6.

 紬のおばさんに連れられて病室を訪れた僕は、久々に対面した彼女を見て、しばし呆然と言葉を失った。
 昼下がりの爽やかな日差しがレースカーテン越しに差し込むベッドの上。機械的な音を立てながら一定間隔でグラフを刻む電子機器の横。
 そこに横たわっていた紬は、鼻から管を繋がれ、腕には点滴やらコードやらが何本も繋げられている。
 安らかに眠るよう微動だにしない紬の頬は、看病疲れをしている彼女のおばさん以上に痩け、点滴を差すために剥き出しにされている腕も骨のように細かった。
 たった数週間会わなかっただけで人間ってこうも衰えられるものなのかと、僕は心底愕然とする。
 痛ましくて、胸が苦しくて、現実から目を背けたくなる気持ちが込み上げるが――。
 辛い気持ち以上に、紬に会えたことのほうが嬉しいのも事実だった。
「紬。来たよ」
 眠る紬に声をかけ、事前に用意してきたアイスレモンティの紙パックを鞄から取り出す。
「ここ、座るね」
 僕は丸椅子を引き寄せると返事をしない紬の隣に腰をかけ、持っていた紙パックをサイドテーブルに置いた。
 一緒に室内に入ったおばさんは、必死に涙を堪えるような顔でこちらを静観しており、ほどなくして席を外していたらしい紬のおじさんも室内にやってきた。
 目が合ったおじさんとぺこりと会釈を交わす。おじさんはゆっくりしていってね、と力なく苦笑し、おばさんを伴って室内の隅にあるソファへ腰掛けた。
 遠慮なく僕は、紬と向き合う。
 シン……と静まり返った病室には、ピッピッと一定感覚で紬の生命を刻む電子機器の音だけが弱々しく響いていた。
「……」
 僕はそれから、ただ黙って紬が目を覚ますのを待った。
 話したいことはたくさんあったはずなのに、何一つ言葉が出てこない。
 少しでも口を開けば、溜め込んでいた情けない感情が溢れ出てしまいそうになるので、僕は必死に沈黙を守る。
 そのまま十分が経ち、二十分が経ち、三十分が経った頃、たまらなくなって彼女の手をそっと握った。
 思っていた以上に細くて白い指だ。ひんやりとした手だけど、まだ、そこにはちゃんと温もりがある。
 彼女の命の灯火を感じたままもう三十分ほどが経過すると、いつの間にか部屋の隅のソファにいたおじさんとおばさんは、寄り添いあって仮眠をとるよう、うつらうつらと船を漕いでいた。
 きっと眠れない日々が続いていて、お互いに疲れが溜まっていたのだろう。二人の目の下のクマを見ればなんとなく想像ができた。
 せめて僕がいる間だけでも休んでもらえたらと思い、僕は二人の足元に落ちていた大きめのブランケットを拾い上げると、そっと彼らの膝上に掛け直す。
 もし紬が起きたら、真っ先に声をかけてあげよう。
 そう心に決めつつ、僕は再び紬のそばへ戻る。
(紬……)
 柔らかい日差しを浴び、その手にわずかな温もりを宿しながらも、彼女はまだ目を覚ます気配がなかった。