気持ちを伝えるって、こんなに勇気がいることだったんだ。

 武田くんの僕への気持ちを知っていてもこんなにも大変なのに、武田くんはどれだけ怖かっただろう。
 彼が僕に明け渡してくれた心の大きさに、改めて気付かされた。

「その……す、す……好き、です」

 やっとのことで絞りだした声は掠れて、風に流されてしまいそうなほど頼りない告白になってしまった。

「こんな僕でよければ、付き合ってほしい、です……」

 そこまで言って、僕はおずおずと足元から隣の武田くんへと顔を向ける。彼は、どこか焦点の合っていない目で僕を見つめたまま固まっていた。

 あ、あれ……?

 ちょっと予想と違うその反応に、僕の頭の中が俄然慌ただしくなる。

 はっ!

 そういえば、武田くんに付き合ってほしいなんて一言も言われてなくなかった……?

 そうじゃん……、好きって言われただけで……そこから先のことなんてなにも言われてないじゃん。うわ、僕ってば早とちりして……。

 って、でも、好きって言われたら普通はお付き合いが前提だよね……?

 告白して終わり、なんてないよね?

「も、もしかして、付き合うとか、そういう話じゃ……なかった?」

 不安になりながら、念のため確認する。すると、一時停止が解かれた動画のように、武田くんが動きだした。

「ほ……ホントに……? 相良くんが俺を好き? ホントにホント?」

 その問いに、うんうんと頷いて見せれば、武田くんの表情がほんの少し和らいだ。

「俺、もうダメだって思ってたから……、嬉しい」
「僕も……武田くんが、まだ僕のこと好きでいてくれて嬉しい」

 自分より緊張してたり混乱してる人を見ると、不思議と冷静になれるみたいで。僕はとても落ち着いた気持ちで、武田くんに笑みを返した。
 誰かと想いが通じ合うって、こんなにも嬉しいことなんだと噛みしめていると、どういうことだろう、僕を優しく見つめる武田くんに触れたくて触れたくてどうしようもなくなってくる。
 ポップコーンがはぜるみたいに、お腹の中で武田くんへの想いがつぎつぎにぽーんぽーんと生まれて膨れ上がっていって、僕の胸を圧迫する。

 ――あぁ、千紘が言っていた『触れたくなる』ってこういうことかぁ。

 なんて、恋する気持ちを理解できたことに感激しながらも、込み上げてくるそれに耐えきれず、僕はおもむろに彼の膝の上で固く握りしめられていた手に触れた。
 触れただけなのに、僕の胸は歓喜で溢れかえる。
 僕の突然の行動に、目を瞠って驚く武田くんが、なんだかかわいい。
 少しでも僕の気持ちが伝わるようにと、彼の指をそっと解きほぐして両手で握る。すると、その手はしっとりと汗ばんでいて、武田くんが僕と同じで緊張しているのが伝わる。
 これから、僕たちはどんな風になっていくんだろう。
 バイト仲間でも友だちでもない、恋人としての武田くんとのこれからを思ったらなんだか急に不安に苛まれた。なんでも卒なくこなすイケメンの武田くんと、なんでもパッとしない平凡な僕とじゃつり合いがとれないんじゃないか……。

「武田くんは、かっこよくて優しくて、頭もよくて完璧すぎる」
「いきなりどうしたの」

 浮かんできた言葉がいつの間にか口から零れてしまっていたようだ。こんなことを言っても武田くんを困らせるだけだと分かっているのに、不安な気持ちに押されて気持ちを吐露してしまった。

「だって……、僕……恋愛なんてしたことないし、自分の気持ちにも気付けないへっぽこだし、いっつも一人で考えこんじゃうし……本当にこんな僕でい、」

「――相良くん」

 言葉を遮られて、やってしまった、と僕は焦り弾かれたように顔を上げた。だけど、僕の予想に反して武田くんの顔は嬉しそうに微笑んでいた。

「そんなところもひっくるめて、俺は相良くんのことが大好きなんだよ」

 そう言って武田くんは、手をぎゅっと握り返して笑ってくれた。僕は、返答に詰まって「う、うぅ……」と変な唸り声を上げるだけで精いっぱいで。そんな僕を見て、武田くんは声を上げて笑った。馬鹿にするような笑いじゃなくて、愛おしさの滲み出た優しいやつ。

 大丈夫。
 武田くんとなら、これから先もきっと大丈夫。

 そう思わせてくれる笑顔に、膨れていた頬を緩めて僕も笑顔を返す。
 今日初めて見た武田くんのかわいい満面の笑顔と、優しい手のぬくもりは、この先もずっと忘れられない僕だけの宝物になった。



fin.