、書かないでもいいらしい。
 教科書通りで行けば、変化の割合はxの増加量/yの増加量で求められる。が、それだと式が多くなる。
 この全く同じ問題、塾でやった。
 2×(1+3)。それだけ。
 塾のやり方なら、簡単に求められる。超楽勝。
 数学が得意な脳に生まれて、よかった。

 答えは8。
 じゃあ、例の感想用紙、マイコンパスを書こうか……。いや、書くことが……ない……。
 ……あー、だる。
 ……眠いな。昨日徹夜でゲームやってたから。寝ようかな。
 前の席の隆斗。おれより早く終わったのだろうか。
 マイコンパスをすごいスピードでたくさん書いている。
 何をそんなに、書くことがあるのだろうか。本当に、必死だな、隆斗。
 そう言えば、何で隆斗は、音楽の道に進もうといきなり思ったんだろう。
 確かに、修学旅行の時にも、音楽のテストでも、歌はめちゃくちゃうまかった。
 夢……かな。
 隆斗、歌でやっていくことを、夢、見てるのかな。
 そっ……か。
 ……。
 ……。

「奥寺」
 ……!
 やばい。
 完全に寝ていた。
「これ、どうやって解いた」
「……えーっと……」
 体の力を振り絞って、椅子から立った。
 なんでおれだけ当てられた? 他の奴らは〇で終わった。
 
「y=ax²において、xがpからqまで変化する時の変化の割合は、a(p+ q)になるので、aのところが2、pのところが1、 qのところが3になっていたので、この方法で、解きました」
「何だその方法は。どうしてそうなる。なぜそうなるんだ」
 なぜ、そうなる……そりゃあ、普通に考えて……。
「教科書通りの公式を変形したらそれになるからじゃないですか」
 先生は、一瞬だが、目を丸くした。
 そして、ムッとした顔になった。
「本当にそうなるのか?」
「いや、どうなんだろう……」
「もういい。奥寺、座れ」
 ……
 あ、そっか。塾で習った公式、テストではいいけど授業では使ったらいけないって、塾の古田先生、言ってたっけ。
 あー、だから先生怒ってんのかー。
「先生は、みんなが塾に行ってることくらい、わかってます。塾では、この公式を、教えます」
 先生は、教壇の両端に手をついた。
「でもね。なんでそうなるか、分からなかったら、使っちゃダメですよ。何でそうなるか、説明できなかったら、使っちゃいけない」
 教室が、しーん、とする。
「誰か、これを証明できる人、いないんですか」
 先生が、小さく右手を挙げる。
 その瞬間、クラス中の数学自慢が、カリカリと計算式を解き始めた。
「誰もいないんなら……」
 その間、5秒間。
 手を挙げた。
 隆斗が。
 目の前で、手を、挙げている。
「ほう。じゃあ、岩田くん。証明してみてください」
「前に出てもいいでしょうか」
「はい」
 隆斗って、クラスで目立つようなこと、するタイプだったっけ。
 ……するタイプだったな。
 なんか、頭のいい奴って、めんどくさいな……。
 
 隆斗は、席を立った。
 クラスの全員が、隆斗を見ている。
 隆斗が、歩く。
 チョークを手に取り、サーっと文字を書いた。

 ……頭のいい奴って、めんどくさいなー、目立ちたがり屋で。
 隆斗は拍手に照れながら席に戻る。
「すげえだろ」
「……なんか隆斗、かっけーね」
 隆斗はフフッと笑い、また前を向いた。