2.

 ほどなくして僕たちは新学期を迎え、花坂北高校の二年生になった。
 進級してすぐ、学校では新品の制服を纏う新入生たちをひとところに集め、新入生歓迎会イベントが行われた。
 かつて演者として出演するはずだった僕は、怪我の影響ですでに降板が決まっており、せめてもの罪滅ぼしとして裏方役(舞台装置の切り替え役)を手伝ったのだが、舞台袖で上演を眺めていたところ、公演は可もなく不可もなくこれといった大きな笑いすらとれることもなく終了していた。
 果たして新入生たちが喜んだかどうかは定かではないが、浅間という問題児に損な役回りを押し付けられてその重責に苦しんでいた演者たちは、なんとか無事に役目を終えられたことに心底ホッとしているようだった。
 紬が学校に登校してきたのは、そのイベントがあった翌日のことだ。
 どうも体調がすぐれなかったらしい。彼女が楽しみにしていた新入生歓迎会イベントには残念ながら登校の調整が間に合わなかったけれど、舞台はそんなに盛り上がるようなものでもなかったし、僕は一日遅れとはいえ、彼女が無事に学校へ登校できたことの方が、何倍も嬉しかった。
 が、しかし――。
「紬ちゃんだ!」
「わあ、本当にきた!」
「わーん紬ぃ、久しぶりだねー!」
 思っていた以上に僕のアオハルは遠かった。
 なぜならば、昨晩に紬から今日登校する旨の連絡を受け、いつもより早めに起きて早めに学校に向かってソワソワした気持ちで彼女の到着を待った僕だったが、時間になって保護者の見送り付きで登校した彼女の周りには、すでにたくさんの友人の姿で溢れていたからだ。
「おはよう紬ちゃん! 学校こられてよかったねえ」
「少し痩せた? 体、本当に大丈夫?」
「ホントいつぶりだっけ? っていうか、私たちのこと忘れてないよね⁉︎」
 友人に囲まれ、質問と挨拶攻めに合う紬。
 入退院を繰り返しているため学友は少ないと言っていたはずの彼女だが、彼女の中の『少ない』は、僕にとっては充分に足るほど『多い』数だったようで、全く入る隙間もなく……いや、隙間があったとしても入って行きにくいような、まるで別世界の人間をみているようで彼女を遠くに感じ、ちょっとだけ寂しかった。
「……」
 まあ、元々彼女は僕と違ってクラスの一軍にいそうなタイプの美少女キャラだったし、彼女が幸せならそれでいいんだけれど。
 僕は手に持っていた数学ノートを丸めて握りしめたまま、ぼんやりと遠くにいる紬を見つめる。
「おはよう、みんな。覚えてるよちゃんと。心配してくれてありがとう」
 僅かに目を細め、一人一人丁寧に挨拶を交わしていく制服姿の紬。
 きっちり結ばれた胸元のリボン。綺麗に梳かされた長い髪の毛。ほんのり艶めいた唇。短すぎず長すぎず自然に揺れるスカートの裾。ほとんど汚れていない新品同様の上履き。
 やや顔色が悪そうなのが少し気になるが、思っていた通り眩しいぐらいに制服姿が似合っていて本当にかわいい。
 僕は羨望の眼差しで彼女を見つめた後、ノートを鞄の中に仕舞ってからつま先を教室方向に向ける。
 僕と紬はクラスが違うので、教室内に入ってしまえばそれまでだ。
「あ、千……」
「ねえねえ紬! 今日さ、お昼学食行こっ!」
 僕の存在に気づいたのか、一瞬だけ彼女の視線が飛んできたけれど、友人との再会の邪魔をするわけにもいかない。
 僕はさりげないアイコンタクトと笑顔を送ると、そのまま会話を交わすことなく素通りし、室内に入って朝のHRの時間を迎えた。