1年の頃、パソコンを買ってもらった。それを使って、何個か曲を作った。でも、やっぱコード理論を根本から勉強すると、それはそれで自分のわかってなかったところとかも見えてくるし、何より、結構楽しい。
俺は、黒のエレキギターを手に取り、マルチエフェクターから繋がれたヘッドホンを付け、2年の時に作った曲のコードを弾きながら、主旋律を鼻歌で歌う。
『なあ、隆斗何部入るの?』
『おれは、剣道部だけど……』
『え、じゃあ、高校でインターハイとか出るの!?』
『インターハイ……ってなに?』
『インターハイだよ! 全国のすっげー高校が集まる大会! 隆斗はそれに出るの、って聞いてんの!』
『あ、ああ。出るかも。』
『そっか! 俺、インターハイも、出たいんだけど……』
『うん……』
『俺は、高校に入ったら、春高で全国に行きたい! 春高バレーってあってさ、メッッチャ強い人たちが、全国にテレビで放送されるの! 俺はそこで、最強の俺のスパイクを、全国に見せつけてやるんだ……! だから、中学もバレー部に入って、練習するんだよ!』
『……そっか! いいな!』
『お互い、頑張ろうな!』
『……ああ!』
懐かしい、1年の頃の俊太との会話を思い出す。
俊太は、変わってしまった。
あの時の俊太は、もう、多分もう、いないんだと思う。
全中予選。これが最後の大会。部屋の隅に掛けてある4本の竹刀を見つめる。
1つは胴張り。手元が重く、先が軽い。取り回しがしやすく、相手の打ちにも瞬時にカウンターに入れる。
他は全て、古刀型。全体にバランスよく重さが乗っている、普通の竹刀。
試合用に、親に頼み込んで買ってもらった胴張りの竹刀には、一度だけ公式大会に出た時に検量をされた印の判子が、柄の白い皮に押してある。
俺は、ギターを置き、動画サイトを開いた。
最近ハマってる、ゆきとP。ダークな曲が多いけど、ボカロの単調な声に似合っててめっちゃかっこいい。
嫌なことがあったり、現実を忘れたい時は、いつもゆきとPの曲を聴く。あと、ゆきとPは歌い手の冬月さんと仲良しで、この人が、いつも、ゆきとPのボカロ曲をカバーする。少しクセのある歌い方だけど、それがアクセントになってて、アレンジも入れてくれて、なんか心に染み渡るような歌い方をしてくれる。落ち着くし、テンション上がるし。俺は、この2人のアーティストがすごく好きだ。
特に、冬月さんは大好きで、今度大雅と一緒にドームにライブに行く。とても人気の歌い手さんで、でも顔出しをしていない謎めいた歌い手さん。俺も歌い手の活動をしているのだけれど、全然登録者は増えない。今は、どうしたら冬月さんに近づけるかな、って真剣に考えている。
冬月さんのライブに行くのは初めてだから、というかアーティストのライブに行くこと自体初めてで、めっちゃ楽しみだし、緊張してるし、ワクワクしてるし、ドキドキしてる。
明日は持久走。本当に嫌。でも、下位の方でゴールするよりは、少し練習して、真ん中らへんの順位を取る方がマシだと俺は思う。だから、ランニングをするために、ジャージに着替え、ポケットにスマホを入れて、イヤホンをつけて、鍵を開け、自分の部屋を出て、鍵を閉めた。
俺の部屋は、聖域だと思っている。誰にも、邪魔されたくないし、入られたくない。
階段を降り、最近買った値段が高いけど結構かっこいいランシューを履いた。
夜8:30。外は少し寒い。でも、星と月がキラキラしてて、空も真っ暗っていうよりは少し紫がかってる気がする。ランニングのアプリを開き、冬月さんのカバーを集めたプレイリストを動画サイトでバックグラウンドで再生し、左足から踏み出す。
木がたくさん並んでるところを抜けると、少し坂がある。それを登ると、何軒か家が並んでいて、その先には目立つ光を放つコンビニがある。そこで右に曲がると、田んぼが何個か並んでいる。電灯が等間隔に配置され、ぼんやりと光っている。その奥に、隣町の幻想的な夜景が、少し顔を出している。
左に曲がると、公園が見えた。いつもは少し怖いけど、ヤンキーみたいな、高校生か、大学生か、季節外れの花火をやってて楽しそう。
こうやって、走ってる時、いろんなことを、忘れられる気がする。
明日なんとなく学校行くのだるいこととか、まだ少し毎日課題が残ってることとか、自分がもう受験生であることとか、内申点が低いこととか、あと、俺が、全中予選の直前の団体戦のレギュラーメンバーに、入っていなくて、大会本番、レギュラーメンバーが、すぐに、負けてきたこととか。
毎日、家の庭で素振りをした。部活にも一番に行って、着替えて、とにかく竹刀を振った。それでも、無理だった。超えられなかった。他の奴らを。
――
「……以上が、次の大会のメンバーだ。しっかりと整えておけ。では、解散」
はい、という返事が道場に轟く。でも、俺は、その時返事をしていただろうか。ただ茫然と、前を見つめていた。
窓の外に、一つ二つと、星が出る。空は暗い青色、月も見える。外にいる奴らが、まだ声を出して走っている。
半分開けられた大きな窓の隙間から、スーッと、夜風が入ってくるのがわかった。
その風が、たくさんの記憶を一緒に連れてきた。
暗い庭で、素振りをした。その日の全ての練習メニューを、前に相手がいることを想定して、空振りで毎日再現した。
左足のつま先で一気に飛び出す力が必要って聞いたから、階段をつま先で何度も駆け上がった。
STが終わって、道場に走ってきて、すぐに着替えて、鏡を見ながら姿勢を整えて竹刀を振った。
また、強めの風が吹いた。
外を見ると、そこらじゅうでみんながトンボがけをしている。
我に帰って振り返ると、もうみんな、防具を外し終えていた。
悔しい。
なんで。
なんで、おれは……。
「なあ」
チャリ置き場で、大雅に話しかけられた。
「なんだよ」
強めに言い返してしまった。
「これ、一緒に行かね?」
チケットを1枚、渡された。
それは、冬月さんのライブのチケットだった。
「お前、これ、なんで……」
「余ってたから」
「お前、なんで、今これを……。お前、なんで、おれの気持ちがわかるんだよ……」
大雅は、ポケットからティッシュを取り出し、一枚おれにくれた。
「お前、感情が顔に出すぎなんだよ」
気がつくと、涙が流れていた。
自分が単純すぎて、少し、笑えてきた。
「なるほどな」
ティッシュで涙を拭く。
俺はチケットを握り締め、上ジャージの右ポケットに入れ、ヘルメットを被り、ハンドルに手をかけ、スタンドを蹴った。
「帰ろうぜ」
「ああ」
――
公園は少し大きめで、ランニング中いつも、なかなか視界から消えない。
公園の奥の方に、小さなバスケットゴールがある。
花火をしているヤンキーの向こう側。人影が見える。
よく見た。
ボールをついて、シュートする。
決まった。
それをすぐにキャッチし、また少し離れて、シュートをする。
外れた。
そいつが、ボールを拾い、近づいてくる。
でも、少し輪郭がおかしい。
本当に人だろうか。
本当に、人間だろうか。
夜も更けている。
どんどん近づいてくる。
やばい。足が動かない。
どんどん、近づいてきて、口が開く。
「お前! 隆斗じゃん! なんでこんなところに」
男はフードを上げた。
大雅だった。
「大雅! お前、なんで。」
「もうすぐ全中じゃん?」
そしてニッと笑い、また、バスケゴールの方に戻って行った。
一言で全てを伝えるのも、大雅らしくていい。
でもまさか、夜ラン中に知り合いに会えるとは思わなかった。なんか、不思議な気分。
俺は大雅について行った。
そして、すぐそばのベンチに座った。
「なー、隆斗」
3ポイントの位置で大雅がシュートをしながら、話しかけてくる。
「なんだよー」
「お前さー、高校どこにするのー?」
シュートが外れ、ボールを取りに行く。
「決めてないけどー? 大雅はー?」
「秋楽園高校!」
また、3ポイントの位置で、ボールをグッと構えた。
「なんでー?」
「バスケがつえーから!」
そういうと、サッとボールを投げた。
そのまま、ボールは上からゴールに入った。
大雅は小さくガッツポーズをし、ボールを取りに行った。
「ふー、疲れた」
大雅は、おれの隣に座った。
よく見ると隣に、スポドリが一本置いてある。
それを手に取り、飲んだ。
「綺麗だなー」
大雅は上を見ながら、そう言った。
「そうだなー」
空は星が満開で、絵本の中の世界みたいだった。
オリオン座、カシオペア座……色々線を結びたくなる。
月も綺麗。雲も。
「でもさー、あそこってバスケめっちゃ強いでしょ? 試合出れないんじゃない?」
「出れないかもなー」
大雅はスポドリをもう一口飲んだ。
「あと、秋楽園って、練習地獄みたいにきついらしいじゃん」
「あー、らしいね」
「夏休み3日しかないとか……」
「マジで!? ハハッそれはつれえ」
隣で大雅が笑う。
「お前、秋楽園高校のバスケ部、本気で目指してるの?」
「うん。目指してるよ」
「なんで」
「強いから」
「でも、練習地獄だよ? 試合出れないかもしれないし」
「フッ、確かに」
俺は、大雅の方を見た。
「なのに、なんで。あ、まさか、プロ目指してるとか!」
「いやー、違うけど。」
大雅は、空を見上げている。
「高校って、もっと将来のこと考えたりとかして決めない? 普通……」
「そうなのかな……」
「そうだよ」
「ふーん……」
夜風が吹く。
春の匂いがする。
「りゅーとー……」
大雅は、星空を見つめる。
「確かにさ、試合に出られるかとか、わからないよ。練習も辛くて、それに俺が耐えられるのかとか、わからないし」
太雅は立ち上がり、ボールをドリブルして、また、スリーポイントの位置に立った。
「でもさ」
ぐっと構え、狙いを定め、シュートをした。
「無理だって思っても、やってみた方が、ワクワクするじゃん」
ボールは、スッと、ゴールに入った。
「ナイッシュー……」
「あざ」
少し笑いながら、ボールを取りに行き、また、俺の隣に座った。
2人で、星空を眺める。
「ねえ、大雅」
「ん?」
「俺……もさ、実は、秋楽園高校に入りたいって思ってるんだよね」
「え、そうなの?」
「秋楽園高校の音楽科」
「音楽! そうなんだ」
「実は秋楽園高校って、名門音大の日本音楽芸術大学の附属でね。で、日本音楽芸術大学って、ゆきとPも出てる大学なの」
「うん」
「それでね……」
日本音楽芸術大学は、名門の音大だが、一つ、ある特徴がある。それは、附属の音楽科からのエスカレーター推薦でしか、入れないこと。その附属は、いくつか高校があって、その高校の中の一つが、秋楽園高校。ここなら家から通える。
日本音楽芸術大学の附属高校の音楽科には、ある特殊な共通点がある。それは、実技試験がないことと、それと、内申のボーダーラインがオール5の45で、それ以下は全員足切りであること。
3学期の通知表に記載される内申点は、1年間の総合評価である。
その、3学期の通知表に記載された内申点が、オール5でないと、足切りをくらい、受験資格を失う。
俺が音楽を好きになってギターを弾き始めたのは、中学1年生の時。それからたくさん研究をして、作曲までできるようになった。
色々考えた。色々考えたんだけど、やっぱり音大に行って知識をつければ、音楽に詳しくなれるし、歌の練習だってたくさんすると思うし、人気が出るんじゃないかな、なんて思った。
俺は、本当は、冬月さんみたいになりたい。
あんなにたくさんの声色を使いこなして、ネットにアップして、何百万もの登録者数を稼いで、有名な歌い手になりたい。
それが、俺の夢。
でも。
俺には、音楽経験が少なすぎる。
日本音楽芸術大学なら、実技のない附属高校から行けるから、俺にも挑戦できると思った。
でも。2つ目の条件の、オール5を取らないといけないっていうのが、めっちゃ厳しい。
俺は、よく、学年1位を取る。でも。内申で、40を超えたことが、一度もない。
その話を、大雅に説明した。
「……結構、無謀な挑戦なんだよね、秋楽園高校の音楽科に入ることって。オール5を取らないといけないから」
「うん」
「……それでもさ、無理だって思ってもさ、やってみたら、ワクワクできるかな」
流れ星が流れる。
「……出来るさ。この星空みたいに、俺たちには、無限の可能性があるんだよ」
俺は、黒のエレキギターを手に取り、マルチエフェクターから繋がれたヘッドホンを付け、2年の時に作った曲のコードを弾きながら、主旋律を鼻歌で歌う。
『なあ、隆斗何部入るの?』
『おれは、剣道部だけど……』
『え、じゃあ、高校でインターハイとか出るの!?』
『インターハイ……ってなに?』
『インターハイだよ! 全国のすっげー高校が集まる大会! 隆斗はそれに出るの、って聞いてんの!』
『あ、ああ。出るかも。』
『そっか! 俺、インターハイも、出たいんだけど……』
『うん……』
『俺は、高校に入ったら、春高で全国に行きたい! 春高バレーってあってさ、メッッチャ強い人たちが、全国にテレビで放送されるの! 俺はそこで、最強の俺のスパイクを、全国に見せつけてやるんだ……! だから、中学もバレー部に入って、練習するんだよ!』
『……そっか! いいな!』
『お互い、頑張ろうな!』
『……ああ!』
懐かしい、1年の頃の俊太との会話を思い出す。
俊太は、変わってしまった。
あの時の俊太は、もう、多分もう、いないんだと思う。
全中予選。これが最後の大会。部屋の隅に掛けてある4本の竹刀を見つめる。
1つは胴張り。手元が重く、先が軽い。取り回しがしやすく、相手の打ちにも瞬時にカウンターに入れる。
他は全て、古刀型。全体にバランスよく重さが乗っている、普通の竹刀。
試合用に、親に頼み込んで買ってもらった胴張りの竹刀には、一度だけ公式大会に出た時に検量をされた印の判子が、柄の白い皮に押してある。
俺は、ギターを置き、動画サイトを開いた。
最近ハマってる、ゆきとP。ダークな曲が多いけど、ボカロの単調な声に似合っててめっちゃかっこいい。
嫌なことがあったり、現実を忘れたい時は、いつもゆきとPの曲を聴く。あと、ゆきとPは歌い手の冬月さんと仲良しで、この人が、いつも、ゆきとPのボカロ曲をカバーする。少しクセのある歌い方だけど、それがアクセントになってて、アレンジも入れてくれて、なんか心に染み渡るような歌い方をしてくれる。落ち着くし、テンション上がるし。俺は、この2人のアーティストがすごく好きだ。
特に、冬月さんは大好きで、今度大雅と一緒にドームにライブに行く。とても人気の歌い手さんで、でも顔出しをしていない謎めいた歌い手さん。俺も歌い手の活動をしているのだけれど、全然登録者は増えない。今は、どうしたら冬月さんに近づけるかな、って真剣に考えている。
冬月さんのライブに行くのは初めてだから、というかアーティストのライブに行くこと自体初めてで、めっちゃ楽しみだし、緊張してるし、ワクワクしてるし、ドキドキしてる。
明日は持久走。本当に嫌。でも、下位の方でゴールするよりは、少し練習して、真ん中らへんの順位を取る方がマシだと俺は思う。だから、ランニングをするために、ジャージに着替え、ポケットにスマホを入れて、イヤホンをつけて、鍵を開け、自分の部屋を出て、鍵を閉めた。
俺の部屋は、聖域だと思っている。誰にも、邪魔されたくないし、入られたくない。
階段を降り、最近買った値段が高いけど結構かっこいいランシューを履いた。
夜8:30。外は少し寒い。でも、星と月がキラキラしてて、空も真っ暗っていうよりは少し紫がかってる気がする。ランニングのアプリを開き、冬月さんのカバーを集めたプレイリストを動画サイトでバックグラウンドで再生し、左足から踏み出す。
木がたくさん並んでるところを抜けると、少し坂がある。それを登ると、何軒か家が並んでいて、その先には目立つ光を放つコンビニがある。そこで右に曲がると、田んぼが何個か並んでいる。電灯が等間隔に配置され、ぼんやりと光っている。その奥に、隣町の幻想的な夜景が、少し顔を出している。
左に曲がると、公園が見えた。いつもは少し怖いけど、ヤンキーみたいな、高校生か、大学生か、季節外れの花火をやってて楽しそう。
こうやって、走ってる時、いろんなことを、忘れられる気がする。
明日なんとなく学校行くのだるいこととか、まだ少し毎日課題が残ってることとか、自分がもう受験生であることとか、内申点が低いこととか、あと、俺が、全中予選の直前の団体戦のレギュラーメンバーに、入っていなくて、大会本番、レギュラーメンバーが、すぐに、負けてきたこととか。
毎日、家の庭で素振りをした。部活にも一番に行って、着替えて、とにかく竹刀を振った。それでも、無理だった。超えられなかった。他の奴らを。
――
「……以上が、次の大会のメンバーだ。しっかりと整えておけ。では、解散」
はい、という返事が道場に轟く。でも、俺は、その時返事をしていただろうか。ただ茫然と、前を見つめていた。
窓の外に、一つ二つと、星が出る。空は暗い青色、月も見える。外にいる奴らが、まだ声を出して走っている。
半分開けられた大きな窓の隙間から、スーッと、夜風が入ってくるのがわかった。
その風が、たくさんの記憶を一緒に連れてきた。
暗い庭で、素振りをした。その日の全ての練習メニューを、前に相手がいることを想定して、空振りで毎日再現した。
左足のつま先で一気に飛び出す力が必要って聞いたから、階段をつま先で何度も駆け上がった。
STが終わって、道場に走ってきて、すぐに着替えて、鏡を見ながら姿勢を整えて竹刀を振った。
また、強めの風が吹いた。
外を見ると、そこらじゅうでみんながトンボがけをしている。
我に帰って振り返ると、もうみんな、防具を外し終えていた。
悔しい。
なんで。
なんで、おれは……。
「なあ」
チャリ置き場で、大雅に話しかけられた。
「なんだよ」
強めに言い返してしまった。
「これ、一緒に行かね?」
チケットを1枚、渡された。
それは、冬月さんのライブのチケットだった。
「お前、これ、なんで……」
「余ってたから」
「お前、なんで、今これを……。お前、なんで、おれの気持ちがわかるんだよ……」
大雅は、ポケットからティッシュを取り出し、一枚おれにくれた。
「お前、感情が顔に出すぎなんだよ」
気がつくと、涙が流れていた。
自分が単純すぎて、少し、笑えてきた。
「なるほどな」
ティッシュで涙を拭く。
俺はチケットを握り締め、上ジャージの右ポケットに入れ、ヘルメットを被り、ハンドルに手をかけ、スタンドを蹴った。
「帰ろうぜ」
「ああ」
――
公園は少し大きめで、ランニング中いつも、なかなか視界から消えない。
公園の奥の方に、小さなバスケットゴールがある。
花火をしているヤンキーの向こう側。人影が見える。
よく見た。
ボールをついて、シュートする。
決まった。
それをすぐにキャッチし、また少し離れて、シュートをする。
外れた。
そいつが、ボールを拾い、近づいてくる。
でも、少し輪郭がおかしい。
本当に人だろうか。
本当に、人間だろうか。
夜も更けている。
どんどん近づいてくる。
やばい。足が動かない。
どんどん、近づいてきて、口が開く。
「お前! 隆斗じゃん! なんでこんなところに」
男はフードを上げた。
大雅だった。
「大雅! お前、なんで。」
「もうすぐ全中じゃん?」
そしてニッと笑い、また、バスケゴールの方に戻って行った。
一言で全てを伝えるのも、大雅らしくていい。
でもまさか、夜ラン中に知り合いに会えるとは思わなかった。なんか、不思議な気分。
俺は大雅について行った。
そして、すぐそばのベンチに座った。
「なー、隆斗」
3ポイントの位置で大雅がシュートをしながら、話しかけてくる。
「なんだよー」
「お前さー、高校どこにするのー?」
シュートが外れ、ボールを取りに行く。
「決めてないけどー? 大雅はー?」
「秋楽園高校!」
また、3ポイントの位置で、ボールをグッと構えた。
「なんでー?」
「バスケがつえーから!」
そういうと、サッとボールを投げた。
そのまま、ボールは上からゴールに入った。
大雅は小さくガッツポーズをし、ボールを取りに行った。
「ふー、疲れた」
大雅は、おれの隣に座った。
よく見ると隣に、スポドリが一本置いてある。
それを手に取り、飲んだ。
「綺麗だなー」
大雅は上を見ながら、そう言った。
「そうだなー」
空は星が満開で、絵本の中の世界みたいだった。
オリオン座、カシオペア座……色々線を結びたくなる。
月も綺麗。雲も。
「でもさー、あそこってバスケめっちゃ強いでしょ? 試合出れないんじゃない?」
「出れないかもなー」
大雅はスポドリをもう一口飲んだ。
「あと、秋楽園って、練習地獄みたいにきついらしいじゃん」
「あー、らしいね」
「夏休み3日しかないとか……」
「マジで!? ハハッそれはつれえ」
隣で大雅が笑う。
「お前、秋楽園高校のバスケ部、本気で目指してるの?」
「うん。目指してるよ」
「なんで」
「強いから」
「でも、練習地獄だよ? 試合出れないかもしれないし」
「フッ、確かに」
俺は、大雅の方を見た。
「なのに、なんで。あ、まさか、プロ目指してるとか!」
「いやー、違うけど。」
大雅は、空を見上げている。
「高校って、もっと将来のこと考えたりとかして決めない? 普通……」
「そうなのかな……」
「そうだよ」
「ふーん……」
夜風が吹く。
春の匂いがする。
「りゅーとー……」
大雅は、星空を見つめる。
「確かにさ、試合に出られるかとか、わからないよ。練習も辛くて、それに俺が耐えられるのかとか、わからないし」
太雅は立ち上がり、ボールをドリブルして、また、スリーポイントの位置に立った。
「でもさ」
ぐっと構え、狙いを定め、シュートをした。
「無理だって思っても、やってみた方が、ワクワクするじゃん」
ボールは、スッと、ゴールに入った。
「ナイッシュー……」
「あざ」
少し笑いながら、ボールを取りに行き、また、俺の隣に座った。
2人で、星空を眺める。
「ねえ、大雅」
「ん?」
「俺……もさ、実は、秋楽園高校に入りたいって思ってるんだよね」
「え、そうなの?」
「秋楽園高校の音楽科」
「音楽! そうなんだ」
「実は秋楽園高校って、名門音大の日本音楽芸術大学の附属でね。で、日本音楽芸術大学って、ゆきとPも出てる大学なの」
「うん」
「それでね……」
日本音楽芸術大学は、名門の音大だが、一つ、ある特徴がある。それは、附属の音楽科からのエスカレーター推薦でしか、入れないこと。その附属は、いくつか高校があって、その高校の中の一つが、秋楽園高校。ここなら家から通える。
日本音楽芸術大学の附属高校の音楽科には、ある特殊な共通点がある。それは、実技試験がないことと、それと、内申のボーダーラインがオール5の45で、それ以下は全員足切りであること。
3学期の通知表に記載される内申点は、1年間の総合評価である。
その、3学期の通知表に記載された内申点が、オール5でないと、足切りをくらい、受験資格を失う。
俺が音楽を好きになってギターを弾き始めたのは、中学1年生の時。それからたくさん研究をして、作曲までできるようになった。
色々考えた。色々考えたんだけど、やっぱり音大に行って知識をつければ、音楽に詳しくなれるし、歌の練習だってたくさんすると思うし、人気が出るんじゃないかな、なんて思った。
俺は、本当は、冬月さんみたいになりたい。
あんなにたくさんの声色を使いこなして、ネットにアップして、何百万もの登録者数を稼いで、有名な歌い手になりたい。
それが、俺の夢。
でも。
俺には、音楽経験が少なすぎる。
日本音楽芸術大学なら、実技のない附属高校から行けるから、俺にも挑戦できると思った。
でも。2つ目の条件の、オール5を取らないといけないっていうのが、めっちゃ厳しい。
俺は、よく、学年1位を取る。でも。内申で、40を超えたことが、一度もない。
その話を、大雅に説明した。
「……結構、無謀な挑戦なんだよね、秋楽園高校の音楽科に入ることって。オール5を取らないといけないから」
「うん」
「……それでもさ、無理だって思ってもさ、やってみたら、ワクワクできるかな」
流れ星が流れる。
「……出来るさ。この星空みたいに、俺たちには、無限の可能性があるんだよ」