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 その後、順番がやってくると彼女はもふもふの耳を揺らしながら満足げな顔でティーカップに乗り込んでいき、僕もその後を追う。
 不思議なものでカチューシャをつける前と後じゃ連帯感や高揚感がまるで違う。僕はあくまで今日は取材だからこういうシチュエーションを味わうのも大事なことだと思うことにして、それとなく携帯電話のカメラ機能で紬を撮った。
「あ。今、撮ったね?」
「取材なんだから写真がないと」
「それはそうだけど、私だけ浮かれてるみたいで恥ずかしい」
「大丈夫。年相応の浮かれ方だから」
「浮かれて見えることは否定しないんだ……」
 項垂れる紬。いや、実は密かに僕も浮かれているし、どうせなら二人の2ショット写真が撮りたかったわけなんだが、さすがにそこまでは勇気が出なかった。
 そんな僕の気持ちを見透かしているのか、それともモフモフカチューシャ効果なのか。紬は顔をあげてチラとこちらを見ると、ふふっと笑って大幅に身を寄せてきた。
「せっかくなんだし、千隼くんも一緒に撮ろ」
「あ、うん」
 女子に免疫のない僕は、正直かなり動揺した。
 だって、横を向けばすぐそこに彼女のほっぺたがあるわけで、この届きそうで届かない微妙な距離感がなんだかすごくくすぐったい。
 ふわりと鼻腔をくすぐる甘い香りに心拍数を跳ね上げながら、インカメラに切り替えてシャッターを切る。
「撮れた?」
「……うん」
「目、瞑ってない?」
「大丈夫。あとで送っておくね」
 撮れたて写真を横目でチェックしつつ、僕はさりげなく彼女から距離を取る。このままでは心臓が爆発すること間違いなしだからだ。
 そうこうしているうちにティーカップが緩やかに回り出す。機体の真ん中についたハンドルを回すことで回転速度を自由に操ることもできるのだが、僕らはハンドルを回さなかった。
 彼女の担当医に負担のかかる乗り物は厳禁だと念を押されていたためだ。
 優雅な回転だけ堪能してアトラクションを終えると、彼女は出口をゲートをくぐるなり、すぐ隣の敷地にある乗り物を指した。
「ねえ、次、あれのろ」
「どれ?」
「ほら、すぐそこの船みたいなやつ」
 彼女の希望に沿って隣接するアトラクションに移動し、今度は優雅な船乗り気分を味わう。この船は幼児用向けに作られた乗り物なので、水の流れに沿ってぷかぷかと浮かぶだけ。体に負担がかかる心配はないだろう。
 彼女が無理をしないように。少しでも体に負担がかからないように。
 マップの利用制限マークを吟味して、その後も効率よく乗り物を回っていく僕たち。
 連帯感のあるモフモフカチューシャをつけているせいか、いくつかのアトラクションを経たあたりで僕たちはだいぶ浮かれはじめていた。
「次、どれ乗ろうか」
「ん〜……あ! あれがいい」
 やがて彼女が指さしたのは、豪華なライトを灯しながら禍々しい絶叫を乗せて走るジェットコースターだ。
「君、心臓止まるって」
「やっぱり止まるかな?」
「試す気にはなれないかな」
「そっか……。じゃあ、お化け屋敷とかはどう?」
「際どいものばっかり選びたがるのはなぜなんだ」
「せっかくの取材なんだし、普段味わえないようなことをした方が実用性があるかなって」
「それはまあそうだけど」
「それにね。千隼くんっていつも涼しい顔してるから。たまには驚いてる顔が見てみたくて」
「……」
 僕の驚く顔ぐらい、いくらでも見せてあげるのに。
 そうは思ったけれど、普通に快諾しても面白みがないので僕は熟考の末、ちょっと一捻りして答えることにした。
「じゃあこうしよう」
「うん?」
「お化け屋敷で先に悲鳴をあげた方が、今日の晩ご飯代奢るとか」
 なかなか挑戦的な提案ができたと自分でも思う。
なにしろ僕は、幽霊とか非科学的なものを一切信じていない。おまけに伊達に無気力生活を送ってきたわけじゃないので、無表情勝負になら自信がある。
 というわけで、まだ勝負がついたわけでもないのにやや勝ち誇ったように彼女を見下ろすと、
「おもしろそう。でも、それなら負けた方が勝った方の言うことをなんでもひとつ聞くっていう方が面白くない?」
 意外すぎる彼女の提案に、僕はひどく面食らった。
「……」
「あれ。もしかして勝つ自信ない?」
「いや、そんなことない。いいよ、それでも」
 おそらく常に高揚感を煽ってくるモフモフカチューシャ効果だろう。今日の紬はえらく好戦的だ。
 戸惑いはしたけれど、いい具合に彼女も盛り上がっているようだし、ここで引き下がったら男としてのプライドが台無しなので、僕は二つ返事で了承し、お化け屋敷に爪先を向ける。
 かくして僕たちは、取材や病人という建前を完全に忘れ、報酬をかけた戦いの火蓋を切ることとなった。