◇
そうしてたどり着いた紬のいる病院ではというと――。
「おいチハヤ。おまえ、オレがいないからってツムギのことなかすなよ。ゼッタイだぞ。オレ、ときどき見にくるからな!」
「わかった、わかったから。大丈夫だから、安心して退院しろって」
闘病を終え、本日をもって退院することとなった少年――紬の余命を教えてくれたあの生意気なガキンチョ、ヒロトくんだ――の送別に偶然居合わせてしまったがため、僕はその場にいた紬とともに、入院患者用玄関までヒロト少年を見送りに出る。
「退院おめでとうヒロトくん。これ、お祝いの欲しがってた本」
本当にたまたま居合わせただけで手ぶらだった僕とは違い、紬は用意していたと思しき祝いの品を渡している。
「わっ。すげえ!『イケイケヒーローⅡ』だ! ありがとうツムギ! オレ、これぜったいだいじにするっっ!」
ヒロト少年は受け取った祝いの本を見るなり、舞い上がるように目を輝かせた。
よほどその本、そしてその本の表紙に描かれたヒーローが好きなのだろう。普段のやんちゃさもさることながら、強き勇者に憧れる様はどことなく今は亡き親友の英太を彷彿とさせた。
紬は静かに目を細めながら相槌を打ち、ヒロト少年の頭を優しく撫でる。
「もう病院へは戻ってきちゃダメだよ」
彼女がその言葉を送った相手はヒロト少年だ。
それなのに、なぜかその言葉はずしんと僕の腹の中に重たく響いた。
「わかってらい! だいじょーぶ! オレ、ツムギとのヤクソク守ってもりもりごはん食べて、いっぱいげんきになって、父ちゃんくらいおっきくなるから!」
「ふふ。その調子その調子」
「おう! そんでさ、めちゃくちゃつよいヒーローになったら、ツムギをオヨメにもらいにくるから! だからはやくツムギもヨベーサンカゲツのビョーキ、なおせよ⁉︎」
ちょっと照れたような顔で紬を見上げ、力強くそう告げるヒロト少年。
余命三ヶ月――。
やはりその言葉の意味はきちんとわかっていないようで、元気になった紬を迎えにくる気でいる少年の眼差しは、期待と希望の色に満ち溢れていた。
内心で言葉に詰まる僕とは違い、紬は儚げな笑みを浮かべたまま答える。
「わかった。私も治療、頑張るからね」
紬は、いったいどういう気持ちでその言葉を吐き出したのだろう。
横顔を覗き見たが、彼女はいつも通り穏やかな表情をしていて、なぜだか妙に胸が締め付けられた。
「……」
彼女と出会ってから一ヶ月と一週間ほどが経つ。
彼女の余命が本当に三ヶ月しかないというのなら、リミットはあと二ヶ月ほどということになるが……僕は未だにその事実を受け入れられていない。
だって。出会った当初より多少痩せたかなと思うぐらいで、以前と変わることなく髪の毛は艶々のサラサラだし、肌だって透明感あって瑞々しいし、血色の良い唇は自然な潤いに満ちているし、相変わらず華やかなオーラが健在していて、『死』とは無縁に見えるからだ。
「やった! 聞いたかチハヤ!」
「……ん?」
「『ん?』じゃないって、ちゃんときいとけよっ! ツムギ、オレのオヨメになってくれるって!」
そんなことを考えているとニヤニヤした目つきでヒロト少年に脇腹を突かれたので、僕は生意気なヒロト少年の顔を胡乱な目で見返す。
「ふーん……」
「ふふふ。ザンネンだったなチハヤ」
「なんでザンネン」
「チハヤだってツムギのことすきなくせに〜」
「なっ」
「⁉︎」
完全なる不意打ち。まだ六、七歳のガキンチョに、とんでもないストレートパンチを見舞われ、僕は狼狽える。
「ちょ、おま」
「ちょ、ちょっとヒロトくんっ。へ、変なこと言わないでよっ」
「あはは。じゃあなーツムギ、チハヤ。またオミマイくるからなーっ」
どう弁解しようか判断するのに時間を有したため、時間差でツッコミを入れようとした頃には、すでにヒロト少年はタクシー乗り場で待つ両親の元へ駆け出していた後だった。
ヒロト少年の両親がこちらに向かってぺこりと会釈する。そしてそのまま、合流した三人は仲睦まじくタクシーへ乗り込んだ。
「もう」
「ったく」
それを見送った僕たちは同時に呟き、気恥ずかしげに明後日の方を向く。
その後しばらく続く、微妙な沈黙。
お互い、顔は見合わせなかった。なんだか顔が熱くて、まともに紬の顔が見れそうにないし、こんな時に何を言っていいのかもよく分からなかった。
そりゃ、否定の一つでも入れておけばうまくこの空気を誤魔化せるんだろうけれど、あいにく僕は嘘をつくのが苦手だし、嘘を突き通せるほど器用な人間でもない。
つまり、図星すぎた。
ヒロト少年の言ってることが図星すぎて、否定できなければ告白する勇気もないから肯定すらできなくて、結局、何を言っていいのか分からなかったのだ。
「行っちゃったね」
そんな半パニック状態の僕とは打って変わって、ポツンとこぼされた紬の呟きは、ひどく孤独で、寂しそうだった。
「……」
ずっと思っていたけれど、最近は以前に増して元気がない気がする。
創作の時なんか特にそうだ。本人は『スランプだ』と言い張っているが、以前と比べて明らかに筆が進んでいないような感じがしている。
見た目はそんなに変わっていないので、精神的なものかとは思っているんだけれど、思えば、自分より後に入院した患者が、自分より先に退院していくのを見送るって、どんな気持ちなんだろう。
紬は一人じゃないのに。大切にしてくれてる両親だって、紬のことが大好きなヒロト少年や闘病仲間の子ども達だって、図書館の原田さんだって、懸命に治療してくれる担当医だって、看護師だって、そしてなにより僕だっているのに。
彼女は結局、自分の病気と自分一人で闘い続けるしかなくて、それがどんなに息苦しくて心細いことか、僕には計り知れなかった。
僕の前ではいつだって気丈に振る舞う彼女だが、やはりどうしたって表情の端々に滲み出ている悲愴感は拭えていない。
「……」
何も言えないまま、ただ静かに隣に佇む。
――紬に残されたタイムリミットは、あとどれくらいなのか。
怖くて、受け入れたくなくて、一度も尋ねたことがないその問いかけを、僕はいまだ投げられずにいる。
「ねえ」
「うん?」
「最近ちょっとスランプ気味って言ってたよね」
出しぬけにそう問いかけると、紬はきょとんとした後、「え? あ、うん」と、素直な様子で返してきた。
僕は頷き、解決法になるかは分からないけれど、たった今思いついたことをストレートに提案してみることにした。
「今日はさ、息抜きにちょっと外出でもしない?」
「え?? 外出っていっても、図書館くらいの距離にしか行けないよ?」
不思議そうに首を傾げてくる紬。
予想通りの反応なので、僕は淡々とした調子で頷く。
「うん。なら図書館くらいの距離ってことにしておこう」
「……?? 待って。なにその暫定的な感じ」
「色々準備あるだろうから、外で待ってるね」
匂わせるだけ匂わせた僕は、床に置きっぱなしにしていた鞄を持ち上げる。
はじめは不思議そうに首を傾げていた紬だったけど、でも、僕の提案には前向きに乗ってくれる気のようで「わかった」と呟き、そのままパタパタと病院の中へ入っていった。
彼女の姿が完全に見えなくなると、僕は彼女がくるまでの間、近くの車止めに寄りかかりながらスマホで調べ物をする。
ちゃんと息抜きができそうな場所かどうかとか。
今日はちゃんと開館しているかどうかとか。
何時から何時までなら可能かとか。
料金はどれくらいかかるだろうか……など。
自分から誰かを何かに誘うことって今までほとんどなかったから、極力不手際がないようにはしたいけれど、生きた年数=彼女いない歴の僕にはどこまで調べれば合格点なのか、その匙加減が分からなくて、だいぶ手間取った。
(女子トイレの場所とか調べておいた方がいいのかな……いや、さすがにそこまで調べてたら引くか……あ、でも念のため病院の電話番号は……っと)
ふいに、春の匂いを纏った風が緩やかに僕の髪の毛を攫っていく。
柔らかい日差しに釣られ、僕は蒼天を見上げた。
「……」
僕はそっと目を瞑り、瞼の裏に紬の顔を思い浮かべる。
(好き、か……)
隣にいると心が安らいで、彼女のために何かをしてあげたいという気持ちになる。
僕にとっての彼女は、『好き』という一言で片付けられないほど、とても大切な存在だった。
彼女は恋愛の話題を避けているように見えるし、困らせてしまう気がするから、きっと僕が告白することはないだろうと思うけど……でも。
返事はいらないから、この気持ちが届いて欲しい気もしてなんだかヤキモキする。
最初はちょっと手助けしてあげたいなって軽い気持ちで接してただけなのに、まさかこんなにも大きな存在として意識する日がくるようになるなんて、思いもよらなかった。
「……」
一日でもいい、なんて、そんな遠慮がちなことは願わない。
(このままあと一年、二年、欲を言えばあと百年ぐらい、生き続けてくれたらいいのに)
彼女が僕の隣からいなくなることが微塵も想像できなくて、どこまでも強欲な願いを抱く僕。
『余命』という言葉を受け止めきれていない僕は、今なお悪しき病魔が彼女の体をじわじわと蝕んでいることなんて想像もしていなくて。
ヒロト少年と彼女の約束が果たされる日がこないことを、この時の僕は、まだ知らないでいた。
そうしてたどり着いた紬のいる病院ではというと――。
「おいチハヤ。おまえ、オレがいないからってツムギのことなかすなよ。ゼッタイだぞ。オレ、ときどき見にくるからな!」
「わかった、わかったから。大丈夫だから、安心して退院しろって」
闘病を終え、本日をもって退院することとなった少年――紬の余命を教えてくれたあの生意気なガキンチョ、ヒロトくんだ――の送別に偶然居合わせてしまったがため、僕はその場にいた紬とともに、入院患者用玄関までヒロト少年を見送りに出る。
「退院おめでとうヒロトくん。これ、お祝いの欲しがってた本」
本当にたまたま居合わせただけで手ぶらだった僕とは違い、紬は用意していたと思しき祝いの品を渡している。
「わっ。すげえ!『イケイケヒーローⅡ』だ! ありがとうツムギ! オレ、これぜったいだいじにするっっ!」
ヒロト少年は受け取った祝いの本を見るなり、舞い上がるように目を輝かせた。
よほどその本、そしてその本の表紙に描かれたヒーローが好きなのだろう。普段のやんちゃさもさることながら、強き勇者に憧れる様はどことなく今は亡き親友の英太を彷彿とさせた。
紬は静かに目を細めながら相槌を打ち、ヒロト少年の頭を優しく撫でる。
「もう病院へは戻ってきちゃダメだよ」
彼女がその言葉を送った相手はヒロト少年だ。
それなのに、なぜかその言葉はずしんと僕の腹の中に重たく響いた。
「わかってらい! だいじょーぶ! オレ、ツムギとのヤクソク守ってもりもりごはん食べて、いっぱいげんきになって、父ちゃんくらいおっきくなるから!」
「ふふ。その調子その調子」
「おう! そんでさ、めちゃくちゃつよいヒーローになったら、ツムギをオヨメにもらいにくるから! だからはやくツムギもヨベーサンカゲツのビョーキ、なおせよ⁉︎」
ちょっと照れたような顔で紬を見上げ、力強くそう告げるヒロト少年。
余命三ヶ月――。
やはりその言葉の意味はきちんとわかっていないようで、元気になった紬を迎えにくる気でいる少年の眼差しは、期待と希望の色に満ち溢れていた。
内心で言葉に詰まる僕とは違い、紬は儚げな笑みを浮かべたまま答える。
「わかった。私も治療、頑張るからね」
紬は、いったいどういう気持ちでその言葉を吐き出したのだろう。
横顔を覗き見たが、彼女はいつも通り穏やかな表情をしていて、なぜだか妙に胸が締め付けられた。
「……」
彼女と出会ってから一ヶ月と一週間ほどが経つ。
彼女の余命が本当に三ヶ月しかないというのなら、リミットはあと二ヶ月ほどということになるが……僕は未だにその事実を受け入れられていない。
だって。出会った当初より多少痩せたかなと思うぐらいで、以前と変わることなく髪の毛は艶々のサラサラだし、肌だって透明感あって瑞々しいし、血色の良い唇は自然な潤いに満ちているし、相変わらず華やかなオーラが健在していて、『死』とは無縁に見えるからだ。
「やった! 聞いたかチハヤ!」
「……ん?」
「『ん?』じゃないって、ちゃんときいとけよっ! ツムギ、オレのオヨメになってくれるって!」
そんなことを考えているとニヤニヤした目つきでヒロト少年に脇腹を突かれたので、僕は生意気なヒロト少年の顔を胡乱な目で見返す。
「ふーん……」
「ふふふ。ザンネンだったなチハヤ」
「なんでザンネン」
「チハヤだってツムギのことすきなくせに〜」
「なっ」
「⁉︎」
完全なる不意打ち。まだ六、七歳のガキンチョに、とんでもないストレートパンチを見舞われ、僕は狼狽える。
「ちょ、おま」
「ちょ、ちょっとヒロトくんっ。へ、変なこと言わないでよっ」
「あはは。じゃあなーツムギ、チハヤ。またオミマイくるからなーっ」
どう弁解しようか判断するのに時間を有したため、時間差でツッコミを入れようとした頃には、すでにヒロト少年はタクシー乗り場で待つ両親の元へ駆け出していた後だった。
ヒロト少年の両親がこちらに向かってぺこりと会釈する。そしてそのまま、合流した三人は仲睦まじくタクシーへ乗り込んだ。
「もう」
「ったく」
それを見送った僕たちは同時に呟き、気恥ずかしげに明後日の方を向く。
その後しばらく続く、微妙な沈黙。
お互い、顔は見合わせなかった。なんだか顔が熱くて、まともに紬の顔が見れそうにないし、こんな時に何を言っていいのかもよく分からなかった。
そりゃ、否定の一つでも入れておけばうまくこの空気を誤魔化せるんだろうけれど、あいにく僕は嘘をつくのが苦手だし、嘘を突き通せるほど器用な人間でもない。
つまり、図星すぎた。
ヒロト少年の言ってることが図星すぎて、否定できなければ告白する勇気もないから肯定すらできなくて、結局、何を言っていいのか分からなかったのだ。
「行っちゃったね」
そんな半パニック状態の僕とは打って変わって、ポツンとこぼされた紬の呟きは、ひどく孤独で、寂しそうだった。
「……」
ずっと思っていたけれど、最近は以前に増して元気がない気がする。
創作の時なんか特にそうだ。本人は『スランプだ』と言い張っているが、以前と比べて明らかに筆が進んでいないような感じがしている。
見た目はそんなに変わっていないので、精神的なものかとは思っているんだけれど、思えば、自分より後に入院した患者が、自分より先に退院していくのを見送るって、どんな気持ちなんだろう。
紬は一人じゃないのに。大切にしてくれてる両親だって、紬のことが大好きなヒロト少年や闘病仲間の子ども達だって、図書館の原田さんだって、懸命に治療してくれる担当医だって、看護師だって、そしてなにより僕だっているのに。
彼女は結局、自分の病気と自分一人で闘い続けるしかなくて、それがどんなに息苦しくて心細いことか、僕には計り知れなかった。
僕の前ではいつだって気丈に振る舞う彼女だが、やはりどうしたって表情の端々に滲み出ている悲愴感は拭えていない。
「……」
何も言えないまま、ただ静かに隣に佇む。
――紬に残されたタイムリミットは、あとどれくらいなのか。
怖くて、受け入れたくなくて、一度も尋ねたことがないその問いかけを、僕はいまだ投げられずにいる。
「ねえ」
「うん?」
「最近ちょっとスランプ気味って言ってたよね」
出しぬけにそう問いかけると、紬はきょとんとした後、「え? あ、うん」と、素直な様子で返してきた。
僕は頷き、解決法になるかは分からないけれど、たった今思いついたことをストレートに提案してみることにした。
「今日はさ、息抜きにちょっと外出でもしない?」
「え?? 外出っていっても、図書館くらいの距離にしか行けないよ?」
不思議そうに首を傾げてくる紬。
予想通りの反応なので、僕は淡々とした調子で頷く。
「うん。なら図書館くらいの距離ってことにしておこう」
「……?? 待って。なにその暫定的な感じ」
「色々準備あるだろうから、外で待ってるね」
匂わせるだけ匂わせた僕は、床に置きっぱなしにしていた鞄を持ち上げる。
はじめは不思議そうに首を傾げていた紬だったけど、でも、僕の提案には前向きに乗ってくれる気のようで「わかった」と呟き、そのままパタパタと病院の中へ入っていった。
彼女の姿が完全に見えなくなると、僕は彼女がくるまでの間、近くの車止めに寄りかかりながらスマホで調べ物をする。
ちゃんと息抜きができそうな場所かどうかとか。
今日はちゃんと開館しているかどうかとか。
何時から何時までなら可能かとか。
料金はどれくらいかかるだろうか……など。
自分から誰かを何かに誘うことって今までほとんどなかったから、極力不手際がないようにはしたいけれど、生きた年数=彼女いない歴の僕にはどこまで調べれば合格点なのか、その匙加減が分からなくて、だいぶ手間取った。
(女子トイレの場所とか調べておいた方がいいのかな……いや、さすがにそこまで調べてたら引くか……あ、でも念のため病院の電話番号は……っと)
ふいに、春の匂いを纏った風が緩やかに僕の髪の毛を攫っていく。
柔らかい日差しに釣られ、僕は蒼天を見上げた。
「……」
僕はそっと目を瞑り、瞼の裏に紬の顔を思い浮かべる。
(好き、か……)
隣にいると心が安らいで、彼女のために何かをしてあげたいという気持ちになる。
僕にとっての彼女は、『好き』という一言で片付けられないほど、とても大切な存在だった。
彼女は恋愛の話題を避けているように見えるし、困らせてしまう気がするから、きっと僕が告白することはないだろうと思うけど……でも。
返事はいらないから、この気持ちが届いて欲しい気もしてなんだかヤキモキする。
最初はちょっと手助けしてあげたいなって軽い気持ちで接してただけなのに、まさかこんなにも大きな存在として意識する日がくるようになるなんて、思いもよらなかった。
「……」
一日でもいい、なんて、そんな遠慮がちなことは願わない。
(このままあと一年、二年、欲を言えばあと百年ぐらい、生き続けてくれたらいいのに)
彼女が僕の隣からいなくなることが微塵も想像できなくて、どこまでも強欲な願いを抱く僕。
『余命』という言葉を受け止めきれていない僕は、今なお悪しき病魔が彼女の体をじわじわと蝕んでいることなんて想像もしていなくて。
ヒロト少年と彼女の約束が果たされる日がこないことを、この時の僕は、まだ知らないでいた。