1.
 
 枯れ果てていたはずの樹木がやや色めいてきた 三月の中旬。
 図書館デートから約一週間ほどがすぎたその日、僕は自宅付近の停留所からバスに乗って病院に向かっていた。
 学校から病院は近いが、自宅から病院まではそこそこ距離がある。
 まだ松葉杖が取れないギプス生活なので大事をとってバスを利用したわけなのだが、この路線バスの終着点には割と大きめな遊園地があるため、平日の昼間であってもそれなりに人が乗ってくる。
 大荷物を抱えるファミリーとか、浮かれた格好でいちゃつくカップルとか、短縮授業の学生集団とか、自撮り中の女子高生ペアとか。
 立ちっぱなしになることを覚悟していたのだが、偶然空いた席に身を沈めることができたので、ほっとしつつぼんやり車内を眺める。
 僕の斜め前の席には、仲睦まじいモフモフカチューシャカップルが座っていた。
「…………」
「あはは、マリちゃんかわいい〜」
「うふふ。マアくんもソレ似合ってるぅ〜」
 きゃっきゃうふふと戯れ合う甘ったるい声がバシバシこちらの耳まで届く。
 冷めた目線を送りつつも、ゆっくり窓の外に視線を移しながら考える。
(紬は誰かと遊園地に行ったことあるのかな……)
 家族とか、友達とか、あんな感じでごく自然に『かわいい』だなんて口走れちゃうコミュ力が高そうな男とか……なんて、邪念を抱きかけたところで頭を振った。
 体が病弱で入退院を繰り返してるとはいえ、あれだけ美少女オーラを放ってる紬のことだ。英太のこともあるし、彼氏の一人や二人いたっておかしくはない。
 ただの創作仲間である僕なんかが醜い嫉妬を抱ける立場じゃないことはわかっているが、視界に入るカップルを眺めているとつい良からぬ妄想とか嫉妬とか余計なことを考えてしまうので、ズボンのポケットから携帯電話を取り出し、心頭滅却してそちらに意識を集中させることにした。
 ひとまず画面ロックを外し、ウェブメールの受信フォルダを確認する。しかし、目ぼしい新着メールの受信はなかった。
 約一週間前のあの日、思いきってイラストコンテスト主催編集部の担当者にメールを送ったけれど、現時点で相手からのこれといったリアクションはない。
 思わず自己嫌悪のため息が零れる。
(やっぱり返信はなし、か。そりゃそうだよな……この案内メール、もらってからもう一年近く経つしな……)
 今さらの話だが、もらったメールには塗りに関しての選評も書かれていた。
 できればもう少し具体的なアドバイスが欲しい。もちろん、すぐに返信せず今さらこんなことを言い出す僕が全面的に悪いのだけれど、当初は営業メール的なものだと思い込んでいたし、イラストコンテストはやる気さえあればいつでも参加できると思っていたから、結果的に自分の中での優先度を下げてしまっていた。
 そんな浅はかな過去の自分をぶん殴ってやりたい。
自信と色を失った今では、このメールのありがたみが痛いほどよくわかるのだが、今さらいくら崇めど返事はこない。現実とは無情なものである。
(まあ、仕方ないよな。担当者も忙しいだろうし、僕一人に時間を割くわけにいかないのもよくわかる。アドバイスが聞けないのは残念だけど、定期コンテストの締切に向けて、個人的にがんばろう……)
 携帯電話をポケットにしまうと、僕は再び窓の外の景色を眺める。
 病院前を示す停留所の名前が車内に流れると、僕は降車ボタンを押してバスを降りた。