バイト終わりの帰り道、僕はずっとスマホとにらめっこをして武田くんにメッセージを送るべきか、頭を悩ませていた。
避けられているということは、僕に会いたくないから。
会いたくないってことは、僕のことを嫌いになったから。
という方程式が成り立ってしまった以上、武田くんが僕からの連絡を待っているとは考えにくい。ならば、僕は連絡すべきではないのだろうか。
だけど……。
こんな状態のまま、武田くんと疎遠になるのはいくらなんでも嫌だ。
じゃぁ、どうすればいいんだろう。
そう、バイト中ずっと考えてたどり着いた答えは一つ。
一度会ってちゃんと話をしたい。
映画館でのことを、説明して誤解を解きたい。
家に着くなり、武田くんに会って話がしたいという旨のメッセージを送る。文を考えるのにもずいぶん時間がかかったけれど、日付が変わる前には送信ボタンを押せた。
けれども、メッセージの画面を開いたまましばらく見守るも、一向に既読マークが付かない。
いつもならすぐに既読になるのに。
込み上げてくる悲しい気持ちを押し留めるように、目を閉じる。
目を閉じたところで僕の思考が止まるわけもなく、ネガティブなことばかりが頭に浮かぶ。それと同時に瞼に映るのは、武田くんの笑顔。
あの笑顔が自分に向けられることはもうないのかもしれない。
そう思ったら、鼻の奥がツンとして閉じている瞼から滲み出た。
「そんなの、いやだ……」
武田くんと知り合ってまだ半年と少ししか経ってないけれど、一緒に過ごした時間はどれもが楽しくて心地よかった。ゲームの話で盛り上がったり、一緒にご飯を食べたり出かけたり。沢山一緒に過ごしてきた、僕の数少ない大切な友だちだ。
でも、友だちの関係を武田くんが望んでいないなら……?
もしそうなら、僕にはどうにもできないんじゃ……。
最悪の事態を考えてしまい、今度は血の気が引いていく。
堂々巡りを繰り返していると、スマホの通知音が鳴り、僕はすぐさま画面を開いた。そこには、
――ごめん、しばらく忙しくて会えない。
と、一言だけ。
絵文字もスタンプもない、いつもの武田くんからは考えられないメッセージに、心臓がひやりとする。
「やっぱり、会いたくないってこと、だよね……」
でも、『しばらく』という言葉に、僕は少なからず希望を見出す。
「しばらくってことは、落ち着いたら会ってくれるかもしれない……」
完全にバイアスのかかった受け取り方だとは百も承知だけれども、今はそんな微かな希望にすら縋らずにはいられなかった。
けれど……、そんな僕の考えは甘かった。
一週間が過ぎても武田くんからの連絡はなく、痺れを切らした僕は『いつなら会える?』と催促のメッセージを送るも『ちょっとまだ忙しい』と断られる日が続いた。
そうこうしている間に月が変わり、すでに二週間が経とうとしていた。
「はぁ……」
「なんだよ、樹、まーだ悩んでんのか?」
もはや癖になりつつある深いため息を吐いた僕に、千紘があきれ顔を向ける。
「この前と同じ悩み?」
「少し、違う……かな」
「俺でいいなら聞くけど?」
「千紘ぉ……」
隣に座る千紘に、僕は正真正銘泣きついた。
呆れながらも、こうやって聞いてくれるところ、好きだ。女タラシでもなんでもいい。
僕は藁にも縋る思いで、千紘にことのいきさつを話した。
実はある人から告白をされ、その返事を保留している間に傷つけてしまい、避けられていること。自分の気持ちが未だにわからないこと。連絡は取れるけど会ってもらえなくて話ができないでいることなどを、武田くんの名前は伏せて端的に説明する。
「なるほどなぁ」
「僕、どうしたらいいと思う?」
「会いにいけばいいじゃん」
「……今の僕の話、聞いてた⁉」
あっけらかんと言い放たれて、思わず声を張り上げる。さっき、少しでも千紘を見直した自分が馬鹿だったと悔いる。
「約束取り付けようにも断られてるんだよ?」
「相手の学校とか最寄り駅とかで待ち伏せすればいい」
「んな……」
無茶な……。
避けられてる相手に凸れと?
「じゃぁどうすんの? そのまま避け続けられて一人で悶々と悩み続けるわけ?」
「う……それは……」
できることなら、この中途半端な状況からは脱したい。
「嫌だろ? なら無理やりにでも会いに行くんだな。で、お前の思ってること全部ぶちまけてこい」
「で、でも、まだ自分の気持ちだってわ」
「――いいか樹」
僕の言葉を遮る千紘の顔は真剣そのもので、僕は押し黙る。
「お前のその慎重さは長所だと思う。だけど、頭の中で考えてるだけじゃ、相手にはなにも伝わらないし、なにも始まらないんだよ」
グサリとなにかが刺さる音が聞こえた気がした。
「相手の顔を見て、ちゃんと話してこい。そしたら、わからない自分の気持ちってやつも見えてくるかもしんないだろ」
善は急げだ、今日明日で行ってこい、と宿題を言い渡されてしまった。