修学旅行から、学校に帰るバスの中。
 ビンゴで当たった人がカラオケを歌うゲームが行われていた。もう、バスは到着間近だ。
「じゃあ、次の人が最後です! ……9番!」
 どよどよ、とざわつく。
「……はい」
 恥ずかしそうに、隆斗が手を挙げている。その横で、昌磨がケラケラ笑っている。
「じゃあ、トリは隆斗に歌っていただき……お前大丈夫か?」
 マイクが隆斗に渡る。
「……あ、うん。絶叫も克服したし! 勇気は出たから大丈夫!!」
 少し笑いが起こる。……あいつ何言ってんだよ。
「絶叫……? まあいいや、そーしたら、歌って頂きましょう! じゃあ、曲選んで……」
 隆斗は、曲を入れ、マイクを構え、歌い始めた。
 すると、バスの中が、スッと、静まり返った。
 綺麗な声。みんなが、隆斗の声を聴き入っていた。
「まってー、上手くね?」
 小声で、大雅は俺にそう呟く。
「あー……確かに」
 Bメロに入った。力強くも儚げに歌う隆斗に、バス全体は魅了されていた。
 サビに入った。……めっちゃうまい。てか、かっけえー……。普段そんな騒がねえのに、去年も同じクラスだったのに、全然気づかなかったなー……。こんなに、歌の才能があったんだー……。
 一番を歌い切った。
「おおおー!」
 バスの中が盛り上がり、笑顔に包まれ、盛大な拍手が生まれた。
「みんなも、一緒に歌おー!」
 隆斗が調子に乗ってアーティストみたいなことを言うが、会場は完全に隆斗の世界に包まれている。
「イエーーイ!」
 みんな、一緒に歌い始めた。隣で大雅も楽しそうに歌ってる。楽しそうだなー……。まあ、俺は歌わないけど。
 盛り上がりながら、バスは学校の前の最後の信号についた。
 ラスサビ前、隆斗が儚げで綺麗な歌声を出すと、また、静まり返った。真剣に聴き入る。
 なんか、本当にライブ会場にいるみたいだなー……。
 大雅も、感動してる。
 ラストのサビに入った。大きな、強い声で、楽しそうな声で、歌い始めたから、みんなも一緒に歌ってる。
 歌が終わった。
「イエーイ!」
 バスの中は一気に盛り上がった。
「隆斗上手いね!」
「めっちゃ上手」
「お前めっちゃ上手くね!?」 
 そんな声が、たくさん聞こえてきた。
「隆斗、ガチうめー! やべー! お、そろそろ学校着いたぜ! 最後に盛り上げてくれてありがとう、隆斗!」
 司会の、背の高いサッカー部の天野がそう言うと、バスの中は拍手で包まれた。
 ……こんなふうに、誰かを盛り上げるって、楽しい……のかな。
 俺は、あんまりそうは感じないけど。
 まあ、でも。
 隆斗は、結構楽しそうだなー……。
 てか、隆斗って普通にウェイだよな。前でていけるし。
 すごいわ。
 俺にもそんなエネルギー分けてほしいわー……。

 家に帰って、パソコンを立ち上げる。
 昨日出した歌ってみた動画は、40万回視聴。
 俺には、何百万人もの仲間がいる。
 顔の知らない、仲間が。
 ここが、俺の、居場所。
 俺の名前は、冬月。
 何で冬月かって、冬に月が綺麗だったから、冬月。
 俺は、自分が、別に歌が好きってわけじゃない。
 何となーく。
 することないし。
 やってるだけ。
 バレー……。
 バレーのこと考えると、結構イライラしてくるから。
 だから、考えないようにしてる。
 そのために、冬月をやってるっていうのもあるかな。
 現実逃避、ってやつ?
 いや。
 自分に閉ざしている秘密、っていうやつか。
 自分の中に、バレーの、は閉まってある。
 閉ざしてある。
 そして、俺は。
 家の中にいる時は冬月で。
 俺は、冬月をやっている時だけは。
 バレーの、を忘れられる。
 冬月の力を借りて、バレーの、を考えないようにしているだけ。
 それだけ。
 それだけ。
 まあ、そんなもんでしょ。
 冬月は……学校の誰にも、知られたくない。
 ここは、俺が見つけた、俺だけの居場所だからさー……。
 ……なんか最近、つまんないなー。
 いいことないなー……。
 てか、全てがどうでもいー……。
 別に、いいことなくてもどうでもいー……。
 めっちゃどうでもいー……。